第20話「分からないまま、共有する」
王都に戻ったレイナは、
すぐに“報告書”を書かなかった。
それは、初めてのことだった。
(事実はある)
(でも、解釈がない)
「……どう書く?」
執務室で、カイが腕を組む。
「原因不明」
「影響範囲不明」
「再発可能性、不明」
「不安を煽るだけだな」
「はい」
レイナは、机に手を置いた。
「でも」
「書かない方が、
もっと煽ります」
評議会・緊急会合。
今回、傍聴席は満席だった。
異常現象の噂は、
すでに市井に広がっている。
「……では、報告を」
ディートリヒが促す。
レイナは、立ち上がった。
一瞬、
会場の空気が張りつめる。
「エルムで起きた現象は」
レイナは、はっきり言った。
「現時点で、説明できません」
ざわめき。
「技術でも、魔法でもない」
「意図も、目的も不明」
「再発の可能性は、否定できない」
「……無責任だ!」
誰かが叫ぶ。
「王国は、守れないと言うのか!」
レイナは、その声から目を逸らさなかった。
「守ります」
「ただし」
「“分からない”ことを、
分からないまま、共有します」
「共有?」
軍部の文官が眉をひそめる。
「混乱するぞ」
「はい」
レイナは、うなずいた。
「混乱します」
「恐怖も、出ます」
「でも」
一拍、置く。
「隠した恐怖は、
必ず暴走します」
「だから」
「情報は、すべて公開します」
「調査状況」
「分かっていること」
「分かっていないこと」
「全部です」
「……それで、対策は?」
商業派の代表が、冷ややかに問う。
「対策も、公開します」
「・異常時の行動指針」
「・連絡手段の代替」
「・被害が出た場合の補償」
「完璧ではありません」
「でも」
「“考えている”ことは、
隠しません」
沈黙。
ディートリヒが、低く息を吐く。
「……恐怖を、制度に入れるつもりか」
「はい」
レイナは、まっすぐ答えた。
「無視しない」
「なかったことにしない」
「説明できないものも、
社会の一部として扱います」
会議の後。
王都の掲示板には、
異例の文書が貼り出された。
【告知】
現在、原因不明の現象を調査中
危険性:不明
隠蔽は行わない
新情報は、随時公開
人々は、足を止めた。
「……分からない、って書いてある」
「正直だな」
「怖いけど……」
ざわめきは、怒号にならなかった。
不安は、
話し合いに変わった。
夜。
レイナは、王都の灯りを見下ろしていた。
「……賭けだったな」
カイが言う。
「はい」
「でも」
レイナは、静かに微笑む。
「“知らない”って、
一人で抱えるより」
「みんなで持った方が、
軽いです」
カイは、肩をすくめた。
「変な王国だ」
「ええ」
「でも」
「壊れにくいです」
遠く。
どこかで、
また“音のない夜”が
準備されていることを、
彼女は、まだ知らない。
だが。
魔力ゼロの少女は、
恐怖を隠さなかった。
分からないものを、
分からないまま扱う。
それは、
世界が大人になるための
最初の選択だった。




