第2話「魔力がないなら、使わなければいい」
王都を出て三日目。
馬車の揺れに身を任せながら、レイナは窓の外を眺めていた。
舗装された石畳はいつの間にか消え、土の道に変わっている。
「……本当に辺境なんだ」
同乗しているのは、無口な御者のおじさんだけ。
学院を追放されたときに想像していた、冷たい扱いはなかった。
「嬢ちゃん、怖くないのかい?」
不意に声をかけられ、レイナは首を振った。
「いえ。むしろ、少し楽しみで」
「……変わった子だ」
御者は苦笑したが、それ以上は何も言わなかった。
辺境領・リーネ村。
王国地図の隅に、点のように描かれた場所。
そこがレイナの新しい居場所だった。
「え? 魔法学院から?」
村長の老人は、何度もレイナの顔と書類を見比べた。
「しかも……魔力ゼロ?」
「はい」
正直に答えると、村長は深いため息をついた。
「困ったのう……いや、悪い意味ではなくてじゃな」
村は慢性的な人手不足。
魔法使いが来ると聞いて、期待していたのは事実らしい。
「でも、雑用なら何でもやります」
レイナはすぐに付け加えた。
「掃除でも、畑仕事でも。慣れてますから」
前世では、研究室の雑務も全部自分でやっていた。
効率化は、現場を知らなければできない。
「……そうか。なら、まずは倉庫の整理を頼もう」
こうしてレイナの辺境生活は、あまりにもあっさり始まった。
倉庫はひどい状態だった。
壊れた農具、使い道の分からない魔道具、
中身不明の瓶が無造作に積まれている。
「これは……ひどい」
レイナは一つ一つ確認しながら、頭の中で分類していく。
(使用頻度、修理可否、危険度……)
そんな中、妙な魔道具を見つけた。
円筒形で、側面に刻まれた魔法陣。
村人のメモが貼られている。
『水が出たり出なかったりする。危険』
「……水?」
試しに外へ持ち出し、井戸の近くで構えた。
普通なら、魔力を流し込んで起動する。
でもレイナには、それができない。
「なら……」
レイナは、魔法陣をじっと観察した。
(ここ、線が重なりすぎてる)
(魔力が循環する前に、無駄に散ってる構造)
「魔力を“流す”前提だからダメなんだ」
小石を拾い、
魔法陣の一部を削るように軽く叩いた。
――カチ。
次の瞬間。
ドバァッ!
「わっ!?」
勢いよく噴き出す水。
レイナは慌てて横に飛び退いたが、
すぐに目を見開いた。
「……安定してる」
水は止まらない。
一定の圧力で、きれいに流れ続けている。
「これ……魔力いらないじゃない」
魔法陣は、本来“水を引き出す構造”をしていた。
ただ、王国式の設計が無駄だらけだっただけ。
(入力がゼロでも、構造が正しければ動く)
レイナは、思わず笑ってしまった。
「……そっか」
「私、魔力がないんじゃない」
「魔力に頼らないだけだ」
その日の夕方。
村人たちが、倉庫の前に集まっていた。
「な、なんだこの水は!?」
「止まらんぞ!」
騒ぎの中心で、レイナは少し気まずそうに手を挙げた。
「あの、それ……私が直しました」
「直した!? 魔力ゼロの子が?」
「はい。魔法は使ってません」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――。
「じゃあ、誰でも使えるのか!?」
「毎日井戸まで行かなくていいってことか!」
空気が一気に変わった。
レイナはその様子を見て、確信した。
(これは……)
(便利、のレベルじゃない)
――常識を壊す。
王国が当たり前だと思っていた魔法の在り方を、
根本から。
その夜、レイナは小さな家で一人、天井を見つめていた。
(やっぱり、楽しい)
(ここなら、誰にも止められない)
辺境の星空の下で。
魔力ゼロの少女は、
静かに“世界を書き換える準備”を始めていた。




