第19話「理由のない夜」
それは、理由のない出来事だった。
王都から北へ五日の地点。
山間の中継都市・エルム。
通信装置も、水装置も、
すでに生活に溶け込んでいた街。
「……何も、起きていない」
それが、最初の報告だった。
異変が起きたのは、夜。
街の灯りが、
同時に――消えた。
「魔力切れか?」
「いや、魔法陣は使ってないぞ!」
混乱。
だが、奇妙だった。
通信装置は、壊れていない。
水も、止まっていない。
ただ。
音が、消えた。
「……声が、聞こえない?」
人々が、口を開いている。
叫んでいる。
だが、音が届かない。
恐怖が、静かに広がる。
翌朝。
評議会に、緊急報告が入った。
【異常報告】
エルム市街地
一定時間、音声伝達が不能
原因不明
技術・魔法、双方に該当せず
「……該当しない?」
会議室が、ざわつく。
「冗談だろ」
「調査班は?」
「入っています」
「ですが……」
報告官は、言葉を選ぶ。
「“何も見つかっていない”と」
レイナは、黙って資料を読んでいた。
(通信でもない)
(魔法でもない)
(操作した痕跡もない)
「……行きます」
静かな声。
「現地へ」
「危険だ!」
軍部の文官が声を上げる。
「原因不明だぞ!」
「だからです」
レイナは、顔を上げた。
「分からないまま、
判断する方が危険です」
ディートリヒが、ゆっくり頷く。
「同行を、認める」
エルムの街は、
何事もなかったかのように見えた。
人々は、普通に歩き、話している。
「昨夜のこと、覚えてますか?」
レイナが尋ねる。
街の男は、首を振った。
「いや……気づいたら、朝だった」
「怖くは、なかった?」
「……分からない」
「怖かった、気もする」
(記憶が、曖昧)
街の外れ。
古い石碑の前で、レイナは足を止めた。
「……これは」
刻まれているのは、
魔法陣でも、文字でもない。
ただの、傷。
だが。
(違和感)
「カイ」
「分かってる」
彼も、同じものを感じていた。
「……説明、できないな」
「はい」
レイナは、静かに答えた。
「でも」
石碑に、手を触れる。
「“誰かがやった”のは、確かです」
「目的は?」
「分かりません」
「理由も」
「……それが、一番まずいな」
その夜。
宿で、レイナは眠れずにいた。
(説明できない)
(でも、現実に起きた)
今までの敵は、
すべて“理屈”で追えた。
だが、これは違う。
「……怖い?」
背後で、カイが聞く。
レイナは、少し考えてから答えた。
「はい」
「でも」
「目を逸らしたくありません」
「理由がなくても」
「意味は、後からついてきます」
窓の外。
風が吹く。
音は、ちゃんと聞こえた。
(今回は、戻った)
(でも、次は……?)
王都。
管理局の一室で、誰かが呟いた。
「……あれは、
技術でも、魔法でもない」
別の声。
「なら、何だ?」
沈黙。
そして。
「……人の理解の外、だ」
魔力ゼロの少女は、
初めて“説明できない恐怖”を前にした。
それは、制度では縛れない。
透明性でも、抑えられない。
だが。
彼女は、知っている。
分からないものを、分からないままにしない
それこそが、
ここまで世界を変えてきたやり方だと。
戦いは、次の段階へ入った。




