第16話「折れる条件」
王都に戻ったその日。
レイナは、呼び止められた。
場所は、王立魔法学院ではない。
管理局でもない。
――旧議会棟。
(……表に出せない話、だ)
直感で分かった。
部屋は、質素だった。
長い机も、高い椅子もない。
円卓が一つ。
そこにいたのは、五人。
ディートリヒ。
会計局の代表。
地方行政の長。
軍部の文官。
そして――
「……あなた」
第14話で“合法の刃”を振るった、あの官僚。
彼は、視線を逸らさなかった。
「座ってくれ」
ディートリヒが言う。
レイナは、椅子に座った。
(今回は、座る席だ)
「単刀直入に言おう」
会計局の男が、資料を置く。
「地方の税収が、増えている」
「未登録水装置の普及によって、だ」
地方行政の長が続ける。
「農村の離脱も、減った」
「治安も、改善している」
軍部の文官が、低く言う。
「暴動の兆しもない」
沈黙。
(……詰んでる)
王国側が。
ディートリヒが、息を吐いた。
「止められない」
はっきりとした言葉。
「だから、話をしよう」
「条件を、出します」
そう言ったのは、あの官僚だった。
「……聞きましょう」
レイナは、冷静に答える。
「第一に」
「水装置、通信装置を含む技術を、
“王国公認技術”として認める」
(来た)
「第二に」
「登録制は、設けない」
一瞬、レイナの眉が動く。
「代わりに」
官僚は、続ける。
「事故と悪用の報告義務を課す」
「使用を止める権限は、持たない」
「報告だけだ」
(……かなり、踏み込んだな)
「第三に」
ディートリヒが、引き取る。
「君個人を、顧問にはしない」
「代わりに」
「“技術評議会”を新設する」
「地下工房、地方代表、王国」
「全員が、同じ一票を持つ」
部屋が、静まり返った。
レイナは、すぐには答えなかった。
(……折れてる)
ただし。
(完全には、折れてない)
「質問があります」
「どうぞ」
「これ」
レイナは、机を指で叩いた。
「いつまで、有効ですか?」
一瞬、空気が止まる。
官僚が、答えた。
「……情勢が変われば、見直す」
(やっぱり)
「つまり」
レイナは、はっきり言った。
「“王国の都合が悪くなったら、戻す”」
官僚が、唇を噛む。
「現実的だろう」
「ええ」
レイナは、うなずいた。
「だから」
視線を上げる。
「こちらの条件も、追加します」
「技術評議会の議事録は、公開」
「通信技術を使って、
地方でも閲覧可能にする」
「……それは」
「拒否されるなら」
レイナは、静かに言った。
「この話は、なかったことにします」
ざわめき。
「無茶だ!」
「統治が――」
「統治は」
レイナは、遮る。
「“説明できること”でしか、できません」
ディートリヒが、目を閉じた。
(……完全に、主導権を渡す気はない)
だが。
(渡さなければ、何もできない)
長い沈黙の後。
「……分かった」
ディートリヒが、言った。
「議事録は、公開する」
「条件として」
「暴力的利用が確認された場合のみ、
一時停止の協議を行う」
「協議、ですね?」
「ああ」
「一方的停止は、しない」
レイナは、息を吐いた。
「……合意です」
会議が終わり、廊下に出る。
あの官僚が、後ろから声をかけた。
「……君に、負けた気はしない」
レイナは、立ち止まった。
「私もです」
振り返る。
「勝ち負けじゃ、ありません」
「王国が、
“間違えられなくなった”だけです」
官僚は、苦く笑った。
「最悪だな」
「ええ」
レイナも、同じ顔で笑う。
「でも」
「一番、長持ちします」
夜。
地下工房――
いや、もう“元”地下工房。
皆が、静かに集まっていた。
「……どうだった?」
カイが、聞く。
レイナは、答える。
「王国は、折れました」
ざわめき。
「でも」
一拍。
「完全降伏じゃありません」
「だから」
机の上に、合意文書を置く。
「ここからが、本番です」
「守らせ続ける」
「見張るのは、私たち全員です」
誰かが、呟いた。
「……責任、重いな」
「はい」
レイナは、うなずく。
「でも」
少しだけ、微笑む。
「やっと、
“選べる重さ”になりました」
魔力ゼロの少女は、
ついに王国を“折らせた”。
それは、革命ではない。
支配でもない。
後戻りできない合意だった。
世界は、静かに形を変え始めていた。




