第15話「水が、止まらなかった村」
その村は、王都から三日離れた場所にあった。
名前は、小さすぎて地図にも載らない。
山と畑に囲まれた、ただの農村。
「……ここですか?」
レイナは、馬車から降りて周囲を見回した。
「はい」
隣で、地方官僚の女性がうなずく。
「監査が入る前に、
一番早く“受け入れた”村です」
(受け入れた、か)
村の入口には、見張りも兵もいない。
あるのは、
土の匂いと、ゆっくり流れる時間だけ。
最初に目に入ったのは、水だった。
井戸の前に人が並んでいない。
桶を持って走る子どももいない。
代わりに。
「おーい、水出てるぞー」
畑の端で、老人がのんびり叫んでいる。
(……嘘でしょ)
レイナは、思わず足を止めた。
畑の中央。
簡素な装置から、一定量の水が流れている。
魔法陣は、ない。
刻印も、ない。
「……ちゃんと、動いてる」
「そりゃそうだ」
農夫が、笑いながら言った。
「壊れにくいように、
三人で直せる作りにしたからな」
「三人?」
「設計を知ってるやつが、三人いれば十分だ」
胸が、じんわり熱くなる。
(もう、“私がいなくても”回ってる)
集会所。
村人たちが、自然に集まってきた。
「王国の人かい?」
「怒られに来たのか?」
不安そうな声。
レイナは、首を振った。
「今日は、話を聞きに来ました」
「困ってること、ありませんか?」
一瞬の沈黙。
そして。
「……水が、止まらない」
村長が、困ったように言った。
「止まらない?」
「前は、水が足りなかった」
「今は、畑が増えた」
「作物が余る」
(……問題が、変わってる)
「売り先が、足りないんです」
「王都の商人は、
“許可がない”って言って買わない」
「だから」
村長は、少し恥ずかしそうに言った。
「隣村と、直接やり取りしてます」
「……怒られますか?」
レイナは、思わず笑ってしまった。
「いいえ」
「それが、本来の姿です」
夕方。
レイナは、丘の上から村を見ていた。
煙が、穏やかに立ち上る。
子どもたちが、走っている。
「……止められませんね」
隣で、カイが言った。
「ええ」
レイナは、うなずいた。
「ここを止めたら、
“水を止める理由”を説明しなきゃいけない」
「説明、できるか?」
「できません」
二人は、同時に答えた。
その夜。
王都・管理局。
「地方村落で、生産量が増加しています」
「未登録水装置によるものかと」
報告書を投げるように置く。
「……違法だ」
誰かが、呟く。
「だが」
別の声。
「数字が、良すぎる」
「税収も、増えている」
沈黙。
「……止めると?」
「反発が、出ます」
「地方から、です」
ディートリヒは、目を閉じた。
(最悪の形だ)
(正しいが、止められない)
村を去る前。
一人の少女が、レイナの袖を引いた。
「ねえ」
「これ、あげる」
渡されたのは、干し果物。
「水が出たから、作れたの」
「……ありがとう」
レイナは、しゃがんで目線を合わせた。
「この水、なくなっちゃう?」
少女は、不安そうだ。
レイナは、首を振った。
「なくならない」
「だって」
「もう、みんなのものだから」
少女は、ぱっと笑った。
馬車の中。
レイナは、静かに言った。
「これが、答えです」
「王国がどう言おうと」
「生活が、先に変わった」
カイは、深く息を吐く。
「……革命って」
「もっと派手だと思ってた」
「私もです」
レイナは、少しだけ笑った。
「でも」
窓の外を見る。
「一番、強いですね」
「誰も、戦ってないのに」
魔力ゼロの少女は、
ついに“成功例”を手に入れた。
それは、勝利宣言ではない。
取り消せない現実だった。




