第14話「合法という刃」
朝の王都は、静かすぎた。
露店は開いている。
人も歩いている。
けれど、どこか視線が合わない。
(……来るな)
レイナは、そう直感していた。
地下工房に着くと、
カイが入口で待っていた。
「来てる」
「何が?」
「王国の“監査”」
嫌な単語だ。
工房の中には、見慣れない男たちがいた。
揃った服。
無駄のない動き。
武器は、ない。
だが。
「王国会計監査局です」
先頭の男が、淡々と告げる。
「本日より、この施設を調査します」
「理由は?」
カイが低く聞く。
男は、紙を一枚掲げた。
「違法資材の使用」
「未登録研究活動」
「公的秩序に影響を与える恐れ」
(……全部、合法的)
レイナは、歯を噛みしめた。
「令状は?」
「こちらに」
完璧だ。
拒否すれば、即座に“違法”。
「……分かりました」
レイナが言うと、
男は一瞬だけ、安堵したように見えた。
(彼も、役割を演じている)
調査は、徹底していた。
図面。
素材。
記録。
「この通信装置」
監査官が、円盤を指差す。
「未登録技術ですね?」
「はい」
レイナは、否定しなかった。
「登録制度が、存在しないので」
「言葉遊びは結構」
冷たい声。
「これは、一時的に押収します」
「……全部?」
「全部です」
工房に、緊張が走る。
「待ってください!」
若い職人が、声を上げる。
「それは、水装置の――」
「関係ありません」
監査官は、遮る。
「関連性がある可能性がある」
(可能性、か)
レイナは、深く息を吸った。
「……質問しても?」
「簡潔に」
「これ、誰の判断ですか?」
監査官は、少し間を置いて答えた。
「“改革派官僚連盟”」
空気が、凍った。
(……内部から来た)
その日の午後。
王都の掲示板に、新しい通達が貼られた。
――未登録研究施設の一斉調査について。
「……早いな」
地下工房は、事実上の停止。
誰も、声を出せなかった。
カイが、拳を握る。
「……裏切り、だよな」
「はい」
レイナは、はっきり言った。
「でも」
視線を上げる。
「想定内です」
「想定してたのか?」
「ええ」
レイナは、鞄から一枚の紙を出した。
「だから」
「“全部”は、ここにありません」
皆が、息を呑む。
「地方に、分散しました」
「通信の簡易版」
「水装置の設計」
「記録」
「王都が止まっても、
地方は止まりません」
カイが、ゆっくり笑った。
「……合法で殴られたから」
「合法で、逃がしたわけか」
「はい」
同時刻。
王立魔法学院。
例の官僚が、報告を受けていた。
「工房は、ほぼ機能停止です」
「よし」
満足げに、頷く。
「これで、急進派は――」
「ただ」
部下が、言いにくそうに続ける。
「地方で、同様の装置が確認されています」
「……何?」
「しかも、複数」
官僚の顔が、強張る。
「どういうことだ」
「出所が……特定できません」
沈黙。
「……彼女か」
彼は、低く呟いた。
「最初から、
王都を“中心”にしていない」
夜。
レイナは、工房の空になった机を見つめていた。
「……ごめんなさい」
小さく、呟く。
「俺たちが、ついてきた」
カイが、即座に言う。
「謝る必要はない」
「でも」
「これで、はっきりした」
カイは、真剣な目で言う。
「王国は、“正しさ”じゃ止まらない」
「だから」
レイナは、続きを引き取った。
「次は、
“止められない仕組み”を前提に動きます」
立ち上がる。
「正面からは、もう行きません」
「地下でも、ありません」
「……どこだ?」
レイナは、静かに答えた。
「日常です」
「人の生活そのものに、
溶け込ませます」
「壊すと、
自分たちが困る形で」
カイは、息を吐いた。
「……一番、厄介だな」
「はい」
レイナは、うなずく。
「だからこそ」
「これが、次の一手です」
魔力ゼロの少女は、
“合法という刃”を受け止めた。
そして、理解した。
敵は、剣を振るわない。
魔法も使わない。
書類と制度で、人を潰す。
だから次は――
制度の外ではなく、
制度より先に進む。
戦いは、静かに、深くなっていく。




