第12話「椅子に、座らない」
王立魔法学院の本館は、静かすぎた。
白い廊下。
磨かれすぎた床。
足音が、やけに響く。
(威圧用の建物だな)
レイナは、そんなことを考えながら歩いていた。
案内役の兵は無言。
だが、その背中は緊張している。
――無理もない。
魔力ゼロの少女。
王国に一度、引かせた存在。
“顧問就任の打診”という名の、
柔らかい拘束。
会議室の扉が、開く。
中には、長い机。
左右に並ぶ、王国の重鎮たち。
そして、奥。
一脚だけ、少し高い椅子。
(……あれが、私の席か)
レイナは、足を止めた。
「どうぞ」
ディートリヒが、穏やかに言う。
「そこへ」
レイナは、椅子を見た。
次に、重鎮たちを見た。
それから。
――椅子を、通り過ぎた。
「……?」
ざわり、と空気が揺れる。
レイナは、机の横に立ったまま言った。
「座りません」
ディートリヒが、眉を動かす。
「理由を、聞こうか」
「はい」
レイナは、まっすぐに答えた。
「その椅子は、“私個人”の席だからです」
一瞬、沈黙。
「私は、個人としてここに来ていません」
重鎮の一人が、苛立った声を出す。
「意味が分からん」
「分かりやすく言います」
レイナは、指を一本立てた。
「私が顧問になる、という話」
「それはつまり」
「私の考えを、私の責任にするということです」
「それの、何が問題だ?」
「全部です」
即答。
「私は、“一人で考えている”わけじゃありません」
「地下工房」
「職人」
「研究者」
「名もない人たち」
「彼らの知恵を、
私一人のものにする気はありません」
会議室が、ざわつく。
「……では」
ディートリヒが、静かに聞く。
「何を、望む?」
レイナは、少しだけ息を吸った。
「条件があります」
「第一に」
「顧問は、私一人ではない」
重鎮たちが、顔を見合わせる。
「地下工房の代表を、同席させる」
「技術は、共有財産です」
「第二に」
「決定権は、王国と“共同”」
「私たちは、命令を受けない」
「提案するだけです」
「第三に」
一拍。
「この通信技術」
レイナは、机の上に小さな円盤を置いた。
「王国の独占を、認めません」
ざわめきが、爆発した。
「正気か!?」
「それでは統制が――」
「統制、ですよね」
レイナは、遮る。
「だからです」
「統制したいなら、
“正しいと説明できること”だけにしてください」
「……できなければ?」
「広まります」
淡々と。
「勝手に」
空気が、凍りついた。
ディートリヒは、しばらく黙っていた。
やがて。
「……君は」
小さく、笑った。
「英雄になる気は、ないようだな」
「ありません」
レイナは、首を振る。
「英雄は、檻に入れられますから」
ディートリヒの目が、細くなる。
「よく分かっている」
そして、息を吐いた。
「……条件は、厳しい」
「はい」
「だが」
彼は、椅子から立ち上がった。
「拒否すれば、
王国は“敵”として扱う」
「覚悟は?」
レイナは、即答しなかった。
その代わり。
扉の方を見る。
そこには――
カイと、数人の代表者たちが立っていた。
(……一人じゃない)
レイナは、振り返る。
「あります」
「私一人なら、ありませんでした」
「でも」
「もう、違います」
ディートリヒは、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう」
「椅子は、用意し直そう」
「一脚ではなく」
「長い、ベンチをな」
会議室に、静かな衝撃が走った。
その日の夕方。
王都に、新しい噂が流れた。
「ゼロ魔法の少女、
王国に取り込まれたらしい」
だが。
その噂には、続きがあった。
「でも、一人じゃないって」
「仲間ごと、だってさ」
人々は、首を傾げる。
――前例がない。
そう。
前例は、なかった。
魔力ゼロの少女は、
王国の椅子に座らなかった。
代わりに。
座り方そのものを、変えさせた。
戦いは、終わっていない。
だが、形は変わった。
剣でも、魔法でもない。
これは、
世界のルールを書き換える戦いだ。




