第11話「名前が、独り歩きする」
勝った翌日の朝。
王都は、奇妙な熱に包まれていた。
「聞いた?」
「処分、見直されるらしいよ」
露店の主も、通りすがりの兵も、
同じ話題を口にしている。
だが――
その会話の中に、必ず混じる言葉があった。
「……あの“ゼロ魔法”の女」
(……それ、私のことだ)
レイナは、フードを深くかぶったまま歩いていた。
(嫌な広まり方してるな)
勝利の実感より、
背中に張りつくような視線の方が強い。
地下工房に入ると、空気が違った。
ざわざわしている。
期待と、不安が入り混じった音。
「先生!」
誰かが呼ぶ。
「……だから、その呼び方やめてください」
レイナは即座に言った。
だが。
「でも、外じゃ皆そう呼んでますよ」
「“ゼロ魔法の先生”って」
胸が、少しだけ重くなる。
(象徴化、始まってる)
「……集まってください」
レイナは、工房の中央に立った。
「大事な話があります」
空気が、引き締まる。
「昨日の件は、勝利です」
まず、それを認める。
「でも」
言葉を、選ぶ。
「私たちは、
“王国を倒した”わけじゃありません」
「一つ、譲歩を引き出しただけです」
カイが、静かに頷いた。
「それに」
レイナは続ける。
「今日から、状況は悪くなります」
ざわめき。
「王国は、次に“個人”を狙えなくなった」
「だから」
「象徴を作ります」
沈黙。
「……私ですね」
誰も、否定しなかった。
その頃、王立魔法学院。
別の会議が開かれていた。
「“ゼロ魔法”という呼称が、定着し始めています」
「危険です」
「民衆が、彼女を“思想”として扱い始めている」
ディートリヒは、黙って聞いていた。
「……排除は?」
誰かが、恐る恐る聞く。
「できない」
ディートリヒは、はっきり言った。
「今、彼女を消せば、
“なぜ消したか”を考え始める」
「最悪の結果だ」
「では……」
「取り込む」
一斉に、顔が上がる。
「彼女を“王国の一部”にする」
「管理できる形に」
誰かが、呟いた。
「……英雄化、ですか」
「そうだ」
ディートリヒは、目を閉じた。
「英雄は、檻に入れられる」
夕方。
地下工房に、一通の正式文書が届いた。
封蝋は、王国の紋章。
「……招待状?」
カイが、眉をひそめる。
レイナは、内容を読み、息を吐いた。
「王国魔導顧問への就任打診、だそうです」
一瞬。
工房が、静まり返った。
「……え?」
「王国側の人間、ってことか?」
「罠じゃ……」
レイナは、紙を机に置いた。
「罠です」
即答。
「でも」
視線を上げる。
「断るのも、罠です」
「どっちに転んでも、
“私個人”に話を押し込めたい」
カイが、歯を噛みしめた。
「……どうする?」
レイナは、少し考えた。
そして。
「行きます」
皆が、息を呑む。
「ただし」
「一人では行きません」
「?」
「“個人”として扱われるなら」
レイナは、静かに言った。
「個人じゃないことを、証明します」
その言葉に、
誰かが小さく笑った。
「……やっぱり、先生だ」
「だから、その呼び方は――」
言いかけて、止める。
(……まあ、いいか)
レイナは、深く息を吸った。
魔力ゼロの少女は、
次の戦場へ足を踏み出す。
それは、
剣も魔法も使わない。
“立場”と“言葉”の戦争だった。




