『新婚の俺(42歳・ベンチャー社長)、ゲームバランス崩壊の世界で魔王に転生する。 ~Lv.500の俺を殺せる勇者を育てるため、600年かけて世界を「改造」した~』
結婚式の最中に召喚された魔王。 帰還条件は「60年以内に勇者に殺されること」。 だが、世界はゲームバランスが崩壊していた。
【プロローグ:1時間(600年)のデスマーチ】
「……というわけで、君には魔王になってもらって、勇者に倒されてほしいんだよねー」
視界を埋め尽くす白。無限に広がる無機質な空間で、ジャージ姿の自称「神」が、ポテトチップスをバリボリと咀嚼しながら言った。
俺――**剣崎ソウイチ(42歳)**は、こめかみの血管が切れそうになるのを、長年の経営者生活で培った理性で必死に抑え込んでいた。
状況を整理する。 俺は数分前まで、都内のホテルにいた。 人生最良の日。最愛の妻・美和子との結婚披露宴。 乾杯のシャンパンを開け、黄金色の飛沫が舞った瞬間――俺はここへ呼ばれた。
「……理由は、あんたが管理してる異世界の『魔王軍』を強くしすぎて、勇者が勝てないから。だから俺が魔王になって、手加減して倒されろと?」 「正解! いやー、パラメータ設定ミスっちゃってさ。四天王の攻撃力にゼロ2つ足しちゃったんだよね。テヘペロ」
神は悪びれもせずに笑った。 俺はITベンチャーの創業者だ。数々の修羅場や理不尽な仕様変更を潜り抜けてきたが、これほど酷い案件は聞いたことがない。
「ふざけるな! 今すぐ戻せ! 美和子が待ってるんだ!」 「無理無理。魂送っちゃったし。……あ、でも安心して。向こうの世界での『600年』は、君の世界の『1時間』くらいだから。披露宴のお色直しの間に終わらせて帰ればいいよ」
……なるほど。時間経過が違うのか。 それなら、速攻で終わらせれば――
「あ、言い忘れてたけど」
神が指についた塩を舐めながら、残酷なルールを追加した。
「君の魂と元の世界を繋ぐパス(回線)は、地球時間で**『1時間』しか持たない。つまり、向こうの時間で『約600年』**がリミットだ」 「……600年?」 「そう。600年以内に勇者に殺されて戻ってこないと、パスが切れる。そうなったら君は、記憶を持ったまま永遠に魔王としてあっちで生きることになるね。あ、魔王ボディは不老不死だから寿命じゃ死ねないし、システム的に『自殺』もできないからね!」
俺は絶句した。 つまり、こういうことか。 600年以内に、俺を殺せるほど強い勇者を育て上げ、殺されなければ、俺は最愛の妻と永遠に会えなくなる。
デッドライン付きの無理ゲー。 だが、俺に拒否権はない。俺は深呼吸をして、タキシードの襟を正した。社長モードに切り替える。
「……条件は『勇者に殺されること』だな?」 「イエス。君のHPが0になればミッションコンプリート」 「分かった。……そのプロジェクト、俺が受注する」
600年? 長すぎる。 俺のマネジメント能力なら、そんなにかからない。 10年……いや、数年で勇者を育成し、サクッと殺されて戻ってやる。 美和子を待たせるわけにはいかないからな。
「契約成立だ。送れ!」
【第一章:絶望的な初期ステータス】
転送された先は、禍々しい瘴気が渦巻く『魔王城』の最上階だった。 黒曜石で作られた玉座。 鏡に映るのは、漆黒のフルプレートメイルを纏い、ねじれた角を生やした魔王ゼノンの姿。
【個体名:魔王ゼノン】 【Lv:530】 【HP:999,999,999】 【スキル:世界崩壊魔法、神殺しの剣技、絶対物理無効、全属性吸収……】
「……インフレしすぎだろ」
俺はステータス画面を見て頭を抱えた。 ラスボスどころか、隠しダンジョンの裏ボス級だ。 だが、本当の問題はここからだった。
「魔王様ァァァ!! お目覚めですかァァァ!!」
ドガアアアン!! 玉座の間の扉が、爆風と共に吹き飛んだ。 現れたのは、個性豊かすぎる4人の幹部たち。
「我ら『魔王軍四天王』! 魔王様の覇道のため、本日も人間どもの国を一つ、更地にしてまいりました!」
先頭に立つ、全身から灼熱の炎を噴き上げる筋骨隆々の巨漢――『獄炎のヴォルグ』。 【Lv:450】。大陸を単騎で焦土に変える武闘派だ。
「あらヴォルグ、野蛮ね。魔王様の前よ」
その横で冷ややかな視線を送るのは、氷のドレスを纏った美女――『氷結のセシリア』。 【Lv:420】。絶対零度の結界を操る魔女。
「ヒヒ……死体が増えるのは良いことじゃ……」
杖をついた小柄な老人――『腐水のゾルゲ』。 【Lv:410】。死霊使い(ネクロマンサー)。彼の配下のアンデッドだけで一国を落とせる。
「…………」
そして、天井の梁に逆さまに張り付いている、仮面の暗殺者――『疾風のシュラ』。 【Lv:430】。音速を超えて動く、魔王軍最速の刃。
どいつもこいつも、レベル400オーバーの化け物揃いだ。 部下たちの忠誠心は最高潮。組織としては素晴らしい。だが、今回のプロジェクトにおいては**「最悪の障害」**だ。
「……お前たち、少し落ち着け。現状報告だ。現在、我々に抗う『勇者』の戦力はどうなっている?」
俺が威厳たっぷりに問うと、ヴォルグがキョトンとした。
「勇者? ああ、あの虫けらどものことですか? 確か、現在の人類最強の戦士が……」
ヴォルグが水晶玉を出す。そこに映ったのは、草原で必死にオークと戦っている若者だった。
【勇者カイン(初代)】 【Lv:12】 【装備:鉄の剣、鎖帷子】
「……は?」
俺は我が目を疑った。 鉄の剣? 鎖帷子? ……まあ、初期装備よりはマシだが、レベル12だと? 桁が2つ違うぞ。
「人間側の最高レベルは50程度です。我々の城の門番(スケルトン:Lv200)の鼻息で死ぬレベルですな! ガハハハハ!」
ヴォルグが豪快に笑う。 俺の顔からは血の気が引いていた。
詰んでる。 こっちは核弾頭で武装した軍隊。あっち(勇者)は竹槍レベル。 これで「殺されろ」だと? 俺が棒立ちしていても、勇者の攻撃は防御力で弾かれ「0ダメージ」。 逆に俺がくしゃみをすれば、衝撃波で勇者パーティは消し飛ぶ。
「(……手加減や接待プレイでどうにかなるレベルじゃない。だが、やるしかない)」
俺は冷や汗を隠し、組んだ手の上で顎を乗せた。 即座にプランを練る。 まずは、この殺る気満々の部下たちを止めなければならない。
「……ヴォルグ。それに全軍、聞け」
「ハッ!」
俺は低い声で、組織の**「経営方針の大転換」**を告げた。
「本日より、人間への侵攻を無期限凍結する」
「……は?」
四天王たちが目を丸くする。ヴォルグが口をパクパクさせた。
「そ、それは如何なる理由で……? 我々は魔王様のために、人間どもを根絶やしに……」
「浅はかだな、ヴォルグ」
俺は鼻で笑ってみせた。ハッタリだ。
「雑魚を虐めて何が楽しい? 我々が目指すのは、至高の戦いだ。 ……いいか、食料と同じだ。果実は熟してから食うのが一番美味い。人間どもを育て、十分に肥え太らせ、最強の状態にしてから叩き潰す。それこそが、真の魔王軍の美学であり、至高の愉悦ではないか?」
シーン……。 四天王たちが顔を見合わせる。 やがて、セシリアが頬を染めて震え出した。
「ああ……なんて慈悲深く、そして残酷な……! 獲物を育ててから絶望に叩き落とすなんて、さすが魔王様ですわ!」 「なるほど! 我々が短絡的でした! ヒヒヒ、熟した魂……美味そうですなぁ!」
よし、納得したな。 チョロい部下で助かった。
「では、第一フェーズに移行する。……これより、我々魔王軍は全力で『勇者の育成(接待)』を行う!」
【第二章:接待という名の地獄】
そこからは、魔王軍総出による、涙ぐましい接待の日々だった。 だが、現場は混乱を極めた。 レベル400の怪物が、レベル10前後の人間相手に「負ける」というのは、針の穴に糸を通すより難しい作業だったのだ。
【ケース1:経験値稼ぎの失敗】
ある日、俺はヴォルグに指示を出した。
『(通信)おいヴォルグ、勇者が森に入ったぞ。部下のゴブリンを派遣しろ。……いいか、「ギリギリで負けてやれ」よ? 死なせたらクビだぞ』 『了解であります! おい雑兵ども、行け!』
水晶の映像。 勇者の前に、ヴォルグ配下の「精鋭ゴブリン部隊(Lv.50)」が現れる。 勇者が悲鳴を上げて剣を振るう。へなちょこな軌道だ。 ゴブリンがそれを避けようとして――。
バシュッ。
ゴブリンが振った腕の風圧だけで、勇者が吹き飛んで木に激突した。 勇者、気絶。
「ヴォルグゥゥゥ!! なにやってんだお前!」 「も、申し訳ありません! 蚊を払うつもりで小指を振ったら、勇者が飛んでいってしまいまして……!」 「手加減しろと言っただろうが!」 「これでも限界まで手加減したのです! 心臓の鼓動を止めて、死んだふりまでしていたのに!」
部下が強すぎる。 強さの次元が違いすぎて、接待にすらならない。 俺は頭を抱えた。
【ケース2:装備のプレゼント】
気を取り直して、次は装備だ。 俺は宝物庫から**『炎の魔剣レーヴァテイン(レジェンド級)』**を持ち出し、勇者の通る道に宝箱として配置した。
「これなら攻撃力が500は上がる。雑魚相手なら無双できるはずだ」
勇者が箱を見つける。 中には、燃え盛る魔剣。 勇者が歓喜して柄を握り、持ち上げようとして――。
ジュッ。
「あちちちちちッ!!?」
勇者は火傷をして剣を取り落とし、泣きながら逃走した。 武器が強すぎて、装備条件(耐熱スキル)を満たしていなかったのだ。
「……(無言で顔を覆う)」
【ケース3:そして50年後】
そんなトライ&エラーを繰り返し、俺たちはなんとか勇者カインを育て上げた。 寝ている間にステータスアップの種を口にねじ込み、ダンジョンの壁を破壊して近道を作り、影から回復魔法をかけ続けた50年。
カインは老人になっていた。 レベルは50に達した。人間としては、間違いなく英雄の領域だ。
「……魔王ゼノン。覚悟しろ」
老いた勇者が、震える手で聖剣を構える。 俺は玉座で、あえて無防備にその一撃を受けた。
ガギィィィンッ!!!!
鈍い音が響き、聖剣が弾かれた。 俺の体には、傷一つついていなかった。
「……な?」
カインが絶望する。俺も絶望した。 レベル50の攻撃力では、レベル530の基礎防御力を貫通できない。 ダメージ計算式が、残酷な「0」を叩き出している。
「(……嘘だろ? システム的に『詰んで』るのか?)」
数日後、勇者カインは寿命でこの世を去った。 俺にかすり傷一つ負わせることなく。
【第三章:世界改造計画(残りの550年)】
勇者カインの葬儀を(遠隔魔法で)見届けた後。 俺は玉座で、深いため息をついた。
「……ナメてた」
50年かけて分かったこと。 それは、この世界の「人間」という種族の限界だ。 どれだけ個体を接待しても、一代ではレベル50~60が限界。俺を殺す領域には絶対に届かない。
視界の端のタイマーを見る。 残り時間:550年(地球時間で約55分)。
あと550年以内に死ななければ、俺は永遠に帰れない。 美和子に会えない。
「(……やるしかない)」
俺は顔を上げた。 甘えは捨てろ。接待ごっこは終わりだ。 個人の育成で無理なら、残りの時間を全て費やして、世界そのものを**「改造」**する。
「全軍、聞け」
俺の声は、50年前とは比べ物にならないほど冷徹だった。
「プランBに移行する。これより我々は、残りの時間全てを費やし、『神をも殺せる最強の種』を創り出す」
俺は、魔王軍の持つ「失われた古代技術」と「魔法知識」を、人間に少しずつリークし始めた。 まずは食料だ。農業改革を行い、飢餓をなくし、人口を爆発的に増やす。母数が増えれば、天才が生まれる確率も上がる。 次に教育だ。世界中に学校を作らせ、魔術と剣術の英才教育を施す。 そして血統だ。優秀な魔術師と剣士の血統を掛け合わせ、より強い「個」をデザインする。
100年後。 人類の平均レベルが底上げされた。食糧事情が改善し、体格が向上した。
300年後。 レベル300に到達する「英雄」が現れ始めた。 彼らは四天王の配下と互角に渡り合い、いくつかの砦を落とした。 ヴォルグが嬉しそうに報告に来る。「魔王様! 最近の人間は骨がありますぞ!」
500年後。 人類は魔法科学文明へと進化し、対魔王用の兵器開発に成功した。 俺が裏から流した設計図を元に、聖剣の量産化にも成功していた。
俺はその間、ずっと「絶対悪」として君臨し続けた。 適度な恐怖を与え、人類の進化を促すための「壁」として。 時には街を焼いた(住民は避難させた後で)。時には軍隊を壊滅させた(再起可能な程度に)。 全ては、彼らに「魔王を殺さねば未来はない」という強烈なモチベーションを与えるため。
孤独だった。 気が狂いそうな時間の中、俺を支えたのは、ただ一つ。
『必ず帰る』
妻との約束だけだった。
【最終章:約束の時】
そして、595年目。 地球時間にして、タイムリミットまであと5分。
魔王城の結界が、轟音と共に砕け散った。
ズガァァァァン!!
「魔王ゼノン! 貴様の支配も今日までだ!!」
玉座の間に踏み込んできたのは、5人の戦士たち。 先頭に立つ金髪の青年――勇者レオン。 かつての勇者カインから数えて25代目の子孫。 その全身からは、かつての四天王すら凌駕するほどの闘気が溢れ出ている。
【勇者レオン】 【Lv:520】 【装備:真・聖剣エクスカリバー(魔王製)】
脇を固める仲間たちも、全員がレベル500オーバー。 賢者、聖女、剣王、そして魔導技師。 約600年の歳月と、俺の狂気的なマネジメントが生み出した、人類最高傑作だ。
「……よく来たな、勇者の末裔たちよ」
俺はゆっくりと立ち上がった。 四天王たちは既に、彼らの踏み台となって散った。 ヴォルグも、セシリアも、ゾルゲも、シュラも。 彼らは最期まで俺の意図を汲み、「強敵」として立ちはだかり、そして満足げに逝った。
「貴様が撒いた絶望の種……俺たちが刈り取ってやる!」
レオンが聖剣を構える。 その瞳には、一点の曇りもない正義の炎が燃えている。 素晴らしい。完璧だ。 俺が求めていた「刃」が、そこにあった。
「フッ……。絶望だと? 笑わせるな」
俺は魔力を解放した。 玉座の間が震え、空間がきしむ。 接待はしない。手加減もしない。 本気で殺し合い、その上で殺されなければ、俺の魂は救われない。
「かかってこい! この600年の全てを、俺にぶつけてみろ!!」
俺は叫んだ。 魔王としてではなく、一人の男として。 妻の元へ帰りたい、ただそれだけの願いを込めて。
「絶対に、殺してくれよぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
「応ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
レオンが咆哮する。 聖剣が、かつてないほどの輝きを放ち、俺の視界を白く染め上げる。
俺もまた、全魔力を拳に込めて踏み込んだ。 接待ではない。 育成でもない。 ダメージ計算など不要。
これは、俺が600年かけて作り上げた「最強の矛」と、600年君臨し続けた「最強の盾」がぶつかり合う、最初で最後の儀式。
世界を揺るがす衝撃音が、時空を超えて響き渡る。
積み重ねた歴史の全てを賭けた、本当の死闘が――今、始まる。
(完?)
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