冒険のヒントおじさん
勇者ヤマザキの冒険は順調であった。
ある日突然わけもわからず異世界に召喚されて
偉そうな連中に「魔王を倒せ」と言われた時は
無性に腹が立ったが、ここでの生活に慣れてくると
日本に戻れなくてもいいかなと思うようになった。
異世界転移の際に授かった特殊能力は
日本の現在時刻を知るという無用の長物だったが、
ヤマザキはそのゴミスキルは忘れることにして、
持ち前の機転と勇気、仲間たちとの絆によって
数々の苦難を乗り越えていったのだ。
旅を始めてからわずか1ヶ月で火の四天王を撃破、
それから半年以内に水と土の四天王を打ち倒し、
あとは風の四天王さえ倒せば魔王城の結界が消える。
そうなれば、残すは魔王との最終決戦のみ……
そんな状況であった。
だが、風の四天王を倒せない。
奴が住んでいる風の魔宮は遥か上空に位置し、
RPGでよくある空飛ぶ乗り物でもなければ
風の四天王との対決は実現しないのである。
そして、ここは機械文明が発達していない異世界。
飛行船のような乗り物を開発できる技術者はおらず、
空を飛ぶ魔法は古代に失われてしまったそうだ。
過去に天まで届く塔を建設しようとした者はいるが、
風の魔宮まであと一歩の所で嵐が吹き荒れて
塔は粉々に砕け散ってしまったらしい。
おそらくは風の四天王の仕業だろう。
奴は残忍な性格の持ち主であると伝えられており、
人類に希望を抱かせた上でそれを破壊し、
絶望の淵に落として楽しんだのだ。
都合良く奴が地上に降りてきてくれればいいが、
それには期待しない方がいいだろう。
他の四天王を3体倒した勇者がいると知りながら
わざわざ危険を冒してまで降りてくる馬鹿はいない。
奴は人間よりも遥かに長く生きられる魔族であり、
ヤマザキの寿命が尽きるまで空の上で待つという
ノーリスクハイリターンな作戦が実行可能なのだ。
何も進展しないまま3年が過ぎた。
当初は12名の仲間と共に魔王討伐を目指していたが、
やがて決心が揺らぐ者が現れ始めるようになり、
各々の理由で勇者ヤマザキの下を離れていった。
最後まで残ったのは姫騎士メル、聖女クレア、
魔女見習いリズ、くノ一サツキの4名だけである。
いずれも美少女だが、狙っていたわけではない。
本当に、全くの偶然でそうなっただけだ。
健全な男子ヤマザキにとっては喜ばしい状況だが、
決して彼がそうなるように仕向けたわけではない。
彼女たちの世界平和を願う心がそうさせたのである。
それはさておき、勇者一行は世界中を駆け巡った。
王国、帝国、町、村、砂漠、雪原、森林、砂漠……。
一度訪れた場所も、そうではなかった場所も、
とにかく風の四天王攻略の手掛かりを得るために
あらゆる場所を訪れては出会った者全てに話しかけ、
それらしき情報を求めて探し回ったのだ。
結果、無駄ではなかった。
彼らはついに見つけることができた。
ラーズ山脈の西にある滝の裏の洞窟を抜けた先の
遺跡のパズルを解いて地下道を進み神殿の隠し部屋で
守護者を倒して宝箱の裏に記された魔法陣を描くと、
いくつもの小さな島がプカプカと宙に浮かんでいる
不思議な空間へと飛ばされたのである。
そして現在立っている島の中央には
ポツンと一軒家が建っており、
そこにお目当ての人物がいるらしい。
旅人に冒険のヒントを与えてくれるという、
通称“冒険のヒントおじさん”なる男が……。
なんともド直球なネーミングセンスだが、
これくらい安直な方がわかりやすくて助かる。
もう彼に頼るしかないのだ。
風の魔宮への行き方を知る者がいるとすれば、
冒険のヒントおじさん以外にはいないのだろう。
なぜ花畑を走り回る子供たちや牢獄に繋がれた囚人が
ここまで辿り着く方法を知っていたのかはさておき、
勇者ヤマザキたちの苦労はとうとう報われたのだ。
コンコン、と玄関の戸を叩いてみるが反応はない。
早速不安になる。
これでもしおじさんが不在だった場合、
滝の裏からの過程を再びやり直さねばならない。
と言うのも、この空間に滞在できるのは
30分だけという謎の時間制限が存在するからだ。
しかも、どうやら洞窟に進入した時点で
おじさんイベントの開始フラグが立つらしく、
その後のパズル、守護者、魔法陣の3要素は
毎回ランダムでその内容が置き換わり、
どれか1つでも飛ばすとイベントが進行しないそうだ。
なんともRPG的な仕掛けだなと呆れつつ、
おじさんはよっぽど人間嫌いなんだろうとも思った。
ここまでして他人を遠ざけようとしているのだ、
きっとおじさんは偏屈な頑固者である可能性が高い。
そんな予想をしていると、ガチャリと扉が開いた。
ただし、内側から開けられたのではない。
聖女クレアのピッキングが成功したのだ。
「……って、クレア!!
何してんのお前!?
勝手に開けちゃだめだろ!!
また捕まりたいのか!?」
ヤマザキが憤慨するも当のクレアは平然としており、
他の3人はオロオロしながら様子を見守るだけ……
まあ、いつもの光景だ。
「このまま突っ立ってても仕方ないでしょ?
貴重な時間を無駄にするわけにはいかないわ
ここまで来て収穫無しってのも癪だし、
中に使える物がないか調べてみましょう」
「使える物って……まさか、盗みを働くつもりか?
それで何度も牢屋に入れられてきたというのに、
こいつ全然反省してないな……」
まったく、とんだ聖女がいたものである。
まあ、時間を無駄にできないという意見には賛成だ。
ひとまずここは手分けすることにしよう。
「俺は近くにおじさんがいないか見回ってくる
みんなは家の中で待機だ
それから、クレアが変なことしないように
しっかり見張っといてくれよ」
と念を押して3人を頷かせるが、不安しかない。
きっと今回もまた何かやらかすんだろうなあ……。
ヤマザキは一軒家のある島から別の島へと移動し、
小屋を見つけたので中を探索してみたが、
おじさんを見つけることはできなかった。
そこは食料やワインの貯蔵庫であり、
瓶詰めのラベルに記載された日付を見ると
割と最近購入した物であることがわかった。
どうやら彼は俗世から離れて暮らしてはいるが、
自給自足の生活をしているわけではないらしい。
続いて訪れた島では衣類やシーツが干されており、
大きめの桶の中でひとりでに石鹸水が渦巻いている。
その水流は一定ではなく、逆回転を織り交ぜたり、
揉み洗いを行ったりと、まるで全自動洗濯機である。
おじさんは高度な生活魔法の使い手のようだ。
彼はこの技術で生計を立てているのかもしれない。
別の島には防音魔法を施された小屋があった。
なんと、音楽スタジオである。
中には高級素材で作られた楽器が揃えられており、
どれも日頃から手入れされているようなので、
おじさんは音楽を愛する人間なのだと把握した。
それにしても近所に人が住んでいないのに防音?
と思ったが、それは先入観のせいだろう。
人間嫌いの中年男性であると勝手に想像していたが、
彼が一人暮らしをしているという確証はないのだ。
他にも馬小屋の島、絵画小屋の島、鍛冶小屋の島など
を見回った結果、どれもが趣味の域を越えており、
おじさんの多芸さには驚かされっぱなしだった。
そして最後に訪れたのは小屋のない島。
ヤマザキはようやく目的の人物と出会うことができた
……のだが、どうも様子がおかしいことに気づく。
草むらの中に、中年男性がうつ伏せで倒れている。
孤独死──その言葉が頭をよぎった。
ヤマザキは急いでおじさんに駆け寄り、
まだ救助が間に合うかどうかの確認を行う。
血色は……良好。
息は……ある。
脈拍……正常。
…………?
「あの、もしもし?」
そう呼び掛けながら肩を揺すってみると、
おじさんは「んっ、うぅ……」と呻き声を上げ、
のっそりと身を起こしてから大きなあくびをした。
どうやら彼は熟睡していただけのようだ。
なんだ、人騒がせな……と思いつつも、
おじさんの命に別状がないことに安堵する。
そんなヤマザキの反応を見たおじさんは状況を察し、
苦笑いを浮かべながら謝るのだった。
「はは、驚かせてしまったようで申し訳ない
儀式の途中でついウトウトしてしまい、
そのまま眠りこけてしまったようだ」
「え、儀式?」
「ああ、大地の神に感謝を捧げる儀式だよ
“お祈り”と言えばわかりやすいね
全身を大地に委ねるのは古いやり方だから、
若者が知らないのも無理はない」
「はあ、お祈りでしたか
俺はてっきり……あ、いや、それよりも
あなたが冒険のヒントおじさんですか?
俺は冒険者のヤマザキという者です
実は魔王討伐を目指す旅をしてるんですが、
その途中で行き詰まっていまして……」
「なるほど、それでここまでやってきたんだね?
いかにも私が冒険のヒントおじさんだよ
とりあえずここじゃなんだし、家の中で話そうか
実は最近お菓子作りにハマっていてね
ちょうど自信作のクッキーが余ってるんだ
せっかくだし、是非食べていってもらいたい」
「あ、はあ……
それではお言葉に甘えることにします」
想像とはまるで違った。
おじさんは人間嫌いどころかその逆であり、
気さくで柔和な性格が表情や仕草に滲み出ている。
なぜこんな人が仙人のような暮らしをしているのか、
その理由を想像できない。
おじさんの自宅へ移動すると、酷い有様だった。
居間の床にはタンスや本棚の中身が散乱し、
台所は割れた壺の破片で足の踏み場が無く、
寝室ではクレアがベッドの上でクッキーを貪り、
その食べカスがボロボロと溢れている……。
クレアの暴走を止められなかった3人に目をやると、
彼女らは揃って申し訳なさそうな顔をしているが、
見たことのない装備品を身につけているではないか。
特に、姫騎士メルのビキニアーマーは擁護できない。
クレアに無理矢理着せられたのは間違いないが、
それはおじさんが着たかもしれない鎧だぞ?
なんかもう色々と取り返しのつかない状況である。
「すいませんでしたあああ!!!
今すぐ片付けます!!!
壊した物は弁償します!!!
全部元通りにします!!!」
ヤマザキは床に頭を擦り付けて謝罪した後、
自ら率先して清掃作業をテキパキとこなし、
3人の仲間たちがそれに続く。
「おいクレアァァァ!!!
お前が一番動けやあああ!!!」
激怒するヤマザキ。優雅にワインを味わうクレア。
オロオロしながら清掃作業に従事する仲間たち。
そんなとっ散らかった状況の中、
おじさんはパン、パンと手を叩いて注目を集め、
若者たちに作業を中断するよう指示したのだ。
「片付けは私がしておくから大丈夫だよ
部屋を綺麗にするのは嫌いではないし、
時間ならたっぷりとあるからね」
なんだろうこの人……神か?
「ああ、それから私の名誉のために言っとくけど、
その鎧は選ばれし者しか装備できないんだ
古の時代、ドワーフの王が天界の石を用いて
女傑アルローズのために作った特別な魔法の鎧さ
当然、私が着ることはできないから安心してくれ」
「女傑アルローズ……
アルローズ王国の初代女王……
メルのご先祖様じゃないか!」
おじさんが着たビキニアーマーじゃなくてよかった。
どちらにせよ中古品であることには変わりないが。
「どうせこの家に置いといても宝の持ち腐れだ
もしよければ君たちの冒険に役立てるといい」
なんと気前のいいことか。
いやらしい水着のような見た目のふざけた装備だが、
防具としての性能はものすごく高い……というか、
さっきまでメルが着ていた鎧の3倍くらい強い。
王国で最高の鍛冶屋に作らせた鎧だったというのに、
その水準を遥かに上回るとは……ドワーフ恐るべし。
おじさんは机の周辺を手際良く片付け、
全員に紅茶とクッキーを配ってから席に着いた。
これでようやく風の魔宮攻略のヒントが聞けそうだ。
「おじさんは独身なんですか?」
「クレア……!!」
「ああ、良い出会いに恵まれないうちに
気づいたらこの歳になっちゃっててねえ
今更嫁さんを探そうにも体力というか、
あんまり気力が湧いてこないんだ……
それより残りの人生は気ままな独身貴族として、
趣味に没頭しながら過ごすのも悪くないかなと」
「もし良い出会いがあったとしても、
こんな辺鄙な場所に住みたがる女いないでしょうよ
おじさんは趣味に没頭できるだろうけど、
とにかく娯楽が足りなさすぎる」
「クレア……!!」
「はは、言えてるね
一応楽器はたくさん揃えてあるけど、
それだけじゃ不充分だったか……」
「音楽だけじゃあねえ
おじさんは夢破れた吟遊詩人とかですか?」
「クレア……!!」
「夢か……いや、そういうのとは違うね
まあ、吟遊詩人をやっていた時期はあるよ
私は元々農家の次男坊だったんだけど、
住んでた土地が魔物の放つ瘴気にやられちゃって、
野菜を育てることができなくなってしまってねえ
だから故郷を離れて冒険者の道に進んだんだ
当時は大量の冒険者が求められる時代で、
私もその流れに乗っかった感じだね
で、たまたま楽器の演奏は得意な方だったから、
吟遊詩人として冒険活動に参加してたんだ」
「吟遊詩人ってモテる職業なんですけどねえ
現状独身ってことは大成しなかったんですね」
「クレア……!!」
「はは、まったくもってその通りだよ
君たちも知っての通り、吟遊詩人ってのは
戦闘で味方全体を強化するのが仕事のサポート職だ
それで、当時の冒険者たちは攻撃力強化を求めてて
魂を熱くするような激しい曲を弾ける吟遊詩人が
時代の主流だったと記憶しているよ
でも私は大地の神に感謝を捧げる曲しか弾けなくて
どのパーティーからも役立たず扱いされてきた
防御力強化に状態異常無効、更にはHP自動回復する
素晴らしい曲なんだけど、当時の冒険者たちには
その価値が理解できなかったんだ
これが音楽性の違いってやつなのかなあ」
「時代を先取りしたと言えばかっこいいけど、
トレンドに合わせる能力がなかったんですね」
「クレア……!!」
「たしかに流行には乗れなかったね
まあ、それで私は吟遊詩人を辞めたんだ
でも冒険者以外に生きる道がなかったから、
しばらくはその業界にしがみついていたよ」
「おじさんは何に転職したんですか?
どうせ長続きしなかったんでしょうけど」
「クレア……!!」
「剣も魔法もからっきしだった私は、
戦闘以外の面で貢献しようと商人になったんだ
組合に所属して市場に店を構える商人じゃなくて、
冒険者に同行する、いわゆる冒険商人というやつさ
故郷の村には本なんて無かったから、
最初は読み書きできなくてそりゃあ大変だったね
だけど幸運にも計算の才能はあったみたいで、
報酬を山分けする時なんかには重宝されたもんだ」
「文字も読めないのに商人目指すとか、
あまりにも無謀な選択だったとしか」
「クレア……!!」
「はは、たしかに後先考えてなかったね
でも当時の私は若かったからねえ
自分ならできる、という謎の自信があったのさ
だけど、結局上手くいかなかった……
ある時パーティーのリーダーに呼び出されて、
軍資金を横領してるだろうと疑われたんだ
もちろん私はそんなことはしてなかったんだけど、
出るわ出るわ、証拠の山が……
それが決め手となって私はクビにされたよ」
「なんだ、結局やってたんですね
私も経験あるから焦る気持ちはわかりますよ」
「クレア……!!」
「いやいや、本当にやってないよ
その横領の証拠はリーダーが捏造した物だったんだ
というか彼こそが真犯人だったんだけど、
真相が発覚した後も私の信用は回復しなかったね
一度失った信用は二度と元に戻らないものさ
たとえ濡れ衣だろうと、隙を見せた私が甘かった
まあそんなわけで、私は商人を辞めたんだ」
「それで、その後も冒険者業界に残ったんですね?
もう向いてないんだからやめときゃいいのに」
「クレア……!!」
「それが可能ならそうしてたよ
だけど当時は今ほど職業選択の自由はなかったし、
土地を失った農民は冒険者になって魔物と戦うか、
野盗になって道行く人々を襲うしかなかったんだ」
「私なら野盗一択ですね」
「クレア……!!」
「私は思い切って盗賊になってみた」
「おじさん、やるぅ〜!」
「クレア……!!」
「まあ盗賊とは言っても、冒険者ギルドが認めた
“盗賊技能”を持った人たちの総称だけどね
宝箱の罠を外したり、鍵を紛失した人のために
解錠作業を行なったりするのが主な仕事さ
初めは上手くやれるか不安だったけど、
私はそこそこ手先が器用だったらしくて
2年間は無事に仕事を続けることができたよ」
「なんだ、つまらん……
あ、でも2年後に何かあったんですね!?」
「クレア……!!」
「ああ、嫌な事件だったよ
徴税に苦しむ民を救おうとする義賊が現れたんだ
貴族から金品を奪い、貧民に配って回る連中さ
それだけ聞くと弱者の味方みたいだけど、
実際に民がいい思いをできたのは一瞬だけで
怒った貴族たちは更なる徴税を課すようになり、
貧しき民はますます苦しむ羽目になりましたとさ」
「これだから貴族って嫌いなのよね
自分が儲かることしか考えてない癖に、
貧民から搾り取ったら何も残らないじゃない
そこんとこ頭が回らない馬鹿な連中だわ
生かさず殺さずを徹底しなきゃだめでしょ
私が信者から金を巻き上げる時は…………おっと」
「クレア……!!」
「まあ、うん
義賊のせいで国の経済が混乱した後、
盗賊を敵視する人が増えちゃってねえ
冒険者ギルドは盗賊お断りの状態になったんだ
義賊の正体は没落貴族の子息で、
盗賊は無関係だったというのに……
まあ、イメージの問題なんだろうね
おかげで私は盗賊を辞めざるを得なかったよ」
「何をやらせても駄目な人っているわよね」
「クレア……!!」
「盗賊の次は僧侶に転職しようとしたんだけど、
私の信じる神はマイナー扱いされていてね
冒険者ギルドの規定で僧侶にはなれなかったんだ
それどころか一歩間違えば縛り首になっていたよ
あの頃は太陽神信仰の一強だったからなあ……」
「どこの話かしら……?
大地教信者は変わり者が多いって聞くけど、
それだけの理由で縛り首にするのはやりすぎよ
少なくとも私たちの大陸の話じゃないわね
おじさんはよっぽどの田舎者なんでしょう」
「クレア……!!」
その後もおじさんの転職体験談は続き、
御者、薬草士、下水道の掃除屋、武具の修理工など、
興味を持たない限り知ろうともしなかった貴重な話を
いくつも聞くことができてヤマザキは満足していた。
だが、楽しい時間はいつまでも続かなかった。
この空間に滞在できるのは30分……。
その制限があることをすっかり忘れていたのだ。
砂時計の残量に気づいたおじさんはハッと我に返り、
伝えなければならなかった情報を早口で捲し立てる。
「君たちにはもっと知りたいことがあっただろうに、
昔話に花を咲かせて本当に申し訳ない!!
お客さんが来るのは数十年ぶりだったから、
私はつい嬉しくなってしまったんだ……!!
ここまで辿り着くのに面倒な手順を踏ませたのは、
一定以上の実力者だけを受け入れる目的だった!!
この空間は強力な魔道具を保管するための場所で、
君たちが暮らす次元とは時間の流れが違う!!
肉体が崩壊しない限界の時間は42分だけど、
安全マージンを充分に取って30分にしたんだ!!
花畑を走り回る子供たちはヤムヤム族の末裔──」
聞けたのはそこまでだ。
気づけば勇者一行は路地裏に立っており、
おじさんの家に来た時と同様に
強制テレポートを施されたのだと理解する。
路地裏から出ると行き交う人々で賑わっており、
そこは貿易都市ピレスカの自由市場であった。
なるほど、いいチョイスだ。
ここなら大体なんでも買えるし、売ることもできる。
そして商売活動するのに特別な申請は不要なので、
商人の経験があるおじさんが生計を立てるには
これほど都合の良い場所は他にない。
まあ、金稼ぎ以外の目的もあるだろう。
あらゆる国の商人が出入りする都市という性質上、
それだけいろんな情報が行き来する場所でもある。
おじさんは下界へ買い物に来たついでに
世界情勢を把握できるよう、この場所を選んだのだ。
なにしろ彼は冒険のヒントおじさん。
知識こそが最大の資本なのである。
「……って、ヒント聞いてないじゃん」
勇者一行は風の魔宮攻略のヒントを求めて
おじさんの家まで足を運んだはずが、
知ることができたのはおじさんの苦労話だけで、
肝心の情報は聞けずじまいであった。
これではまるっきり無駄足である。
おじさんが悪いわけではない。
彼は聞かれた質問に答えただけだ。
質問の内容が悪かっただけである。
冷ややかな視線がクレアに集まる。
「な、なによ見ないでよエッチ!
みんなもあのおじさんが何者なのか、
すごく気になってる顔してたじゃない!
私はみんなを代表して質問しただけよ!」
「リーダーは俺なんだけどな……
まあ、仕方ない
随分遠くの大陸に飛ばされたけど、
もう一度会いに行くしかないな」
そう提案するが、仲間たちは不満そうだ。
他に方法はないと理解しているが、
また面倒な手順を踏まされるのかと思うと
どうしても気が滅入ってしまう、そんな顔だ。
彼らを躊躇させる最大の要素──遺跡のパズル。
落ち着いて挑戦すれば特に難しくはないのだが、
クレアが考えなしに余計な手出しをするせいで
何度も最初からやり直す羽目になった。
しかも必要な手順の内容は毎回ランダムときた。
前回はたまたま運良く突破できたものの、
次も上手くいくという保証はないのだ。
「……あれ?
クレアさえいなければ楽勝じゃね?」
真理に到達するヤマザキ。
ハッとする3人の仲間たち。
憤慨するクレア。
「なんて薄情な!!
私たちは仲間でしょう!!
ここまで共に苦労を分かち合った、
かけがえのない存在じゃない!!」
仲間たちの思い出が蘇る。
窃盗の現行犯で捕まったクレアを釈放させた件。
封印されていた凶悪な魔獣をクレアが解き放った件。
クレアが無茶な賭けをして仲間の1人が担保となり、
魔法剣士ルナは今も闇カジノで働かされている件。
たしかに苦労ばかりしてきた。
主にクレアのせいで。
「はいはい、そこまで!!
たしかに私も悪かったかもしれないけど、
全部どうにかなってきたじゃない!!
それに今回は冒険のヒントを得られなかったけど、
全く収穫が無いどころか、むしろ大収穫よ!!
あんたたちの装備が超グレードアップしたのは、
一体誰のおかげだと思っているの!?」
「おじさんのおかげじゃないかな
……って、『あんたたち』?
そういえばメル以外の装備も更新されてるな
許可無く持ち出した物だし、完全に窃盗だよ……」
おじさんなら事後承諾してくれそうな気がするが、
激しい罪悪感に苛まれるヤマザキであった。
それからの冒険は順調……というより、
もはや消化試合と呼べるほど手応えがなかった。
おじさんの家の本棚から拝借した“禁断の魔導書”に
重力を操ることができる魔法が記されており、
風の魔宮を地上に落とすという荒技を駆使して、
勇者一行は風の四天王との対決に臨めたのである。
その対決も一瞬だった。
禁断の魔法が再び猛威を振るったのだ。
『ボイル』──水を沸騰させる魔法であり、
生物に対して使用すると血液が煮え立ち、
やがて血管が爆発するという恐ろしい仕様だ。
風の四天王は全身の血をぶち撒けながら死んだ。
その凄惨な死に様に勇者一行は目を背け、
込み上げる胃液を抑えることができなかった。
魔王を倒したのは、その10日後である。
道中の魔物からの攻撃は全てメルの鎧で無効化し、
こちらの攻撃役はサツキ1人で充分だった。
無断で拝借した手裏剣がまた反則的な性能であり、
猛毒、麻痺、暗闇、封印、即死の追加効果を持ち、
しかも耐性の無い相手には必ず状態異常が通るため、
大半の敵は即死の効果で一撃必殺だったのだ。
更には強力なホーミング性能まで備わっており、
適当に投げても必ず敵に当たるという壊れっぷりだ。
しかし、さすがに魔王に状態異常は通らなかった。
仮にも最上級の魔族、それも魔族の王なのだ。
そんじょそこらのザコとはわけが違う。
勇者一行にとっては喜ばしくない状況のはずが、
なぜか安心感を覚えるヤマザキたちであった。
この強敵には何が通じるのだろう?
とりあえずリズは禁断の魔法を試してみた。
そうしたら魔王を倒してしまったのである。
『エッグ』──敵の体内に大量の虫を侵入させて
卵を産みつけるという、とても恐ろしい魔法だ。
発狂した魔王は喉を掻きむしりながら死んだ。
その凄惨な死に様に勇者一行は目を背け、
込み上げる胃液を抑えることができなかった。
世界は平和になった。
姫騎士メルはアルローズ王国の女王となり、
隣国の王子エリックと結ばれた。
魔女見習いリズは禁断の魔法がトラウマとなり、
故郷の村で普通の村娘として生きてゆくと誓った。
近々、幼馴染のカールと結婚するらしい。
くノ一サツキは忍びの里へと帰り、
里長の息子と夫婦の契りを交わしたそうだ。
聖女クレアは誰の子かわからない赤子を授かった。
教会は「処女懐胎だ!」と大喜びで騒ぎ立てるが、
あの女は毎晩酒場に通い詰めてはガラの悪い連中と
朝まで飲み明かすという生活を続けていたので、
まあ、そういうことなのだろう。
勇者ヤマザキは旅に出た。
彼を召喚したトルドー王国に留まっていれば
英雄として一生贅沢な暮らしもできたのだろうが、
なんだか最近はきな臭い雰囲気になってきたので、
何か妙な事件が起こる前に逃げることにしたのだ。
魔王という共通の敵がいなくなった人類は、
人間同士の争いをするようになってしまった。
トルドー王国も例外ではなく、その領土を広げようと
隣国に攻め込むべきだと考える大臣が増えてきた。
国王は穏健な人柄ではあるが、国民の利益のためなら
非情な決断もできるという一面もある。
今はまだ侵略行為には否定的な立場にいるが、
狡猾な大臣に唆されて……という展開もあり得る。
ヤマザキが守りたかったのは、こんな世界ではない。
そんなに戦争がしたければ勝手にすればいいが、
巻き込まれるのだけはまっぴらごめんである。
それと、独りになりたいという気持ちがあった。
女が原因だ。
メル、リズ、サツキ……全員結婚してしまった。
クレアはともかく、あの3人には少し期待していた。
俺は誰を選べばいいんだ……と、悩んだ夜もある。
が、仲間たちはヤマザキに好意こそ抱いていたものの
恋愛感情と呼べるまでの想いは持ち合わせておらず、
そんな浮ついたことを考えながら旅をしていたのは
ヤマザキただ1人だけだった。
まったく恥ずかしい。
この秘密を墓場まで持ってゆくと決めたヤマザキは
勇者の名が轟いていない場所に移り住むため、
再び世界中を駆け巡ることにしたのである。
それから10年が過ぎた。
だが、ヤマザキは安住の地を見つけられなかった。
世界中どこへ行っても彼の名声は轟いており、
魔王を倒した時よりも人々から称賛される始末だ。
ヤマザキは旅をしながら魔王軍の残党を狩り、
野盗を退治したり、邪竜を倒したりもしていた。
そんな活動を続けていれば名声が高まるのは当然で、
彼のささやかな願いは遠のいてゆく一方だった。
1人でも難なく戦えたのには理由がある。
かつてクレアが無断で持ち出したチート装備の数々を
戦線から退いた仲間たちから回収していたのだ。
その中でも特に全自動手裏剣が猛威を振るった。
色々試してみたが、やっぱりこれが一番強い。
魔王というラスボスがいなくなった世界には
ザコか中ボスしか残っていない状態なので、
完璧な状態異常耐性を持っている敵はそういない。
巨大なドラゴンですら猛毒と麻痺が有効であり、
一方的にハメ倒すことが可能である。
(そろそろ返しに行こうかな……)
そう思い立ち、ヤマザキは北西に進路を向けた。
正直なところ、ヤマザキは気が重かった。
現在手にしているチート装備の数々は
冒険のヒントおじさんの自宅から盗んだ物であり、
自分が直接手を下したわけではないにせよ、
あの女ならやりかねないと予感していながら
「家の中で待機」と、愚かな指示を出したのだ。
これはもう「盗め」と言ったようなものである。
もっと早く謝りに行くことはできた。
だが、この10年間は色々と忙しかったこともあり
……いや、そうやって正当化したいだけだ。
謝罪を後回しにしていた。
それが真実だ。
そんな罪悪感まみれのヤマザキからの謝罪を、
おじさんは温かく受け入れてくれた。
「私はそんなに気にしてなかったんだけどね
でもまあ、たしかに無断で持ち出したのは良くない
だから君にはそれなりの罰を与えるとしよう」
「罰……」
「ああ、でも拷問とかはしないから安心してよ
私の仕事を手伝ってもらいたいんだ
まあ、報酬が貰えるわけじゃないから
仕事と呼んでいいのかわからないけど……」
「それはどんな内容なんですか?」
「今まさに君がやってくれたことさ
使い方を間違えたら世界のバランスを崩しかねない
強力な魔道具を回収し、この空間で保管する──
もし悪人の手に渡ったら大変なことになるからね
君は困っている人々を助けるために使っていたし、
今は世界中のあらゆる場所で戦争が起きているから
まだ必要だと思って容認していたんだ
“勇者”が特別すごい力を持っていたとしても、
それを不自然に思う人はいないという狙いもある」
ああ、この人は全てを見ていたのか。
もしかしたら本当に神なのでは……?
そんなこんなでヤマザキの新しい冒険が始まった。
人の手に余る強力な効果を秘めた武器や防具、
使用後に自己修復して何度でも使える無限爆弾、
毎晩悪夢を見せて睡眠不足に陥らせる黒魔術……
そういった危険性の高い魔道具や魔導書を求めて
西へ東へと奔走したのである。
中には姿を消すマントや服が透けて見える眼鏡など、
エロいことに使えそうなアイテムもあった。
そういう代物はじっくりと効果を検証した上で、
これは人の手に余ると判断して保管室送りにした。
回収の旅を続けるうち、いろんなことを知った。
今までは戦闘中心の生き方を強いられてきたので
冒険者ギルドや武器防具屋ばかり足を運んでいたが、
アイテム集めが目的となると図書館や魔法学校などの
知識が集まる場所を訪れる機会が多くなったからだ。
この20年の間にトルドー王国は大陸中の国々を制し、
その野望の矛先は海の向こうにまで届くようになり、
アルローズ王国に喧嘩を売って大敗を喫した。
それも1回ではなく7回だ。やめときゃいいのに。
相次ぐ戦争の動乱で民の心は疲弊していた。
そんな力無き弱者の不安をビジネスチャンスと捉え、
利益を得ようとする者たちが現れた。
クレア率いる“聖女教団”である。
彼女の教えはトルドー王国民の疲れた心に響き、
着実に信者の数を増やしているという。
あの国はもう終わりだ。
いつものように魔道具の回収を終えたヤマザキは
保管室にアイテムを納め、上司に報告しようとした。
だが自宅にその姿は見当たらず、音楽室にもいない。
となれば、大地の神に感謝を捧げているのだろう。
そう納得しながら現場へと向かう。
案の定、おじさんは祈りの島で突っ伏していた。
しかし何か様子がおかしいことに気づく。
寝息が聞こえてこないし、ピクリとも動かないのだ。
呼吸をしていない…………おじさんは死んでいた。
かつて冒険のヒントおじさんと呼ばれた彼は、
神的な高位存在ではなく普通の人間であった。
その証拠に頭は白髪だらけ、顔はシワだらけであり、
もはやおじさんではなくおじいさんの姿をしている。
人間である彼が1000年以上も生きてこれた理由は、
この空間特有の特殊な時間の流れによるものだ。
この空間には時間が流れていないも同然なのだが、
おじさんは自分の周りだけ正常な時間の流れを作って
不老不死の存在でいることをやめてしまった。
生きるのに疲れたわけではない。
おじさんの死に顔は安らかだ。
彼はこれまでの人生に満足して逝ったのである。
いつかこの日が訪れるとは覚悟していた。
7年ほど前から度々そういう話し合いをしてきた。
普通の人間として最期を迎えたいという意見には
なかなか賛成することができなかったが、
おじさんがあまりにも真剣に訴えてくるものだから、
ヤマザキはその決断を受け入れるしかなかった。
そして、その日が来た。
ただそれだけの話である。
ヤマザキはおじさんの横に寝そべり、
空を見上げながら泣いた。
もうおじさんはいない。
これからは1人だ。
なんと心細いのだろう。
だが、いつまでも泣いてはいられない。
ヤマザキにはやることがあった。
実のところ魔道具の回収はしなくてもいい。
あれはおじさんが自主的に始めた活動なんだそうで、
もしかしたら人の手に余る力が地上に溢れまくって
混沌としていた方が、世界は正しいのかもしれない。
しかし、ヤマザキはその仕事をやると決めたのだ。
せめて仲間たちの子孫が途絶える時代までは、
世界のバランスを調整していこうと思っている。
しばらくは寂しい思いをするだろうが、
いずれ孤独にも慣れてゆくのだろう。
おじさんはそうやって生きてきたのだ。
この場所で下界の様子を見守りつつ趣味に没頭し、
たまに訪れる旅人に知識を授ける生き方も悪くない。




