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第42話 天罰

「お母さん、ユキちゃん」


 すると、ベニーが立ち上がって私達の方を見た。


「どうかしたの?」


 母が尋ねると、ベニーは「こんなおもてなしをしてくださり、恐悦至極に存じます。私とオーリンからプレゼントをお贈りしたいのですがよろしいでしょうか?」と言った。


「まぁ、とっても素敵!」


 母は嬉しそうな顔で私を見ていた。私も嬉しい半面、不安だった。前にもお礼と言って、芋虫パイを食べさせられた記憶があるからだ。


「ユキちゃん」


 すると、姉は今までにないくらい穏やかな声を出していた。


「私は今まで多くの過ちを犯しました。あなたの心に決して治す事のできない傷を負わせてしまいました。

 あれから月日から流れ、私の心の中にあなたを虐めてきた過去……罪への後悔で胸が張り裂けそうになり、夜も眠れない日々が続いております。

 もしも、もしも許して下さるのでしたら、私達からの贈り物を受け取ってくださいな。

 そして、これからは仲の良い姉妹として共に過ごしましょう」


 なんてことだ。姉の口からこんな言葉が出るとは思ってもみなかった。


 でも、疑っている。本心で言っているのだろうか。口先ではそういう事を言っても、心の中では「馬鹿め」と(わら)っているのだろうか。


 すると、オーリンが「私とベニーさんで考えたんです。お二人が喜ぶものは何か。アップルパイは振る舞って下さるので、出来れば食べ物でない方がいいかなと思って、その……とにかく見せた方が早いと思います」と言ってベニーと一緒にどこかに行ってしまった。


 母はカラスの方を見ると、そのうちの一匹が飛びだって、彼女達の後を付いていった。


 私は一体どんなプレゼントが来るのだろうと待っていた。


「カァーーーー!!!」


 すると、けたたましいぐらいカラスの叫び声がした。その叫びに共鳴するかのように、庭園に停まっていたカラス達があっちこっち飛んで騒ぎ出した。


 この異常事態に母は「どうしたの?!」と困惑していたが、すぐに城に何かあると思って駆け出した。


 が、急に辺りが暗くなったので立ち止まった。太陽が雲に隠れたのかな――と思ったが。


「悪魔に魂を売った者ども!」


 上空からオーリンの声がした。母と一緒に見上げると、ドラゴンに乗ったオーリンがいた。


 ドラゴンの口に何か咥えているのに気づいた。


「これ以上、あなた達の好きにはさせない! 喰らいなさい、聖女の聖水を!」


 オーリンがそう叫ぶと、ドラゴンが口に咥えていたものを吐き出した。


「危ない!」


 母の声がしたかと思えば、ドンッと押し出されてしまった。地面に倒れ込む私。それとほぼ同時にバッシャーンと水が叩きつけられるかのような激しい音がした。微かに水しぶきがした。


「あ……あが……ぐぎゅ」


 近くで(うめ)き声がしたので、起き上がると、母が空を見上げたまま立っていた。


 水をかけられただけなので、身体が腐食し始めていた。皮膚は溶け、骨が見えてきている。


「いやぁあああ!!! お母さぁああああん!!!」 


 私は駆け寄って母を抱き締めた。母はガクガクと顎を動かしながら何かを伝えようとしたが、そのまま溶けてしまった。衣服だけが取り残されていた。


「お母さん……お母さん……」


 母を喪ったショックで涙を拭こうとしたが、自分の両手の一部の皮膚が剥がれ落ちていく事に気づいた。


 自分の身体を調べてみると、水がかかった場所が溶けてきていた。


「いや、いや……」


 私の脳内に母の最後が浮かび上がった。


「さぁっ! 残るはあなただけよ! 覚悟しなさい!」

「いやぁあああああ!!!」


 オーリンに殺される前に、一目散に城の中に入っていった。



 私は走った。早く落としたかった。この腐乱臭を放つドレスを一刻も脱ぎたかった。


 私の部屋……私に部屋なんかあったっけ。


 まぁ、今はそんな事はどうでもいい。とにかく着替えたい。着替えたいんだ。


「はぁ……はぁ……ゴホッ、ゴホッ」


 走る際にできる風が悪臭を運んでしまうので、何回もむせてしまった。何とか部屋に行って着替えをしようと思ったが、どこもかしこも鍵がかかっていた。


 何度も開けてとせがんだが、一向に開ける気配がなかった。


 あぁ、このまま母みたいに……と考えるとゾッとして、ますます着替えたい衝動に駆られていた。


 何回も叩いて喚きながら走ると、ようやく鍵がかかっていないドアを見つけた。


 部屋には先客がいた。ベニーだった。姉は驚いた顔をしていた。


「どうして……どうしてあんな事をするの?」


 私が尋ねると、ベニーの目つきが鋭くなった。


「……そんなの決まってるじゃない。あなたを殺すためよ」


 私の心の奥がズキッとした。嗅覚も麻痺してしまうくらい揺らいだ。


「……なんで、なんでお姉様は私をそんなに虐めるの? 私が何かした? 私はあなたに何か屈辱を与えるようなこと、恨みを買うようなことした? 私は一言もあなたを侮蔑(ぶべつ)するような事を言った覚えは……」

「シナーノ王子を殺したじゃない!」


 姉はそう叫ぶと、ポケットからナイフを取り出して私に向けた。私は彼女の言葉が信じられなかった。


 シナーノ王子を殺した? 私がいつ?


 どこで? なんで? どうして?


 私と彼は愛し合っていたはず。殺す要因なんか一つも……あ。


 その時、私の頭の中にある光景が浮かんできた。



 私は森の中を走っていた。手には大きなジャムの瓶を抱えていた。目の前にはカラスが私を彼のもとへ案内してくれるように飛んでいた。


 その鳥に従って進んでいくと、王子が地面に図形を書いている最中だった。


『シナーノ王子……』

『く、来るな!』


 私が駆け寄ろうとしたが、王子は害虫でも見るかのような眼で見ていた。心の奥に深い槍が刺さったような心地だった。


『どうして……どうしてそんな態度を取るんですか?』

『君の噂は正しかった。君は呪われている……いや、元々呪いから生まれたんだ。君は明らかにおかしいし、何もかも狂っている!』


 彼の口から言っているとは思えなかった。


『どうして……あれだけ私の事を好きって、結婚しようと言ってのに……』

『あぁ、とても後悔しているさ。あのパーティーの夜に君と踊った事も一緒に家に行った事も、川で溺れそうになって助けた事も、一緒にアップルパイを食べた事も!』

『いや、いや……そんな言葉は聞きたくないです』


 私の視界がグニャリと歪んでしまった。まるで、今の彼が別人に見えた……そうか。彼も呪われてしまったんだ。きっと悪い霊に取り憑かれてしまったんだ。そうだ。そうに違いない。


『待ってください。すぐに追い払ってあげますから……』


 私はジャム瓶を持ったまま駆け寄った。今までにないくらい速かった。


 彼は逃げようとしたが、すかさず後頭部を瓶で殴りつけて地面に倒れた。


『悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散……』


 私は何度も叫びながら、彼の後頭部をゴン、ゴン、ゴン……とぶつけた。すると、叩き過ぎたのか、ジャム瓶が割れて中身がこぼれてしまった。


 ジャムと彼の鮮血が混じり合って、不快な臭いを漂わせた。


『あ、あぁ……』


 私は目の前の光景が信じられなかった。ゆっくりと離れて、そのまま走り去った。

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