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第39話 欲しいのはあなたの心臓

「たぶんお腹の中の子供について聞こうとしていたのね。ばったり鉢合わせした時は焦ったわ」


 母は淡々と語っていると、鏡の中の父と母に変化が起きた。浮気相手の部屋に本妻がいる事に驚く父。


 母は両手に抱えた赤ちゃんを一旦王妃の上に乗っけて、ナイフを突き出した。


「よくも裏切ったわね。この浮気者!」


 母は鏡の中にいる自分に吹き込むように言った。


『ち、違うんだ。俺はその……』


 父が弁明をはかろうとするが、母は気にかかろうと突進してきた。たちまち揉み合いになる二人。


 あちこち割れたり何か壊れたりしていた。そして、何かの拍子にあたったのだろう、母が目玉が飛び出ているのではないかと思うくらい見開いて一歩、二歩後退した。


 母の腹部には血らしきものがにじみ出ていた。母はパクパクと死際の魚みたいに口を動かした後、バタンと倒れてしまった。


 母の腹部から血がドバドバ出ていた。父の手には血のついたナイフがあり、とても困惑している様子だった。


 そこへ猿がやってきた。猿は父と何かを話している様子だった。父は頷くと、猿は一枚の紙とペンを出していた。


 それを何のためらいもなく書くと、猿はニヤッと笑って消えていた。その直後、まるで時が戻ったみたいに割れていた物や調度品がみるみるうちに元に戻ってきた。


 父はなぜか慌てた様子でナイフを持つと、赤ちゃんとコールト王国の王妃とを繋ぐへその緒を切った。


 そして、母を仰向けにさせると、事故(?)で刺した腹にもう一度刺して、母が王妃にやったように裂いた。


 そして、腹の中に赤ちゃんを入れた。すると、どうだろう。王妃の腹はみるみるうちに元に戻り、普通の体型になっていた。


 それに対して、いつの間にか結われていた母のお腹が膨らみ出した。そして、部屋中に飛散していた血飛沫(ちしぶき)やベッドに染み込んだ血溜まりが綺麗になっていった。


 父が持っているナイフは幾千年の時が経ったかのように風化して消えてしまった。


 飛び血したであろう衣服も跡を残さずに消えた。


 王妃と母のお腹が入れ替わっている事以外は何もかも元通りになっていた。


 父はカーペットの上でスヤスヤと寝ている母をお姫様抱っこして、王妃の部屋を後にした。


「父は悪魔と何の契約を交わしたんですか?」


 私は真っ先に聞いてみた。母は鏡を見つめながら話した。


「真実を揉み消す契約よ。見て分かる通り、本来であれば王妃が妊娠するはずだったのか、私の妊娠に切り替わっていた。みんなの記憶は完全にそうなった……あいつを除いてね」


 母は手を握りしめていた。


「でも、悪魔と契約する際に何かと引き換えに取り引きするはずです。父は一体何を犠牲にして……」

「すぐに分かるわ。これを見続ければ」


 母は視線を一切動かずに返した。その圧に私は言い返す事もできず、また鏡の中を注視した。


 すると、鏡の中の景色はまた変わっていた。母が優しくお腹を撫でていた。兄と姉が待ち遠しそうに自分達の新しい兄弟に胸を踊らされていた。


 三人とも自分のお腹にいる子がまさか元々王妃が宿した子だなんて知るはずもないだろう。


 全てを知っている父は穏やかな笑みを浮かべるが、どことなくぎこちなかった。


 暫くは平和な時間が過ぎ、出産になった。母は元気な赤ちゃんを産んだ。髪が私にそっくりだった。


 すると、母の身体に変化が起きた。みるみるうちに老けていき、老人みたいになった。


 これに出産に立ち会っていたメイド達は悲鳴を上げて逃げてしまった。母は助けを呼ぼうとヨボヨボになった身体で行こうとするが、ベッドから落ちてしまった。


 そこに猿がやってきて……そこで停止した。母は落ち着いた様子で話しだした。


「私は気づいた。あいつが犠牲にしたのは私の美貌だった。よりによって……よりによって!」


 母の怒りは最高潮に達したのだろう、鏡を持ち上げたかと思えば地面に放り投げてしまった。パリーンとガラスが飛散する。


「私は憎かった。あいつとあの女が。けど、老いた身体ではできなかった。そこにあの猿がやってきた。猿はあいつと同じように契約を持ちかけてきた。

 私はあいつらに復讐するために若返りたかった。ある条件と引き換えに教えてくれた……それが」

「赤ちゃんを食べること?」


 私がそう聞くが、母はなぜか黙ってしまった。母はいつの間にかナイフを持っていた。


 私がローリエの腹を切っていた時に使っていたものだった。母はナイフを持ったまま私の方を見た。


「本当はあなたとシナーノ王子をくっつけさせて妊娠させ、あなたのお腹から取り出して食べようと思ったけど……ちょうどあなたと近い歳のお子が来てくれて手間が省けたわ」


 母はそう言うと、急に奇怪な笑い声を上げた。それを聞いた瞬間、私の背筋が凍っていった。


「あなたのおかげであいつらに復讐できそう。あとは契約通りに若返りの代償を払うだけ……」


 母はそう言って私を見た。さっきまでの母性と哀愁さが漂う母とは別人だった。私を見ているという事は……。


「まさか……私?」


 自分を指差して聞くと、母の表情がガラリと変わった。


「あなたの心臓よ」


 母はナイフを向けたまま走り出した。そこから先は無我夢中だった。暫く追いかけっこして、この家から脱出しようとしたが、鍵がかかっていて出られなかった。


 あちこち物にぶつかったり、それを拾って投げつけたりしたが、母は物ともせずに急接近した。


 そして、揉み合いになった。死にたくない私と殺したい母との格闘は続いた。


 暴れて、暴れて、暴れて……気づけば私がナイフを持っていた。床には母が倒れていた。

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