第3話 この世界に私の味方はいない
――ドンドンッ!!
背後から突然聞こえた物音に私はビクッとなった。こんな時間に訪問者だなんて。一体何の用だろう。
私は不可思議に思いながら「はーい」と言ってドアを開けた。王国の兵士が箱を持って立っていた。
「国王様からの伝言を預かっています。『今夜、それに着替えて城に向かいなさい』との事です」
どうやら今夜パーティーが開かれるらしい。兄の葬式の日に不謹慎だなとは思うが、死者を明るく見送るのが我が一族の伝統だから仕方ない。
「……分かった」
「では、表に馬車が停まっていますので、着替えが終わったら速やかにご乗車ください」
兵士は一礼すると走って行ってしまった。外を見てみると、確かに馬車があった。兵士はそれとは違う馬に乗って、王国へと戻っていった。
私はドアを閉め、箱を開けた。
「何これ」
一目見て異様だと気づいた。まさかとは思い取り出してみると、真っ赤なドレスだった。
いくら故人を陽気に見送ろうとはいえ、赤の衣装を着るのはおかしいのではないか。
そうは思ったが参加を拒否して、この家を失うのが怖かったので、しぶしぶ着る事にした。
着付けしてくれる召使いがいないので、自分一人でやらなくてはならず大変だったが、どうにか着替え終えると、ドレス同様赤いパンプスを履いて外に出た。
「お待たせしました」
私は気品ある所作で御者に挨拶した。
無愛想な髭を生やした男は私の姿に二度見したが、黙ってドアに指を差した。
私は自分でドアを開けて中に入ると、馬車が動き出した。
※
私はお城に着くなり、酷く後悔した。参加者は皆黒い格好をしていたのだ。
兵士達は私の姿に目を丸くしていたが、「ようこそ。第二王女様」と一応敬意をはらってくれた。
私は俯いたまま大広間に向かった。廊下が長いのが辛かった。その間に参加者達の声否が応でも耳に入ってくる。
「ねぇ、あれを見て」
「あぁ、何なんだ。あの格好は」
「いくらパーティーを開くとはいえ、真っ赤なドレスを着るのは不謹慎じゃないのか」
「やっぱり第二王女だ。葬式の時にいたかしら?」
「いや、いなかった」
「もしかして、ジョナ王子の死を喜んでいるのかな?」
「なんて奴だ……」
皆、口々に私の悪口を言う。
それもそうだ。黒の中に赤の異物が混ざるんだ。拒否反応を起こさない方がおかしい。
私は足早に大広間へと向かった。けど、さらに悪目立ってしまった。視線がさらに痛くて辛い。
「ユキ! なんだその格好は?!」
国王がすぐに私に駆け寄ってきた。でも、なんで驚いているのだろう。
「何って……お父様に頼まれてこの格好にしました……」
「はぁ? 私はそんな派手なドレスに着替えろと命じた覚えはないぞ!」
「……え?」
私は言葉を失ってしまった。まさかと思い、辺りを見渡してみると、遠くでベニーが口元に手を抑えて嘲笑っていた。
彼女の反応を見て、私は直感した。あなたの仕業ね。この衣装を着て、私に恥をかかせたのね。
私はすぐさま父に頭を下げた。
「お父様、申し訳ございません。すぐに着替えて……」
「あーら、別にいいんじゃない?」
ベニーがカツカツとハイヒールを鳴らして近づいてきた。容姿端麗な彼女は全身黒のドレスでも魅力的だった。
事実、パーティーに参加していた殿方が「おぉっ! ベニー王女だ!」「なんとお麗しい」と漏らしていた。
ベニーは私に侮蔑するような眼差しを向けた後、「こんな奴に構っているより早くパーティーをはじましょ」と国王の耳元で囁いた。
「あぁ、そうだな。お前の言う通りだ」
国王はベニーに穏やかな口調で頷いた後、「では、我が息子であるジョナ王子を偲ぶ会を始める!」と宣言した。
すると、優雅な音楽が流れ出した。兄の死を哀しむような音色だった。一部の参加者がそれに合わせてお淑やかに踊り出した。
黒と黒が混じり合っても、所詮は黒である事に変わりはない。けど、調和が取れていた。
まるで、兄の死の辛さを宥めるかのように。
「ユキ……ユキ! 返事をしなさい」
私は彼らの踊りに見入っていたせいで、国王の呼びかけに聞こえなかった。
我に返った私は「何でしょうか?」と聞いた。
「お前を勘当する。二度と我が城に足を踏み入れるな」
勘当……嘘でしょ。
「お父様、待ってください!」
「うるさい! 私に手を触れるな!」
私が国王に駆け寄ろうとしたが、まるで害虫を跳ね除けるかのように突き飛ばされてしまった。
「きゃっ!」
私は尻もちをついてしまった。
「アハハハハハハ!!! 本当に惨めねぇ……」
ベニーは指を差して嘲笑していた。周囲がざわついていた。
「おいおい、見ろよ。国王に縁を切られたぞ」
「やっぱり、いずれそうなると思った」
あぁ、終わった。私は何もかも失ったんだ。誰も私に味方をしてくれる人なんていない。私は独りぼっちだ。
そう思いながら身体を起こし、立ち上がろうとした。
「いつっ……」
しかし、突き飛ばされた際に足を挫いてしまったのだろう、痛くて立ち上がれなかった。
「誰か……」
私は助けを呼んだが、手当てをしてくれる人は現れなかった。
ベニーも国王もどこかに行ってしまった。母は……義理の母はどうしたのだろう。どこにも姿が見えないけど。
でも、まぁ、いいや。今はそんな事より早くここから出たい。けど、足が痛くて出られない。兵士も助けてくれない。私は正真正銘の天涯孤独……。
「ユキ王女」
絶望に打ちひしがれていた時に、突然天から舞い降りてきたかのように私の名前を呼ぶ声がした。
顔を上げると、目の前にシナーノ王子が立っていた。
「どうぞ、僕の手を借りてください」
彼はそう言って、手を差し伸べてくれた。
「……ど、どうも」
私は恐る恐る手を出すと、彼に引っ張られるかのように立ち上がった。そして、勢いそのまま私は彼の胸へ飛び込んだ。