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第38話 ……お母さん?

「いやぁああああああ!!!」


 老人の猟奇的な行動に叫ばずにはいられなかった。ついさっきまで赤ちゃんの父親だと名乗っていた老人があろうことか、まるで果実みたく口の中に放り込んでしまったのだ。


 とても聞いていられないような音が私の耳の中に侵食してくる。私は耳を塞いだ。


「正気ですか?! 新しい命を奪うなんて! 何も抵抗しないから何をしてもいいと思っているんですか?」


 強めにそう言ったが、老人は何をそんなに可笑しいのか、シャックリみたいな笑い声を上げた。


「君は何を言っているのだね? この子の権利は私に委ねられたのだからどうしようが勝手だろ」


 駄目だ、この老人。完全に狂っている。私は早く逃げ出そうとしたが、老人の姿が変わっている事に気づいた。


 彼の曲がった鼻がスラッと高くなっていき引っ込んでいった。背筋はピンとなって、ローブの裾や袖が短くなっているように感じた。


 そこからヒョコッと出てきた手は皺だらけだったのが、みるみるうちに色艶がよくなっていった。


 足も健康的な色味と程よい筋肉が付いていた。肌もハリが出来ていて、さっきまでの老人とは思えないくらい様変わりしていた。


「ウキキキッ! やったな! すっかり別人だ!」


 猿は嬉しそうに手を叩いて喜んでいた。私は「早く姿を見せて」と老人だった人物に向かって催促させた 


 元老人はゆっくりとローブのフードを外した。


「……え?」


 私は最初に見た時、とても信じられなかった。魔法か何かを使って変えているのではと思った。


「魔法じゃないわ。これが私の本当の姿よ」


 老人――いや、美しい女性はそう言って微笑んだ。私はローリエに子供を産ませたとか言っていたり父親だと名乗ったりしていたから、てっきり男だと思っていた。


 まさか女性になるなんて……これは一体どういう事なのだろう。


「呪いよ」


 女性はそう言った。


「私もあなたと同じ呪いにかかっていたの」

「呪いって……何のですか?」

「私のこと知らないかしら? まぁ、無理はないか。あなたが生まれたと同時に死んでしまったもの」


 女性は何を言っているのかサッパリだった。私が戸惑っていると、女性が急に何かを探し始めた。


「えーと、鏡、鏡……あった」


 女性はグチャグチャになっている床から一枚の大きな鏡を取り出した。それを持ちながら机の上にあるものを地面に棄てるようにどけた。


 机を壁までくっつけて、その上に鏡を置いた。


「さぁ、いらっしゃい」


 女性は怪しい笑みを浮かべながら手招きをした。私はチラッとローリエを見た。彼女は目を閉じて腹を割かれたまま仰向けに寝ていた。


 そんな緊迫した状況であるにも関わらず、女性はかなり落ち着いていた。それもそうか。赤ちゃんを食べるという恐ろしい考えを目の当たりにしたんだから。


 死体を見たからといって、発狂する訳がない。私にローリエを避けるようにして歩きながら彼女の方に向かった。


 そして、隣に立つと、女性は「よく見て」と言ってギュッと腕を掴んできた。


 まるで逃げるという選択を与えないかのように。私は覚悟を決めて鏡を見た。そこに写っていたのは、当然私と女性だった。


 しかし、よく見てみると不思議な共通点がある事に気づいた。瞳が林檎の皮みたいに赤かった。髪――私は黄色の中に赤い部分が一部染まっている色合いだが、女性はその逆だった。


 身長も身体つきも似ていて、私は何だか気味が悪くなった。


「もしかしてあなたは鏡の世界の住民ですか?」


 そう聞くと、女性は笑っていた。


「あなたは本当にメルヘンなのね。それはそれで面白いけどこうとも考えられないかしら? 私とあなたは繋がっている……」


 繋がっている? 繋がっているって事はまさか。


「……お母さん?」


 私は囈言(うわごと)のようにボソッと呟いた。


「そうよ」


 女性は微笑んだ。とても信じられなかった。母は確か私が生まれたと同時に死んだはずだ。兄も姉も父もそう言っていた。だから、私は世間から『呪いの子』だと……。


「あなたが混乱するのも無理はないわ。しっかり順を追って説明するからね」


 女性……いや、母はそう言って私の頭を撫でると、鏡の方をジッと見つめた。そして、奇怪な言葉を呟き出した。


 すると、さっきまで私達が写っていた鏡がグニャリと歪みだした。私は身の危険を感じ逃げようとしたが、母に「目を背けては駄目」としっかり腕を写し出されていた。


 母と父だった。二人はとても愛おしそうにキスをしたりしていた。次に赤ん坊を抱いていた。真っ赤な髪をしているという事は兄のジョナか姉のベニーのどちらかだろう。


「あなたのお兄さんよ」


 母が助言してくれた。少し経つと、顔立ちも彼の面影が出始めていた。すると、母のお腹が膨らんでいる事に気づいた。


「今、あそこいるにはベニー?」


 私が指を差して尋ねると、母は「そうよ」と頷いた。ベニーも生まれ、兄が慈しむように彼女を抱きかかえていていた。それを遠くから母と父が見守っていた。


「この頃は楽しかったわ」


 母はポツリと懐かしむように言った。


「みんな笑顔で満ち溢れていた……あの女さえいなければ」


 母がそう言うと、またしても場面が切り替わった。蝋燭が溶けるみたいにドロッと垂れるように場面が変わった。あの大広間だった。母は兄と姉はコールト王国の国王と話をしていた。


 兄と瓜ふたつのシナーノ王子に手を繋がれていた。


 ……あれ? 父はどこに行ったのだろう。


「あいつはそこよ」


 母の声はどことなく鋭くなった。母達から離れた場所に父はいた。黄色髪の女性と一緒に仲の良さそうに談笑していた。


「あの女はコールト王国の妻よ」

「え? でも、なんで父と……」

「次を見れば分かるわ」


 言われた通りに鏡を見た。父はその女性の手を引いて、どこかへ行った。場所は寝室だった。二人は仲睦まじそうに手を引いて……。


 そこでまた場面が切り替わった。今度はコールト王国の王妃のお腹が膨らんでいた。近くには王様と少し成長したシナーノ王子。そして、私の家族も来ていた。


「テリーシャ王国とコールト王国は仲がよかったから、親族みたいにいつも行き来していた。だから、あいつとあの女は結ばれてしまった」

「じゃあ、お腹にいるのって……」

「そう。あいつの子よ」


 鏡の中にいる母の顔が歪んでいた。


「私は分かっていた。あいつとあの女が怪しい関係だって事は……だから、最も残酷な方法で殺す事にした」


 鏡の中に変化した。コールト王国の王妃のお腹が膨らんでいた。かなり大きいので、もうすぐ出産といった感じだった。


 王妃は寝室のベッドで寝ていた。水差しを持ったメイドが立ち去った後、誰かが入ってきた。


 母だった。赤い皮の手袋を付けていた。王妃はスヤスヤと眠っていた。母はソォっとお腹を撫でた後、ナイフを取り出した。


 そこから先は私がローリエとやった時と同じだった。ただ違う所はお腹を刺す前に王妃の口元を抑えて喉仏めがけて刺したこと。


 真っ赤な赤ちゃんが両腕を抱えるほど大きかったこと。産声を上がっていなかったこと。へその緒を切らずに抱きかかえていたこと。


 何とも酷い光景に吐きそうになった。その一方、母は表情一つ変えずに見ていた。


 すると、背後から誰かが近づいてきた。父だった。

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