第30話 喪ってしまったものは二度と元には戻らない
コートが返されたのは三日後だった。丁寧に折りたたまれた赤い毛皮を見ていると、涙が込み上げてきたが、グッと堪えていた。
しかし、やはり耐えられず目元が緩んでしまい、止めどなく涙を流していた。涙を拭こうと思って毛皮をあてていると、ある違和感を覚えた。
アップルちゃんを抱きしめた時に漂う陽だまりの香りがしないのだ。何度嗅いでも結果は同じだった。
「……取り戻さないと」
私はそう思ってドアに向かった。もちろん、鍵がしまっていたのは分かっていた。
「開けて! 開けて!」
私は拳でドンドンと叩いた。けど、反応が無かった。
「開けて! 開けて! 開けて!」
今度は声を大きくしてみた。しかし、まるで真夜中みたいに静まり返っていた。もしかして寝ているのだろうかと思って時計を見てみるが、針は十二時を差していた。
昼か夜中か……二択だ。耳を澄ましてみると、小鳥の鳴き声がした。という事は昼で間違いなさそうだ。
「開けて! 開けて! 開けて……」
私はドアを強めに叩いたり、蹴っ飛ばしたりした。が、この世に人がいなくなったのではないかと思うくらい静かだった。
私は不安になった。もしかして、世界から孤立してしまったのだろうか。
壁もないこの部屋に住む私が生き残って、後のみんなは未曾有の大災害で死滅してしまったのだろうか。
そんなの嫌だ。私の家族は死んでもいいけど、王子様やオーリンがいなくなるなんて嫌だ。
「お願いだから、誰か応答して! 何か喋って! 挨拶だけでもいいから! 私を一人にしないで! 独りぼっちにしないで! お願い! お願い! お願い!」
私はドアノブをガチャガチャ動かした。すると、力が強すぎたのか、外れてしまった。
「うわああああああああ!!!」
私はパニックになり、ドアノブを投げた。ボンッとベッドにぶつかった。
「ぐぎぎぎぎっ! くっ! ぶふふふふっ!」
私は歯を食いしばりながら足踏みをしていた。段々この状況に腹が立ってきた。なぜこんなにも叫んでいるのに、誰も応えてくれないのか。
少しぐらい何か言ってくれたっていいじゃない。
「こんな所に監禁してただですむと思っているの?! 他国の王女を拉致監禁する罪はかなり重いわ! 下手をすれば多くの人が死ぬくらい争いが生まれる!
私は愛されていないから大丈夫ですって?
そんな事を言ってただで済むと思っているの?!
打ち首! 打ち首! 打ち首! 打ち首!」
私は自分でもよく分からない事を叫びながら額に何度もぶつけた。すると、ドタドタと足音が聞こえてきた。
これにより、私の心は落ち着きを取り戻した。ガチャっと鍵が開く音がして開いたのは、オーリンだった。
「ゆ、ユキさん?! どうしたんですか? その額の傷……」
「え? あぁ、その……ベッドから起き上がろうとした時に転んでぶつけちゃったの」
私はそれっぽい嘘をついて誤魔化した。オーリンは信じたのか、「すぐに治します」と言って私に治癒魔法をかけてくれた。
ふと私はその魔法で自分の心の傷が癒せないか、聞いてみた。が、オーリンは悲しそうな顔をして無理だと言った。
そっか、残念。私は溜め息をついたが、自分が本来やるべき事を思い出した。
「あの……オーリンさん。このコートに陽をあてに行きたいんですが」
オーリンに赤いコートを見せると、彼女は「どうしてですか?」と首を傾げた。
「陽だまりの匂いがしないんです。アップルちゃんは私を抱きしめてくれる時、いつもその匂いがしました。だから、陽をあてればつくかな……と」
私はダメ元でお願いすると、オーリンは「それであなたの心が落ち着くのなら」と微笑んで、外に出させてくれた。
私が出ると、兵士達がドアの修理や掃除をしてくれた。
一国のお姫様が外出するからか、警備も厳重で私達を取り囲むように兵士が同行していた。
前に城下町を訪れてパニックを起こしたからか、気を遣って人気のない道を進んでいった。
「ここです」
案内されたのは花畑だった。どこかテリーシャ王国に似ていたが、違ったのは、生えていたのはミントではなく色とりどりの花だった。
「わぁ」
私は笑みがこぼれてしまった。お日様に照らされた花達は居眠りしていた。
私の存在に気がつくと、「やぁっ!」「ご機嫌麗しゅう!」と挨拶してくれた。
「こんにちは。私はユキ第二王女です。以後、お見知りおきを」
私は花達に丁寧に挨拶をすると「初対面で申し訳ないんですが、皆さんの上にこのコートを被せたいんです。亡くなった熊の陽だまりの匂いが嗅ぎたくて」と毛皮のコートを花達に見せた。
すると、同情してくれたのか、「いいよ!」「今日は快晴だからすぐに暖まるよ」「もうお腹いっぱいだから思う存分かけてくれ!」と快諾してくれた。
私は彼らにお礼を言った後、潰れないよう優しくコートをかけた。
(これで陽だまりの香りがつくといいな)
そんな事を思っていると、近くにいるはずのオーリンの姿がいない事に気づいた。
辺りを見渡すと、兵士達もいなかった。どこかで休憩しているのかなと思っていると、カラスの鳴き声がした。
見上げると、カラスが羽ばたきながら私を見ていた。足首に何か巻かれている事に気づいた。恐る恐る外してみると、一枚の紙になっていて、こう書かれていた。
『ユキ様
この度は思いがけないことでお力落としの事とお察しいたします。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
我々森の動物達は生前アップル様から大変お世話になりました。何のご恩返しもできないうちにお亡くなりになられ悔やまれてなりません。
そこでアップル様のお別れ会を開こうと思います。
我々と共に哀しみを分かち合いましょう。
ご準備して頂く物は何もございません。
明日お迎え致します。
森の動物達より』




