第2話 ここが私の唯一の居場所
シナーノ王子と別れ、私は姉達に会わずにいつもの道を通った。
そこは森。誰も来ない森。狼と熊がたまに出る森だから、誰も近寄らない。
そこが私の住処。ここに来ると心がホッとする。あの時、シナーノ王子に感じた熱い想いがみるみるうちに収まってくる。
鼻歌をうたいながら歩いていると、小屋が見えてきた。外観はとても綺麗とは言えない。草花は生え放題。壁は蔦で覆われていて、屋根はデコボコ。召使い達が丁寧に手入れしている訳ではないから仕方ない。
一応柵を付けて庭を作っているが、ほぼ道端に生えているのと同じだ。唯一違う所は、林檎の木がある事だ。
しかし、今日は実が成っていなかった。いつも必ず帰る時には一個か二個はあるはずなのに。
首を傾げながら歪曲したドアを開けた。
「おめでとうございまーーす!!!」
いきなり目の前に小人が数人並んでいて、私に祝福してくれた。突然の事でビックリしたが、彼らに会えたのが嬉しかった。
特に今日という日は。
「ありがとう……けど、何のおめでとうなの?」
「おや? お忘れですか? 今日はユキの誕生日ですよ」
小人の一人がそう言ったので、私はようやく今日が自分が生まれた記念すべき日だと思い出した。
兄の葬式が私の誕生日なんて……喜んでいいのかどうか分からない。
「どうしたんですか? もしかしてご迷惑でしたか?」
私の顔を見て小人が申し訳なさそうな顔をしていた。
「ううん、違うの。ただ今日が兄の葬式だったから……」
この発言に小人達は「えええ?!」と叫んだ。
「お前、知らなかったのか?!」
「知らん」
「知らない」
「知らないよ」
「知らねぇぞ」
「なんてこった! 不謹慎にもほどがあるぞ!」
「お前、事前に調べろと言っただろ」
「そんなの分かる訳ないじゃないか!」
「何を〜〜?!」
あぁ、またいつもの喧嘩が始まっちゃった。
「こら、駄目でしょ。みんな……」
すると、窓の方からカァーと鳴き声がした。
窓を見ると、一羽のカラスが止っていたが私と目が会うや否や、すぐに羽ばたいてしまった。
私は再び彼らの方を見た。もう喧嘩は収まっているみたいだった。
いや、もう誰も喋らなくなってしまった。
それもそっか。だって、全部陶器で出来た人形だから。この小屋を出る前に予め横並びにしておいたのを忘れてた。
あぁ、カラスのせいで私のハッピータイムが台無しじゃない。また頭の中で思い描かないと。彼らに魂を吹き込まないと。
そう思って念じると、小人達は再び喋り出した。まだ喧嘩は終わっていなかった。
「この鼻デカ!」
「うるせぇ、小さい目!」
まるで子供みたいな喧嘩に思わず吹き出してしまいそうだった。
「もう二人ともそこまでにして。私、お腹が空いちゃった。なんか食べるものはある?」
私が聞くと、小人の一人が「ありますよ!」とテーブルの方に向かって走った。そこには大きなアップルパイがあった。
「なるほどね……林檎が全部無くなっていたのはこれを作るためだったのね」
私はそう言うと、グゥとお腹が鳴ってしまった。その音色が歌っているかのようだったので、私と小人達は噴き出して笑ってしまった。
「さっ! みんなで平等に分けて食べましょ!」
私がそう言うと、小人達は「やったー!」と言って椅子に座った。
ここで、現実に戻る。私は小人の人形達を手に取り、予め用意してある椅子に丁寧に座らせる。もちろん彼らの前には皿が置かれていた。全員無事に座っている事を確認し、キッチンから包丁を取り出したら、また彼らに命を宿した。
「アップルパイ、食べたいひとーーー!!」
私がそう言うと、小人達はハイハイと手を上げていた。
ちゃんと人数分になるように切った。大きさがバラバラになってしまったけど。
「好きなの取って!」
私がそう叫ぶや否や、小人達の取り合いが始まった。
「俺、一番大きいの〜!」
「お前、何をしてないだろ! こういう時は林檎を全部収穫した僕がもらうべきだ!」
「待て待て! 年長者のワシがもらうべきだ!」
「違う! 最年少の僕だ!」
あらら、やっぱり一番大きいのが食べたいのね。
「ちょっと待って! 今日は誰が主役か忘れてない?」
小人達の中で一番賢そうなのが言うと、みんな「あっ!」と私の方を見た。私は笑いを堪えながら一番大きいのを取った。
「じゃあ、私が分けてあげるね。小さいと思っても文句はなしよ」
私がそう言うと、小人達はハーイと返事した。キチンと皿に乗っけたら、みんなで仲良くいただきますをした。
そして、一口食べた。冷めていた。すると、一気にまた現実に引き戻されていった。
陶器の小人達の目の前に食べるはずのないアップルパイが置かれていた。
「……」
私は黙って食べる事にした。また頭の中でイメージしても、この冷めたパイで戻ってしまう。
食べ終えるまで繰り返し使うくらいなら、終始無言の方が心の負担が軽くなるからいいや。
黙々と食べ終えた私は残りのパイをみた。当然食べるはずもない。
私は左から順に食べる事にした。それぞれ彼らと脳内で会話しながら食べていく。
そして、全てのパイを食べ終えた時、私は何とも言えない虚無感に襲われた。
もしまたあの時のように兄が遊びに来てくれたら。こんなに家が荒れ放題にならずにすんだのに。陶器の人形とおしゃべりせずにすんだのに。一緒に誕生日をお祝いしてくれただろうに。一緒にアップルパイを食べて、美味しいねって笑いあっていたはずに。
あぁ、神様。贅沢は言いません。私にプレゼントをもしくださるのでしたら、私の兄をください。お願いですから……。
「返して……返して……」
私はテーブルに突っ伏して、啜り泣いた。