第26話 信じられない事を言うかもしれないけど本当だよ
私は身支度をした。とは言っても、着の身着のままでこの国にやってきたのだから、持って帰るものだとしたら林檎ぐらいしかない。
私は山積みの林檎が入ったカゴを落とさないように慎重に運んだ後、自分で描いた図形の上に立った。
「もう二度と来るなよ」
大男の兵士が両腕を組んで私を見ていた。キチンと転移するかを見届けるために付いてきたのだ。
「はい。そのつもりです」
私は彼に優しく微笑むと、覚えたての呪文を唱えた。
「転移」
すると、周囲が光に包まれていった。
※
目覚めると、私はいつもの小屋の前に立っていた。ドアを開けて中に入ると、小人達が出迎えてくれた。
「ユキさん!」
「ユキ! 会いたかった!」
「どこに行っていたの? もうお腹ペコペコだよーーー!!!」
まるで子供みたいに擦り寄って来る彼らに私は一人一人「ただいま」と頭を撫でて挨拶をした。
さて、私にはやるべき事がある。カゴの中にある林檎を使ってジャムを作らねばならない。私は準備に取り掛かった。
※
鍋でジャムを煮詰め、林檎ジャムを作り終えた私は大瓶をジャムの中に入れた。
「あれれ? アップルパイじゃないの?」
小人が残念そうな顔をして、瓶を見つめていた。
「違うよ。これは備蓄品にするの。もしもの時のための備蓄。備蓄チクチク……備蓄チクチク……」
私は囈言のように呟きながら瓶詰めを完了した。しかし、これだけでは足りないと思った。
まだまだもっと、もっとだ。もっと必要だ。こんなんじゃあせいぜい三日ぐらいしか生きられない。もっとだ。
「もっと、もっと……」
私はブツブツと呟きながら家を出た。お目当てはもちろん、庭に生えている木だ。庭の方を見ると、林檎の木に見た事もない色をした林檎が成っていた。
雪みたいに真っ白な林檎だった。私は自然とその木に近づいていき、白い林檎を採った。そして、何の躊躇もなく食べた。
すると、不思議な事に何か頭の中にこびりついていた膿がスゥと消えた……あれ?
私、なんでこんな所にいるんだっけ?
確か王子様と一緒に転移魔法でコールト王国に行ったはずだけど……うーん。
国に行った覚えがないから、まだ出発する前なのかな?
辺りを見渡しても、王子様の姿が見えないし……きっとそうだ。急いで身支度しないと、私は慌てて家に戻った。
すると、テーブルの上に見慣れない瓶が置かれていた。何だろうと思って手に取ると、ジャムっぽかった。蓋を開けて匂いを嗅いで見る。
うん、あまーい香り……間違いなくジャムだ。
果肉を見た感じだと林檎かな?
でも、なんでこんな所に……そうか。アップルちゃんだ。彼からの贈り物だ。私が新たな旅立ちを祝して送ってくれたんだ。
確かによくよく嗅いでみると、蜂蜜の香りもするし……。いいね、朝食にパンに塗ったりしたら美味しそう。
――ドンドンッ!
すると、いきなりドアを勢い良く叩く音が聞こえていた。この叩き方だと……アップルちゃんかな?
「はーい、ただいま!」
私は瓶を持ったままドアに向かい開けると、シナーノ王子が立っていた。まるで何キロも走ったかのように真っ白な顔をしていた。
「し、シナーノ王子?! どうしたんですか? そんなに汗だくで……」
私が目を丸くしていると、彼は瞳を大きくさせたまま呼吸を整えていた。
「どうしたんですか? そんなに驚いた……あぁっ! これですね! 凄い美味しそうですね! 林檎のジャムが入っているんです!」
私は彼に瓶の入ったジャムを見せた。が、まるでメデューサに石化したかのように私の顔をマジマジと見ていた。
「……君はユキだよね?」
「えぇ、そうですけど? どうしたんですか?」
私は彼がなぜこんなに驚いているのか、理解できなかった。急にどうしたんだろう。何かあったのかな。まぁ、いっか。
「それじゃあ、行きましょう!」
私は声を弾ませて言うが、王子は呆然とした顔をしていた。
「……行くってどこへ?」
「どこって……決まってるじゃないですか! コールト王国ですよ!」
王子は黙って急に走り出してしまった。
え? なんで?
「シナーノ王子! お待ちになって!」
私は瓶を持ったまま彼の後を追いかけた。しかし、彼の方が動きが早くて、すぐに見失ってしまった。どうしたのだろう。
なぜ急に走ったのか……うーん、皆目検討もつかない。私はこのまま諦めて家に帰ろうかなと思い、家に帰ると、カラスの鳴き声がした。
振り返ると、一匹のカラスが枝の方に止まって私をジッと見ていた。
「……もしかして案内してくれるの?」
私がそう尋ねると、カラスがカァと鳴いた。なんて親切な鳥なんだ。
「ありがとう! じゃあ、早速……」
「駄目だ!」
すると、今度は背後から違う声がした。振り返ると、灰色の猫がこっちを見ていた。
「もしかして……あなたが喋ったの?」
「そうだよ」
へぇ、喋れる猫がいるだなんて魔法みたい。
「ユキ、カラスの後を付いていっちゃ駄目だ」
猫が真剣な眼差しでそう言った。
「どうして? カラスが道案内してくれるって言ってくれているよ」
「確かに王子様の所には辿り着く。だけど、とてつもない不幸が訪れる」
「とてつもない不幸? なんの?」
私が首を傾げてきくと、猫はフゥと深呼吸してから答えた。
「君は王子様を殺す事になる」
「なっ……」
言葉を失ってしまった。
私が王子様を殺す? どうして?
呆然とする私だったが、猫の話は続いた。
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ。君は王子様と口論になり、そのジャムの入った瓶で王子を殴る……何度も、何度も」
「やめて!」
私は無理やり猫の話を遮った。
「何を言い出すかと思ったらおかしな事を……私と彼はこれから家族として過ごすのよ? 殺すなんてそんな……私にそれができると思う?」
「今は信じられないかもしれない。だけど、そいつに付いて行ったら間違いなく最悪な結末を迎える事になる。絶対に」
猫の眼差しと声色からふざけて言っている訳ではなさそうだった。すると、カラスがまた鳴いた。首を傾げて、林檎みたいな赤い瞳をジッと見つめていた。
私は今、大きな二択に立たされていた。カラスに王子様の所まで道案内するか。それとも、猫の言う事を聞くか。私が出した結論は……。




