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第23話 心が落ち着く……なんでだろう。 

 猫の入れ替わりで、オーリンが戻ってきた。おぼんには一杯のカップが置かれていた。湯気がゆらりゆらりと揺れていた。


「はい。どうぞ。ホットミルクです」


 オーリンはそう言って、近くのサイドテーブルの上に乗っけた。牛乳のナチュラルな甘い香りが私の鼻孔を通り抜けた。


「ありがとう。いただきます」


 私は手に取って一口飲んだ。あぁ、心が暖まる。冷めきった視線に震えていた私の心がみるみるうちに暖まってきた。と同時に、瞼がゆっくりと落ちてきた。


「フフフ、おやすみなさい。ユキお姉様」


 オーリンはまるで子供でも見るような眼差しで私にそう言うと、部屋を出ていってしまった。私は全身を任せるがままにしていると、意識は海の底みたいに深く潜っていった。



 これは夢の中なのか、現実なのかは分からなかった。だが、頭が異常に重く瞼を持ち上げ続けるのも辛いので、現実だと捉えた。


 が、それにしてはあまりにも不自然な事が多かった。さっきまでベッドの上に寝ていたはずなのに立っていた。


 周囲も自分の部屋ではなく、前に住んでいた小屋だった。


 あれ? いつ私はコールト王国から小屋に戻ってしまったのだろう。


 そう思っていると、背後から物音がした。すぐに振り返るが、誰もいない。気のせいかなと思ったが、今度は窓の方に何かが横切るのが見えた。私は何だか不気味に感じ、ドアの近くに立掛けてある斧を持って近づいた。


 ソロリソロリと近づけば、今度は庭の方から物音がした。まさか狼が荒らしに来たのだろうか。私が留守な事をいいことに、林檎を狙いに来たのかな。


 そんな事を思いながら気配を殺して進んでいく。ドアノブに手を伸ばしてギュッと握り、ドアから変な音が聞こえないように慎重に開けた。


 こっそり庭の方まで忍び足で進んでいく。斧を持っているから大丈夫かなと思ったが、相手次第では全く歯がたたずにやられてしまう可能性がある。


 だから、相手を見て無理だったら逃げよう――そう決意した私は斧の握り手を強くした。


 庭の方から物音がしていた。いるのは間違いなさそうだった。庭には黒い物体が林檎の木を揺らしたり、何かを探すように葉っぱをあさったりしていた。アップルちゃんではなさそうだ。じゃあ、あれは正真正銘……。


「狼?」


 私がボソッと呟くと、その声に黒い物体が反応した。ゆっくりと振り返る。私は『間違えた』と思った。そこにいたのは狼ではなく黒いローブをまとった老人だったからだ。


「何をしているんですか?」


 私が尋ねると、老人は「腐った林檎がないのかなと思ってな……けど無さそうだ」と残念な顔をしていた。


 そういえば腐った林檎はお薬にするんだったっけ。お薬といえばローリエを思い出した。アップルちゃんを優先して別れを告げて去ってしまったが、ローリエには言っていなかった。


 今頃怒っているのかなと思い胸が締め付けられた。


「どうしたんだい? 何か悩み事かい?」


 老人が心配そうに聞いてきたので、私はローリエの事について話した。すると、彼は「あいつね」と曲がった鼻の上をかいて機嫌が悪そうに言った。


「ご存知なんですか?」

「ご存知も何もアイツはワシの弟子だからな」


 へぇ、そうだったんだ。老人とローリエの関係が知れてビックリした。


「そうなんですね……けど、ローリエさんの口からあなたの事について一切言ってなかったですよ」

「そりゃそうだ。仲が悪いんだから」


 仲が悪いんだ。


「どうして何ですか?」

「いわゆる方向性の違いだよ。ワシは自分で作った薬を自分のためだけに消化するが、アイツは売り飛ばして儲けようとしているんだ」


 なるほど。老人は自分のために。対して、ローリエはお金のために。どちらがいいのかは分からないが、あの時ローリエが留守だったのは、お薬を売るために街の方に出向いていたのだろう。


「でも、人々の傷や病気が治るからいいじゃないですか」


 私がそう答えると、老人は「じゃあ、確かめてみるかい」と言って歩き出した。


「ど、どちらに参りますの?」

「決まってるだろ。街さ」


 老人はそう言って進むが、私は躊躇ってしまった。あの時の悪夢がよみがえってきた。


 さっきホットミルクで安心していたのに、再び狂ってしまうのは嫌だ。


「やっぱり結構です。別に知っても知らなくても私には関係ない事ですから」


 私の冷たい発言に老人は「ほう?」と振り返った。


「それはどうしてなんだい」

「新しい場所で新しい家族と一緒になる事になったんです」


 この言葉に老人は「本当かい?!」と足早近づいて、手を握った。


「良かった! 良かったねぇ……君が幸せな道を歩んでくれて」


 老人は自分の事のように喜んでくれた。彼の反応に私は安堵していた。


「お祝いとして、君にこれを授けよう」


 老人はローブのポケットから小さな瓶を取り出した。


「それは何ですか?」

「君がまた悪夢にうなされないようにするためのお薬さ」


 老人はそう言って私に手渡した。瓶の中は赤い液体で満たされていた。蜂蜜みたいなドロッとした感じだった。本当にこれは身体に取り込んでも大丈夫なものなのかと不安に思っていると、老人はそれを見抜いたのか、「心配する事はない。心が暖かくなるんだ。ホットミルクみたいにな。さぁ、飲んで」と勧められた。


 蓋を開けて匂いを嗅ぐと、色のおどろおどろらしさに反して優雅な香りがした。きっと薔薇か何かの花で色付けしてあるのだろう。


 そう思い、ゴクンと飲んだ。


「……美味しい」


 瓶に入っていた液体は甘くて美味しかった。老人の言う通り、これを飲んだら心がホッとして目覚める前に起きたことはほとんど忘れてしまった。


「ありが……あれ?」


 私はお礼を言おうとしたが、もうすでに消えていた。その直後、急に眩しい光が包まれてしまった。


 腕で両眼を覆い隠し、再び離すと、元の部屋で寝ていた。

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