第20話 旅立つ前にサヨナラを言いたい方がいるんです
「本当?!」
シナーノ王子は嬉しそうな顔をした。その子供のように純粋な瞳を見ていると、私まで笑顔になってしまう。
「えっと、シナーノ王子……」
「シナーノ」
「え?」
「シナーノって呼んでくれ。今は僕と君は恋人なのだから」
あぁ、そうだった。国に行くまでは兄妹になるけ、今は彼の……。
「はい。シナーノ」
私がそう言うと、彼の顔が赤くなり夢でも見ているかのような眼差しで見ていた。私も何だか現実味がなくて夢見心地だった。
また私と彼は引き寄せて口づけを交わした。そして、彼と一緒に森を散歩した。あぁ、なんて幸せな時間なのだろう。永遠に無理だと思っていたパートナーができたのだ。
しかも相手は大好きだった兄と瓜ふたつの王子!
これはもう運命でしかない。
――許さないから
一瞬ベニーの恐ろしい顔が頭を過ぎり、フリーズしてしまった。だけど、すぐに消した。もう姉を怖がらなくていいんだ。 これからはシナーノと妹のオーリンがいる国に行くんだ。そこで私は新たな人生を歩む。
もう忘れよう。ベニーの事なんか。どうせこの森にいても、ローリエにこき使われるだけだし。ただ気がかりなのは……。
私の頭の中にアップルちゃんと陶器の小人達が頭に浮かんだ。
「あの、シナーノ」
「なんだい?」
「この森を去る前にアップルちゃんにご挨拶していいですか?」
「もちろんだとも」
王子はニッコリと微笑むと、私を降ろした。少し待ってくれと言われたので、大人しくしていると、彼は鞘から抜いて地面に何かを描き出した。
それは絵ではなく幾何学的な模様で、王子は書き終えたのか、この模様の中に入るように言った。
私は言われるがまま中に入ると、シナーノは「しっかり捕まってて」と言って私の手を握った。
「転移!」
シナーノがそう叫ぶと、地面に描かれた模様が急に光り出した。あまりの眩しさに私は目をつむった。
※
光が収まったので目を開けると、アップルちゃんが住んでいる洞窟の前に立っていた。
「あれ? え? え? どうして?」
困惑する私に王子は「転移魔法を使ったんだ」と得意気な顔をして言った。
「テンイ魔法って、何ですか?」
「簡単に言えば、一度行った場所を一瞬で移動できる魔法だよ」
へぇ、そんな便利な魔法があるんだ。
やっぱり、シナーノ王子は凄い方……あれ?
「一度来た事ある場所にまで瞬間移動できるって仰ってましたけど、洞窟を案内したことありましたっけ?」
私が首を傾げると、シナーノは何故か『しまった』みたいな顔をしていた。
「いや、あの、その……き、君が一度行った事ある場所に連れて行けるんだよ。この魔法は」
随分焦った感じで返す王子にちょっぴり疑いの目を向けたが、背後から「おや? 知っている顔ぶれだね」と馴染みのある声が聞こえたので、そっちの方に注意が向けられた。
振り返ると、カゴにいっぱい林檎を乗せたアップルちゃんがいた。
「アップルちゃん!」
私は熊に抱きついた。あぁ、このモフモフの触感がもう味わえなくなると思うと、寂しくなる。
「あ、そうだ。ご紹介します。こちらが前に話したシナーノ王子です」
私は熊から離れて王子の紹介をした。アップルちゃんは何故か数秒無反応だった。
そして、ハッとした顔をして「あぁ、君が噂の王子様かい。はじめまして」と握手をしてきた。
「はじめまして。アップルさん」
王子は何の躊躇いもなく熊と握手をした。
「あれ? 驚かないんですか?」
「え? 何が?」
「いや、普通は喋れる熊を見かけたら、誰だって驚くと思うんですけど……」
私の言葉に何か気になる所があったのか、王子は数秒間フリーズしていた。
「あ、いや、その、妹がドラゴンをペットにしているから慣れちゃって……」
「あ、あぁっ! なるほど、そうなんですね!」
確かオーリンが私の家を訪ねてきた時に、ドラゴンに乗って帰ったっけ。あんな巨大な生物がいたら、喋る熊が現れても驚かないのは当然かもしれない。
「ところで、ワシに何のようだい?」
アップルちゃんがそう尋ねてきたので、私はシナーノ王子が住んでいる国に行く事を伝えた。
「そうか……この森を出てしまうんだな」
熊は寂しそうな顔をしていた。
「いえ、永遠の別れではないです! もしまた会いに行きたいと思ったらシナーノの魔法で連れてってくれますし……ねぇ?」
私は王子の顔を見た。
「あぁ、もちろん……帰りたくなったらいつでも」
シナーノは微笑んだ。
「嬉しい事を言ってくれるが、ワシに会いに来るのはその国に馴染んでからの方がいいと思う」
「アップルちゃん……」
確かに彼の言う通りだ。定期的に訪れたら、馴染む時間が先伸ばされてしまう。
「分かりました。では、少し経ってからまた……あ、それまで元気でいらしてくださいね」
「ハハハハハ!!! 何を言っている。ワシはそう簡単にくたばらないよ」
アップルちゃんは豪快に笑うと、私に林檎が入ったカゴを差し出した。
「餞別だ。向こうでも楽しく暮らすんだよ」
「アップルちゃん……」
私は熊の優しさに感動し、抱きついていた。暖かい陽だまりの匂いがする。いつ嗅いでも心地良い。
「しばらく嗅げないので、もう少しだけ抱きしめてもいいですか?」
「ハハハハ! 君は本当に甘えん坊さんだな……」
アップルちゃんは私の頭を優しく撫でた。心ゆくまで熊の匂いを堪能し、私は彼から離れた。
「さぁ、おいで」
王子の手に引き寄せられて私は幾何学的な模様の中に入っていった。私はカゴをしっかり手にかけて、熊の方を向いた。
彼は微笑みながら手を振っていた。
「転移」
王子がそう叫ぶと、周囲が光り出した。
「アップルちゃーーん!!! お元気でーーー!!! また会いましょうーーー!!!」
私はそう叫びながら大きく手を振った。アップルちゃんの穏やかな顔は光と共に、まるで浄化されていくかのように消えていった。




