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学校一の美少女がお母さんになりました。  作者: 九条蓮
番外編・弥織の夢現(ゆめうつつ)

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Episode.4

 初めての〝おかーさん〟は大変だったけれど、楽しかった。

 最初は珠理ちゃんと上手く話せるのか、お母さんを知らない私に〝おかーさん〟が務まるのか不安だったけれど、初めて尽くしの割には上手くやれていたと思う。

 まさか、いきなり彼と名前で呼び合う事になるとは思ってなかったけど……でも、名前で呼ばれたのは素直に嬉しかった。心がぽかぽかして、もっと呼んで欲しいと思ったのはここだけの話。これも、絶対に彼には教えてやらないけれど。

 彼の家に初めてお邪魔してわかった事は、彼が本当に頑張り屋さんだという事だった。私が珠理ちゃんと遊んでいる間に溜まっていた家事をやっていて、おそらく得意ではないであろう家事も、妹の為に一生懸命やっている。それが本当によく伝わってきた。

 私はそんな彼を見ているうちに、どんどんその魅力に惹かれていって、そんな彼を助けたいと思うようになっていた。きっと次の日も〝おかーさん〟をしようと思ったのは、そんな気持ちからだ。

 もちろん珠理ちゃんと遊ぶのが楽しかったし、本当に母親に甘えるみたいに甘えてくる彼女が可愛かったというのもある。自分の中に母性みたいなものがどんどん溢れてきて、その母性みたいなものは珠理ちゃんだけでなく彼にも向けられ始めていたように思う。

 私はもしかしたら、バブみを与える才能があったのかもしれない。未だにそのバブみがどういったものなのかまではわかっていないけれど、珠理ちゃんと遊ぶようになってから、桃ちゃんから『何だかみーちゃんから母性を感じる!』と言われ始めた事からも、それは間違いないのだろう。

 でも、私がその才能に目覚めてしまったのは……きっと、彼が心の奥底ではそれを誰かに求めていたからなのだと思う。バブみというと怒られるかもしれないけれど、彼は甘えられる存在を求めていたのだ。

 それに気付いたのは、二日目のお昼──ナポリタンを作った時だった。彼は私達の食卓に()()()()()涙した。そこで、私は彼の心が限界だったのを悟ったのだ。きっと小学生の頃の私の様に心が限界を迎えていて、でも珠理ちゃんがいるからその限界にも気付かないふりをしていて……このままでは、いつか壊れてしまう。そんな不安を私は抱いた。

 それは普段から時折見せていた疲労感からも見て取れる。彼は妹を大切にするあまり、自らの心と身体を休める場所を作れていなかったのである。

 人間の身体とは不思議なもので、心が疲れれば身体も疲れるし、身体が疲れれば心も疲れてくる。このまま放っておけば、彼は間違いなく心身共に限界を迎える事になるだろう。

 その時にどうなってしまうのか、どう暴発してしまうのか想像もつかない。それだけのものを、彼は溜め込んでしまっていたのだから。

 私はいつしか、そんな彼の拠り所になりたいと思うようになっていた。


『犠牲にするんじゃないよ。一緒に想い出を作るの』

『依紗樹くんと珠理ちゃんと一緒に過ごして、一緒に遊んで……そしたらそれはきっと、私達だけの想い出になるよ』


 きっとこの言葉は、そんな気持ちから出てきたのだと思う。

 そしてこれを言った時は、私がある種覚悟を決めた瞬間でもある。私も二人の家族になろう、この疑似家族生活(おままごと)を本物にしようと心に決めた瞬間で、そしてそれは私の優先順位が変わった瞬間でもあった。私にとっての『一番』が、この二人になったのだ。


 ──色々あったなぁ。


 彼の寝顔を眺めながらこの一か月間にあった事を想い出しているだけで、思わず笑みが零れてしまう。

 初めて〝おかーさん〟をしたのも、初めて男の子を好きになったのも、手を繋いだのも、自分の心の闇や過去を打ち明けたのも、互いの想いを打ち明けあったのも、キスをしたのも……全部このひと月の間に起こったものだ。青天の霹靂とはまさしくこの事を言うのだろう。自分でも信じられない。

 たったひと月でこれだけの事が起こったのだから、これからの毎日はもっと色々な事が起こってくるだろう。私も彼もまだ高校二年生、珠理ちゃんに至っては五歳になったばかりだ。自分達の事だけでも色々大変なのに、それに加えて五歳児もいるのだから、波乱に次ぐ波乱が待ち受けているに違いない。

 それがどんな波乱なのか、想像もつかない。もしかしたら、珠理ちゃんと彼が揉めてしまったように、今度は私と彼が揉めてしまう事もあるかもしれない。

 でも──


「……これからも、今日みたいに三人で乗り越えていこうね」


 私はほんの少しだけ身体を起こすと、無防備に眠る彼のおでこにそっとキスをする。

 自分からキスをするだなんて、はしたないだろうか? でも、誰も見ていないからきっとセーフだ。

 それから珠理ちゃんのおでこにもキスをしてから、私は満足して目を瞑る。睡魔の奥底へと意識が連れ去られていったのは、それから間もない頃だ。

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