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学校一の美少女がお母さんになりました。  作者: 九条蓮
第一部

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第43話 隠された本心と罪悪感

 翌日もいつも通りの朝だった。

 起きた時には親父はいなくて、保育園の近くで弥織が待っててくれていて、三人で一緒に登園して、木島先生に珠理を預ける。

 それからは、弥織と一緒に登校だ。途中で信也とスモモが混じってきて、いつも通りの騒がしい四人になる。その騒がしさは俺の胸の中にあった蟠りを誤魔化してくれた。笑っているふりをしていれば、心の奥底にある自己嫌悪でさえも見て見ぬふりをできる気がしたのだ。

 俺は、今更ながら親父と踏み込んだ話をしてしまった事に、後悔をしていた。

 きっと、親父の言う通り()()()があったから、ちょっと調子に乗ってしまっていたのかもしれない。何か上手くいきつつある最近の自分、そしてそんな自分であれば、親父も言う通りに動いてくれるのではないか。そんな期待があったのだろうと思う。

 だが、そんなものは所詮まやかしだった。俺の周囲は多少は変わったかもしれないけれど、根本的な問題は何一つ変わっていない。親父の気持ちも、珠理の置かれている環境も、そして俺が抱えている問題も、何一つ変わっていないのである。

 親父に期待してしまう自分が嫌だった。いつか立ち直って父親らしく振舞ってくれるであろう事を、夢に見ている自分が嫌で堪らない。

 珠理は俺の大切な妹ではあるが、所詮妹だ。同じ種・腹から生まれた子ではあるものの、俺が愛した人が生んだ子ではない。

 同じ腹から生まれた子と、自分が愛した人が生んでくれた子、俺はまだその感覚を知らないが、そこには大きく隔たりがあるはずだと思うのだ。自分が愛した人が命懸けで生んでくれた子だからこそ、抱ける感情というものがあるはずだと思っている。

 それは決して、俺や弥織が珠理に対して抱けるものではない。俺達は、〝おとーさん〟や〝おかーさん〟を演じてやる事はできるが、珠理の本物の父親と母親になる事はできないのだ。

 そして珠理は、その事を頭のどこかで理解している。だからこそ、弥織がいる時は俺を〝おとーさん〟と呼び、弥織が帰れば〝おにーちゃん〟と呼ぶ。俺が父で、弥織が母でない事など──当たり前ではあるが──珠理は無意識下でわかっているのである。

 彼女は俺達が二人揃っている時は俺達の娘になり、弥織が帰れば妹に戻る。そんな演じ分けを五歳の子にさせてしまっている。それは、あまりに可哀想ではないか。

 今はまだ良いのかもしれない。しかし、小学生に上がってまで今の関係を続けていれば、彼女自身がその〝演じ分け〟に違和感を抱くはずだ。それを御飯事だと完全に理解してしまう時が必ず来るのである。

 それは、学校の誰かから『それはおかしい、親子じゃない』と指摘されて気付くかもしれない。或いは、自分自身に知識がついたせいで気付いてしまうかもしれない。これが壮大な御飯事で、弥織がただその御飯事に付き合ってくれているだけだという事を、知ってしまうかもしれないのだ。

 その時──珠理はとてつもなく傷ついてしまうのではないだろうか。そして、それを見た弥織は、もっと傷付くのではないだろうか。

 もちろん、これは俺の杞憂に過ぎない。ただやんわりと気付いて、ふんわりと御飯事が終わる可能性もある。

 でも、今の弥織と珠理の関係を見ていて、そんなにすんなりと終わる気がしないのだ。

 二人はそれだけ距離が近付いていて、本当の親子の様にも感じてしまう瞬間がある。だからこそ、このまま終わりを迎えれば、きっと二人共傷付いてしまう。そんな確信にも近い予感が俺の中にはあった。

 そうなる前に、親父に珠理と向き合って欲しい。自分こそが本当の父親なのだと彼女に言い、彼女に本当の親の愛を注いでやって欲しいと思うのだ。

 母さんが死んでから、もう五年が経つ。それ以後、ずっと親父は母さんの死を悲しんでいる。それだけの想いがあるなら、その想いをどうして母さんの忘れ形見に注いでやれないのかと思うのだ。

 そうすれば、親父も珠理も、少なくとも今よりも救われるのではないか。いや、そうなる事で救われて欲しいと俺は願っているのである。

 そう願うのは、ただ珠理や親父の事だけを純粋に想っているわけではない。いい加減娘の面倒を見てくれ、全部俺に押し付けないでくれ、俺を解放してくれ、という本音も潜んでいるのだ。

 それを自覚してしまっているからこそ、俺は自らを汚く思えて仕方ない。

 それは──俺しか頼れる存在がいない妹を、どこかで疎ましく思っている事に他ならないからである。あれだけ可愛くて、弱くて、守ってあげなければならない存在なのに、どこかで疎んでしまっている。疲れてしまっている。好きな様に放課後の時間を使える周囲の高校生を羨んでしまっている。

 親父への期待は、裏を返せば責任の転嫁だ。珠理を何処かで父に押し付けようとしているのではないか──そんな自分の汚さを垣間見てしまうのである。

 だから、俺は普段から親父と話さない様にしていた。話しても、自分のそんな本音と、一向に後ろを向いたままの親父に苛立ちしか感じないから。

 だが、昨日の俺は踏み込んでしまった。

 それは、親父の言った通り()()()があったからだ。

 伊宮弥織という、密かに憧れていた子と仲良くなれている事、そして共通のクラスメイトで友達であるスモモと信也も混じって、毎日笑いが絶えない日々を送っている事。これらが大きく関わっている。

 おそらく俺は、弥織や信也、スモモと過ごす時間が楽しかったのだ。もっと彼らと時間を過ごしたい、制約なく遊びたい、だからいい加減前を向いてくれ、俺を解放してくれ、という本音があそこで垣間見えてしまっていたのである。

 そしてそれは、ほんの僅かながらではあるものの、妹から解放される林間学校を、楽しみにしてしまっている自分が証明していた。

 それを考えると、俺はどうしようもない自己嫌悪に襲われるのだ。珠理を邪魔者として見ている自分が、自分の中にいる事を嫌でも自覚してしまう。それが、耐えられない。


「……依紗樹くん、大丈夫?」

「えっ」


 授業の合間の休み時間だった。

 自分の席で窓の外をぼんやり見ていた俺に、弥織が声を掛けてきた。


「大丈夫って……何が?」

「今日、ずっと元気ないから。どうしたのかなって」


 彼女は話ながら、前の席の椅子に横座りして、顔だけ俺の方を向けた。


「別に……何も、ないよ」


 俺は弥織から視線を逸らす。その心配そうに見てくれている大きな瞳に、自分の罪悪感が刺激されるからだ。

 彼女は本当に、純粋な想いから珠理の面倒を見てくれているのだと思う。俺の体調も慮ってくれていて、本当に良い子だ。

 しかし、肝心の俺が心のどこかで珠理を疎んでいると知ったら、彼女にどれだけ軽蔑されるだろうか。そんな自分を見透かされるのが、怖かった。

 弥織は「そっか」と困った様に笑うと、小さく息を吐いた。

 そのまま席を立つのかと思いきや、彼女は前の席に座ったまま、俺と同じ方向へと視線を送っていた。


「……ねえ」

「うん?」

「今日って五限じゃない? 珠理ちゃん迎えにいくまで少し時間あるし、ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど……いい?」


 弥織は少し緊張した面持ちで、おずおずと訊いてきた。


「ああ、もちろん。特にやる事もないしな。クレープでもカフェでも何でも奢らせてもらうよ」

「そういうのじゃないよ」


 俺の回答に、弥織は呆れた様な笑みを浮かべた。


「じゃあ、放課後に昇降口に集合ね。いい?」

「了解」


 弥織はそう約束だけ取りつけると、自分の席へと戻って行った。

 クラスメイトからの視線は痛かったが、今はあまり気にならない。それよりも、自分の中にあるぐるぐるとした感情と向き合うだけでいっぱいいっぱいだ。

 俺は机に突っ伏して、その放課後が来るのを待った。

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