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学校一の美少女がお母さんになりました。  作者: 九条蓮
第一部

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第40話 諦めていた青春の一ページ

「依紗樹くん、ねえってば。聞いてる?」

「え⁉ あ、ごめん、何?」


 昼休み、屋上で昼食を取っていた際に、弥織からの呼びかけでふと現実に戻ってくる。

 彼女の横顔を見ていて、そのままぼんやりと考え事をしてしまっていた様だ。決して、その横顔に見惚れていたわけではない。と、思いたい。


「来月に林間学校があるじゃない? 珠理ちゃん、どうするの?」

「ああ、そうだった……忘れてた」


 俺は項垂れた。

 うちの高校には、二学年の五月に一泊二日の林間学校がある。一泊二日という事は、当然俺は家に帰れないわけで……その間、珠理の世話をどうするか、という問題が必然的に生じるのだ。


「中学ん時はどうしてたんだ? 修学旅行とかあったろ」


 信也が総菜パンにかぶりつきながら訊いてくる。


「中学ん時は祖父母が面倒見に来てくれてたんだ。珠理も小さかったし、さすがに中学生に子育ては無理があったからな」

「じゃあ、またお祖父ちゃんお祖母ちゃんに頼むのか?」

「まあ、そうなるかなー」


 俺は嘆息してお弁当箱の卵焼きに箸を伸ばす。

 弥織の作る卵焼きはだし巻き卵でこれまたふんわり感がちょうど良い。朝に作られて硬くなっているはずなのに、柔らかさを感じるのだ。


「なんで乗り気じゃないの? 真田もその方が楽じゃん」

「俺はな。でも、珠理が祖父母に懐いてないんだよ。中学の時も大変だった」

「あー、なるほど……それは大変ね」


 スモモが眉を顰めた。

 中学の修学旅行の時も、俺が帰らないと夜中までびーびーと泣いていた。困った祖父母が夜に電話を掛けてきて、俺が電話であやすという事をせざるを得なかったのである。もちろん、部屋の中で電話で泣いている妹をあやしているのだから、同じ部屋だった奴らからは変な目で見られたし、恥ずかしかった。

 さすがにあの時よりは珠理も大きくなっているから物分かりが良いと思いたいけれど、祖父母とも正月以来会っていないし、どうなる事かは全く想像がつかない。

 だが、今年は林間学校だけではない。秋には修学旅行もあるし、色々相談しておかなければならない事も多いだろう。

 そんな中で、弥織がもの言いたげな視線で俺の方を見ていた。


「ん? どうした?」

「えっと……お父さんにお願いしてみたらって思うんだけど、それは──」

「ダメだ。あんな奴に珠理を任せられないし、どうせ帰ってこない」


 弥織の言葉を遮って言った。

 それこそ論外だった。珠理からしてみれば、どこの誰とも知らないオッサンだ。それこそ大泣きしてしまうだろう。

 弥織は「そう……」と残念そうな顔をして、小さく息を吐いていた。


 ──何で俺だけこんな大変なんだろうな。


 屋上できゃっきゃしてる男女のグループ(俺達もそう見られてるんだろうけど)を見て、ふと言葉に漏らしそうになったのを(すんで)の所で留める。

 俺の家族環境を友達に愚痴ったところで仕方ない。

 そして、俺が家族の話をしてしまったが為に、若干空気も重くなってしまった。それがちょっと申し訳ない。

 そういえば、いつか弥織も同じ様な事を言っていたな、とふと思い出す。確か、彼女が両親がいないという話をしてくれた時の事だ。


『これを話すと、皆が言葉に困って申し訳なさそうに謝るから、私の方がいつも申し訳なく思っちゃって。だから、皆には話さない様にしてただけ』


 きっと弥織は何度もこういった経験をしてきたんだなと思うと、ちょっと言いたくなくなる気持ちがわかる気がした。


「で、真田はさ」

「ん?」

「林間学校、楽しみなの? 楽しみじゃないの?」


 スモモが素っ頓狂な声で訊いてくる。


「ちょっと、桃ちゃん!」


 弥織が諫め様とするが、信也も「いや、俺もそれは興味があるな」と訊いてきた。


「妹を慮って、林間学校が億劫となるんだったら、別に無理して行かなくていいんじゃねえか?」

「そーそー。楽しみにしてないなら来なくていいじゃん」

「ちょっと、二人とも──」


 弥織が二人を叱ろうとするが、そんな彼女を二人が手で制す。


「俺らはこの四人で一緒にカレー作ったり色々すんの楽しみにしてんだけど、お前はそうじゃねーの?」

「じゃねーの?」


 信也の語尾を、スモモが真似て付け足す。

 そこで弥織も二人の発言の意図を理解し、小さく息を吐いてから笑みを浮かべる。


「そう言うみーちゃんはどうなのさぁ」

「ど、どうって、何が?」

「真田がいた方が楽しいの? 楽しくないの?」


 うりうり、とスモモが弥織を肘でツンツンする。

 その質問で楽しくないと言われたら俺は今すぐ屋上から飛び降りたい気分に駆られると思うのだが、わかっているのだろうか。


「えっと……私も、依紗樹くんがいてくれた方が楽しい、かな」


 弥織は少し恥ずかしそうにこちらを上目で見て言う。


「だってさ。お前はどうなんだよ」


 信也がにやりと笑って、訊いてくる。

 そこで、この後の授業について思い出す。今日はこの後、林間学校での班決めがあるホームルームがあるのだ。彼らはこの四人で班を組みたいと暗に言っているのだろう。


「いや……俺も、楽しみだよ」


 俺がそう言うと、三人の顔がぱぁっと明るくなる。


「んじゃ、林間学校の班この四人で決定な!」

「みーちゃんのカレー、楽しみ!」

「もう。そう言って桃ちゃん、また私に全部やらせるつもりでしょ」

「そんな事ないって! 今回は手伝うわよ、ちゃんと!」


 そんな風に笑い合いながら、弥織がこちらに向けてくれた笑顔が眩しくて、つい目を細めてしまう。

 こんな青春の一ページが自分に起きるなんて、思いもよらなかった。

 そこには、俺が諦めていた青春が、確かにあったのだ。

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