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学校一の美少女がお母さんになりました。  作者: 九条蓮
第一部

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第30話 純粋な気持ち

 昨日に引き続いて、今日も弥織をバス停まで送って行く。

 彼女からは「私の事はいいから、あたたかいうちにオムライス食べてよ」と文句を言われたのだけれど、珠理様から今日も『おかーさんを送って』と指令を受けたのだから、仕方ない。

 ただ、今も珠理は家でオムライスを食べないで待っててくれているので、俺もなるべく早くに帰らないといけなかった。


「あ、そうだ。これ」


 俺は財布から千円札を五枚程取って、彼女に差し出した。

 昼だけでなく夜のご飯も作ってくれたので、その材料費と手間賃だ。レシートは見せてもらっていないが、細々としたものを色々と買っていたので、それとプラスして手間賃も入れればこれくらいが妥当だろう。


「え、多いよ? 材料費そんなに掛かってないし」


 案の定、弥織が驚く。


「いや、昼食と夕食の手間賃と、あとレシピもいくつか教えてくれるって言うから、その分を、と……」


 そうなのだ。ナポリタンとオムライスの他、いくつか俺でも作れそうな簡単なメニューをピックアップして、追加で教えてくれるのだと言う。それを鑑みると、五千円でも安い気がしてくるのだった。

 しかし、弥織は不機嫌そうにふいっと顔を背ける。


「そういうの、やだ」

「え?」


 弥織が何故か俺を責める様な視線を送ってくる。どうしてかわからないが、怒らせてしまった様だ。

 高校生にとって五千円は結構な大金なので、喜んでもらえると思ったのだけれど。というか、俺の財布にとっても痛い。


「お金を貰っちゃうと、なんだかほんとに仕事でしてるみたいになっちゃうもん。そういう気持ちで珠理ちゃんに接してるわけじゃないから」


 弥織はむすっとして言った。

 ただ、それで彼女が不機嫌になった理由もわかった気がする。彼女は本当に珠理の事を想ってくれているからこそ、連日うちに来て色々世話を焼いてくれていたのだ。

 きっと、彼女にとってそれはとても純粋な気持ちで、損得勘定などなくやっていた行いなのである。

 しかし、そこでお金を貰ってしまうと、そこには利益が生まれてしまう。純粋に珠理を想ってした行動に、損得勘定が付いて回ってしまうのだ。


「ごめん……」


 俺は素直に謝った。

 今回に関しては完全にこっちが悪い。彼女の純粋な珠理を想う気持ちを踏みにじってしまったのだ。


「わかってくれたらいいよ」


 俺の反省した様子を見て顔を綻ばせたかと思うと、弥織は俺の手から千円札を一枚だけ引き抜いた。


「材料費で言うなら、これくらいかな?」

「え、ソースとか蜂蜜とか細々としたのもあったし、もうちょっとかかったんじゃないか?」


 俺が見ていただけでも、野菜と太麺パスタの他に、ベーコンや蜂蜜、それにアイスも買っていた。少なく見積もっても一五〇〇円程度は掛かっているのは確実だ。

 しかし、弥織は「残りはこの前のクレープと相殺でいいよ」と千円札を自らの財布に仕舞って笑った。

 いや、それだと最初のお母さん役の御礼という名目でお願いした意味がなくなってしまうのだけれど。

 だが、彼女がそうした真っすぐな気持ちで珠理と向き合ってくれているなら嬉しかった。

 俺達はそのまま、暫く会話もなく夜道を歩いた。会話はないけれど、それは決して居心地の悪いものではない。

 二日程ずっと家の中で過ごしたからだろうか。不思議な安堵感が俺達の間で生まれていたのは間違いなかった。


「ねえ……」


 弥織が何かを言おうと思ったのか言葉を発したが、それに続く言葉が出てこない。


「なんだよ?」

「う、ううん。やっぱりなんでもない」


 そして、慌てて首を横に振る。

 何か珠理の事で気になる事でもあったのだろうか。


「あの……私にできる事あったら、何でも言ってね? 家も遠いわけじゃないんだから、言ってくれたら駆けつけるし」


 ご飯くらいなら作りに来るよ、と彼女は付け足した。

 しかし、これが先程言おうとした言葉ではない事は何となくわかる。彼女は何を切り出そうとしたのだろうか。


「いや、でも……さすがにそこまで頼むのは迷惑なんじゃないか。今週なんて、土日全部うちで費やさせちゃったし」

「いいよ、私が来たくて来てるんだから。それに、困った時はお互い様って言うでしょ? 私が困った時に助けてくれたら、それでいいから」


 弥織は柔和に微笑み、そう言った。

 そう言われたものの、俺が困る事はたくさんあるが、彼女が困る事などあるのだろうか。仮にそれがあったとして、彼女のスペックを見る限り、俺がしてあげられる事などなさそうだ。


「あ、バス来てるから、あれに乗っちゃうね」


 バス停が見えたところで、ちょうど彼女が乗る予定のバスも到着しようとしていた。


「あ、ああ。二日間ありがとう!」

「どういたしまして。依紗樹くんも、早めに寝てゆっくり休んで」


 弥織はそう言って「また明日ね」と小さく手を振ると、そのままバス停に走って行った。彼女が乗ったバスを見送ると、踵を返して珠理が待つ家へと再び戻る。


 ──ああ、そっか。もしかしたら、寝不足の事で心配させてたのかな?


 彼女が最後何を言おうとしたのか気になったが、そう自分に言い聞かせる事にした。

 そうして、騒がしくも新鮮で楽しかった週末が終わった。あまりに新鮮過ぎて、きっとこの二日間の事は十年後も覚えている気がする。それほどまでに、俺の何もなかった高校生活を彩った二日間だった。

 余談だが、弥織が作ったオムライスは、これまで食べたどのオムライスよりも美味しかった。

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