表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校一の美少女がお母さんになりました。  作者: 九条蓮
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/73

第29話 珠理の魔法

 結局俺はその後数時間ほど居間で眠り込んでいたらしい。目が覚めたのは、台所から料理をする音が聞こえてきてからだった。

 目を開けると、弥織がまた髪を結って台所に立っていた。横には珠理がおり、そんな彼女をキラキラした眼差しで見上げている。


「あ、おはよう。っていうより、こんばんは、かな?」


 起きてきた俺を見て、弥織は少し悪戯げに笑った。今朝のやり取りの仕返しをしたつもりだろうか。


「そうだな。こんばんは、だな」


 俺は特段反論する事もなく、肩を竦めてみせた。

 外を見ると、もう薄暗くなってきている。時刻は十七時半を回ったところで、反論の余地もなかった。結構ぐっすりと寝てしまっていたらしい。


「てか……もしかして、晩飯も作ってくれてるのか?」

「うん。ナポリタンの材料を少し余らせてたから、それと冷蔵庫の中にあったもので、ありあわせだけど」


 まな板の上ではいくつかの野菜が切られていて、ボウルにはかき混ぜられた卵がある。


「おむらいすー!」


 何を作ってるんだ、と俺が訊く前に珠理が教えてくれた。

 ナポリタンとオムライスか。子供が好きな食べ物ランキングトップファイブに入ると言っても過言ではないメニューだ。


「ナポリタンと殆ど同じ材料で作れるから、おすすめだよ」


 簡単だしね、と弥織は付け足してコンロに火を点した。


「夕飯も一緒に食べてってくれるのか?」

「あ、ごめん。今日も夜はうちで食べるから、作るだけ」


 それを聞いて、残念な気持ちになってしまった。

 そう……俺は、彼女にもっとここにいて欲しいと思っていたのだ。


「そっか……なんか悪いな、何から何まで」


 その残念な気持ちを隠して、俺は微苦笑を浮かべてみせる。

 彼女にこれ以上を求めるのは良くない。きっと、今でも十分過ぎるくらい無理をしてくれているのだ。

 そして、それは俺の為ではない。珠理の為なのである。俺の望みをそこに混ぜてはいけない事など明白だった。


「ううん、いいよ。珠理ちゃんに美味しいもの食べて欲しいし。ね、珠理ちゃん?」

「うん! おかーさんのご飯もっとたべたい!」


 あと数十分程度の、束の間の親子が笑みを交わし合う。

 それからおかーさん特製オムライスの作り方を横で教えてもらいながら、彼女が料理する姿を眺めていた。彼女の説明など途中から殆ど頭に入っていなくて、ただただその姿を俺は目に焼き付ける。

 彼女が台所に立っていて、それで珠理が嬉しそうで……もし俺が社会人で、本当に〝おとーさん〟だったなら、この光景を守る為に何だってするだろう。そんな気にさえさせてくれた。

 もしかすると、世のお父さん方はこうした光景を守る為に毎日汗水垂らして働いているのかもしれない。俺の親父は、その守るべき光景すら失ってしまったから、帰ってこなくなってしまったのだろうけど。


 ──もうこの家で暮らしてくれよ、弥織。


 そんな願望がふっと脳裏に浮かぶが、言えるわけがない。

 俺と弥織は〝おとーさん〟でもなく〝おかーさん〟でもない、ただのクラスメイト。この二日間も、ただ珠理の願いを叶えてやっているだけの、大袈裟な御飯事(おままごと)に過ぎないのだ。

 それを想うと、少し寂しかった。俺が彼女に感じているこの妙な親しみは、珠理がいないと成り立たないもので、珠理がいなくなった瞬間、俺達はただのクラスメイトに戻ってしまうのだ。

 視界の片隅に、『シンデレラ』の絵本が入った。弥織が持ってきてくれた絵本のうちの一冊だ。

 子供に読ませる為の絵本だからだろうか。俺がイメージしていたシンデレラよりも、随分可愛いタッチで描かれている。

 魔女の魔法によって馬車やドレスを手に入れたシンデレラは、お城のダンスパーティーに参加する。しかし、その魔法は一時的なもので、十二時の鐘が鳴ったと同時に解けてしまうものだ。その魔法が解ける前に王子の前から立ち去らなければならなかった彼女は、一体どんな気分だったのだろうか?

 今のこの状態も、謂わばシンデレラが魔法を掛けてもらっている時と殆ど同じだ。

 この状況は、珠理という魔法使いが俺達に掛けている幻想の魔法。そして、その魔法は珠理がこの『御飯事(おままごと)』の必要性を感じなくなったら、解けてしまう。馬車がただのかぼちゃに戻ってしまうのと同様に、俺達が〝おとーさん〟と〝おかーさん〟でいられる魔法も解けてしまうのだ。その時、俺は一体どんな気持ちになるのだろうか。

 それはきっと、魔法が解けた瞬間のシンデレラと同じ様な気がした。


「はい、注目っ。ここで何と、依紗樹くんが散々バカにしていた蜂蜜を投入しま~す!」

「え、嘘だろ!? オムライスにも蜂蜜入れんの!?」

「わあ、はちみつ~!」


 伊宮弥織のお料理教室は、その後も続いた。

 こんなに明るい我が家のキッチンは、珠理が生まれてから初めてだった。

 だが、これもその魔法の賜物だ。そして魔法はいつ切れるかわからない。


 ──いっその事、本当に夫婦と親子だったらよかったのに。


 こんな子供みたいな事を考えてしまう俺は、やっぱり大人にはまだまだ程遠い様だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ