思い出の場所で再会
静寂に包まれた図書室。
ノアの記録本は、光を失ったまま机に置かれていた。
ユウは目を閉じる。記録に残ったノアの最後の言葉が、胸の奥で何度も反響していた。
『――ユウが帰ってきてくれるって、信じてるから。待ってるね』
「帰ってくる……って、どこに?」
呟いたとき、ふとある記憶がよみがえった。
それは、まだノアが声しかなかった頃――最初にありがとうを言ってくれた場所。
――図書室の、南東の角。
本棚の裏、かつてユウが魔力で押し開いた小さな未完成の扉。
「あそこ……まだ残ってるかもしれない」
====
「ユウ? どこ行くのよ!」
リンが階段を駆け上がってくるのと、ユウが図書室の奥に走り込むのは同時だった。
「未完成の部屋……たしか、あのとき一度だけ反応した!」
本棚を押しのけ、手をかざすと、淡く光がにじみ出る。
「残ってた……!」
「え、そこって確か……魔力が不安定すぎて封印したところじゃ……」
「ノアの記録が残ってるなら、ここしかない!」
ユウは躊躇なくその扉を開ける。
空間がねじれ、視界が白く弾けた。
====
気づくと、そこは――見慣れたはずの家ではなかった。
どこか懐かしい気配がする、しかし明らかに現実とは異なる空間。
壁も天井も曖昧で、空気にノアの気配が満ちている。
「……ここは、記憶の間。ノアの……心の中?」
白い靄が漂う中、ユウはゆっくりと歩を進める。
と、その先に――小さな光の粒が、ぽつんと座っていた。
それは、Lv3の姿――半透明の少女の幻影だった。
透き通るような瞳が、こちらをまっすぐに見ていた。
「……ユウ?」
「ノア……!」
ユウは思わず駆け寄ろうとするが、光の粒がぴたりと手前で止まった。
「……ダメ。今の私は、本物じゃないから」
「いい。幻影でも、ノアはノアだろ?」
ユウは膝をつき、同じ目線にしゃがんだ。
「……心の中に閉じこもってたんだ。怖くて」
「……?」
「家が広がるの、嬉しかった。でも、どんどんユウの世界が広がっていくのを見て……置いていかれそうで苦しくて」
「――バカ」
ユウは、小さな幻影の肩をそっと抱きしめるようにして言った。
「俺はどこへ行ったって、ここに帰ってくる。ノアがいるこの家が、俺の帰る場所なんだよ」
「……でも、私は……」
「怖いなら、手を取れ。俺が引っ張る」
手を差し出す。幻影の少女は、そっとその手に触れた。
その瞬間、まばゆい光が彼女を包む。
半透明だった身体が、徐々に輪郭を強くしていく。
「……ノア?」
「……うん、ありがとう。ユウが……迎えにきてくれて」
少女は微笑む。
それは、今まで見たどの姿よりも、確かな感情に満ちていた。
====
ユウが意識を取り戻したとき、図書室の空間に再び魔力の流れが生まれていた。
そして――
「……ただいま、ユウ」
小さな少女の幻影が、ユウの前に立っていた。
透明だが、しっかりと存在する『かたち』。
「ノア……!」
その声に、リンが思わず後ずさる。
「これが……精霊の進化?」
「うん。たぶん……今の私は、心と心がつながった記憶の形」
ノアは、少しはにかんだように笑った。
「でも、もう一人じゃない。ユウが、私を見つけてくれたから」
その言葉に、ユウはゆっくりと頷いた。
「おかえり、ノア……約束通り、迎えにきたよ」