嫌な予感、家の結界が破られた!
昼下がりのギルドは、いつもより騒がしかった。
「おい、例の南の遺跡でまた魔物が暴れたらしいぞ!」
「探索中止だってよ。あそこ、もう封鎖されんじゃねーの?」
ざわつく空気の中、ユウは掲示板に張られた一枚のクエスト紙に視線を落とした。
『Dランク指定依頼:遺跡跡の結界石回収』
報酬はそこそこ。しかし、場所は先日話題になっていた問題の遺跡エリアだ。
「結界石……気になるな。家の結界と関係あるかもしれない」
ノア――今は白いリスの姿になっている彼女は、ユウの肩でこくんと頷いた。
『結界って大事。家を守るためには、ちゃんとした構造が必要』
「そうだな。俺たちの帰る場所を守るためにも、やる価値はある」
その日のうちに、ユウは依頼を受け、結界石を回収するため遺跡へ向かった。
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遺跡の内部は、薄暗く、魔力の濁りが空気中に漂っていた。
「……気持ち悪いな、ここ」
『魔力の流れが滞ってる。元は綺麗な循環だったみたいだけど、今は壊れてる』
崩れかけた石壁の奥、魔方陣の中心に埋め込まれた黒い石があった。
それは、ノアの言葉通り――壊れた結界石だった。
『これ、持ち帰れるけど……注意して。暴走した魔力が残ってる』
慎重に取り外し、封魔布で包む。特に戦闘もなく、ユウは無事家へ戻ることができた。
「ただいまー……ん?」
扉を開けた瞬間、胸の奥がひやりとした。
何かが、違う。
「……リン?」
作業場にいるはずのリンの姿が見えない。代わりに、かすかに焦げたような臭いが漂っていた。
『ユウ、魔力が揺れてる!』
ノアの叫びと同時に、家の結界がピリピリと、軋むような感覚が広がる。
リビングの床、普段は何もない一角に、まるで影のような黒い染みが広がっていた。
「っ、結界が……破られた……!?」
黒い染みの中から、ふわりと人影のようなモノが立ち上がる。
目は無く、輪郭も曖昧で、ただこちらを見ているという感覚だけがあった。
『侵入者……っ!』
ノアの体が、ユウの肩から飛び降りる。
「くそ、何者だ……!」
影のような存在は、言葉を発することなくユウへ向かって滑るように近づく。
「ノア、援護頼む!」
『うんっ!』
リスの姿のままノアは尻尾を膨らませ、青い閃光を放つ。小さな魔力弾が影を弾き飛ばし、床にぶつかって霧散した。
「はぁ、はぁ……ただの魔物じゃない。魔力に反応して、結界の弱点を狙って侵入してきた……!」
『家の構造に、欠陥があったのかも。ノア、調べてみる』
ノアは床に耳を当てるようにしばらく集中していた。
『……やっぱり、リンの作った外壁と、前の結界構造が合ってない部分があった。魔力の流れが歪んで、隙間ができてたの』
「くそっ、設計ミスか……!」
「誰のせいがどうとか言ってる場合かっての!」
背後から、怒鳴るような声が響いた。
作業着のままのリンが、工具袋をぶら下げて飛び込んでくる。
「アタシが出かけてる間に何やらかしてんのよ! 結界の魔力ライン、見直してなかったの!?」
「それは……俺が確認するべきだった!」
「まったくもうっ……! ノア、アタシが修復やる。魔力の流れ図、出して!」
『うん、すぐに!』
ノアの体から、淡い光の帯が空間に広がり、家の内部構造図が空中に浮かび上がる。
「……ここがズレてる。アタシが作った導管が、旧式の魔力柱と接続ミスってた。ユウ、結界核の魔石持ってきて!」
「わかった!」
即席のチームプレイだった。
魔力を送るノア、導管を調整するリン、魔石を運びつつ外周を守るユウ。
三人の連携が奇跡的に噛み合い、約一時間の格闘の末、ようやく結界が再構築された。
闇の気配が、ふっと消える。
「……はぁ、終わった……」
『ユウ、リン……ありがとう。これで、また家が守られる』
「当然でしょ。アタシは大工。責任取らなきゃカッコ悪いし」
息を切らしながらも、リンはどこか誇らしげに笑っていた。
ノアは小さく丸くなり、ユウの膝に身を預ける。
『……でも、また来るかもしれない。このままだと、完璧じゃない』
「わかってる。次は、もっと強い結界を作ろう」
「必要ならアタシが拡張設計する。文句ある?」
「ないさ。頼りにしてるよ、リン」
「へへっ、わかってりゃいいの!」
火急の事件の後とは思えない、少しだけ穏やかな空気。
それでもユウは、心の奥で静かに決意する。
(俺がこの帰る場所を守らなきゃ)