地下訓練場で、自分の影と戦う!?
「……この床、抜けてないよな?」
俺は不安げに足元を見下ろす。
リビングの奥、倉庫と台所の間に新しくできた、地下への階段。ノアが案内してくれたとき、あまりに自然に出現していて思わず二度見した。
『大丈夫。ちゃんと魔力で補強したから。崩れたりしないよ』
「なら……行ってみるか」
俺は松明を手に、階段を下りていった。
この地下訓練場は、前回のクエスト報酬で手に入れた幻鉄の心臓という素材を使って作ったものだ。ノア曰く、家の戦闘機能を高める重要な施設らしい。
訓練場の中は意外と広い。
土壁に囲まれた空間。中央には模擬武器が並ぶ武器架。そして奥には、鏡のように静かな魔力の壁がある。
「ここで、戦闘訓練するのか……」
『うん。魔力を流せば、幻影が出てくるよ』
「幻影?」
『ユウの記憶を元にした、最適な訓練相手が出るの。自分自身、とかね』
ノアの説明に、思わず息をのむ。
──自分自身。
俺は訓練用の木剣を手に取り、意を決して魔力壁の前に立った。
右手をかざし、魔力を流す。
壁が揺れ、波紋のように広がったかと思うと、そこから、誰かが歩み出てきた。
「……!」
それは俺だった。
同じ髪、同じ顔、同じ目つき。けれど、どこか違う。
──冷たい。感情のない目。
そして、俺よりずっと正確で洗練された構え。
自分自身の理想像なのか、それとも、弱さの象徴なのか。
わからない。
「行くぞ……!」
俺は剣を構え、駆けた。
対する影のユウも、無言で応じる。
打ち合う音が訓練場に響く。
互角。だが、ほんの少しずつ押されている。
影の俺は、迷いがない。力強く、的確で、容赦がない。
──そして何より、俺の癖をすべて見抜いている。
「くっ……!」
左からの回り込みを読まれ、脇腹を叩かれる。体勢が崩れ、膝をつく。
影が、静かに俺を見下ろした。
『ユウ……大丈夫!?』
ノアの声が響く。でも、俺は……。
「くそっ、なんで……っ!」
悔しさが込み上げる。
負けたくない。
──だけど、わかってる。
俺は強くない。戦士でも、魔導士でもない。ただの知恵と工夫で生き延びてきた雑魚冒険者だ。
「俺が、弱いから……!」
その瞬間、影が止まった。
まるで、俺の心の言葉に反応したように。
影の俺が、初めて口を開いた。
「お前が弱いのは、諦めるからだ」
「──っ!」
「戦う前から、自分を下に見て。『どうせ無理だ』って、先に言い訳を考えて。そんな奴が、強くなれると思うか?」
「黙れ……」
「俺は、お前の中の逃げだ。否定するなら、超えてみろ。ここで」
影が再び剣を構える。
俺は、立ち上がった。
「……逃げてたかもしれない。でも、逃げてたままで終わりたくねぇよ」
握る剣に、力を込める。
「やってみなきゃ分からないだろ!」
――再開。
剣がぶつかり合い、訓練場に火花が散る。
もう、迷いはなかった。
読み合い、間合い、流れ。
戦術で勝つ。俺の武器は、そこだ。
相手の動きに、罠を仕掛けるように誘導し、ほんの一瞬の隙をつくる。
「──今だっ!」
踏み込み、低い体勢から逆袈裟。
影が驚いたように目を見開き、受け損なった。
木剣が肩を打ち、影がゆっくりと崩れ落ちる。
──勝った。
膝に手をつき、息を切らしながら俺は天井を仰いだ。
『ユウ! やった……!』
ノアの声が嬉しそうに響く。
訓練場の空気が、静かに収まり、幻影が霧のように消えていく。
そして壁の前に、光の文字が浮かんだ。
《訓練場レベル1完了 戦術適応スキル:〈幻影対抗〉取得》
──スキル、だと?
図書室で学んだ知識と、戦闘経験が結びついた成果なのか。
「……こういう成長も、あるんだな」
俺は微笑んだ。
ボロ家の地下で、自分と向き合った夜。
少しだけ、自分を認められた気がした。