貧乏冒険者、ボロ家と夢を見る
今日の空は、やけに青かった。
その鮮やかさが、逆に胸に刺さる。俺、ユウ・クローディア、十七歳。職業・冒険者。ランクはE。つまり、雑用専門。食っていくだけで精一杯の貧乏人だ。
「……はぁ。なんでこうなるかなぁ……」
俺は肩に食い込むほど重たい剣を担いで、とぼとぼと街道を歩いていた。いや、正確には、引きずっていた。
今回のクエストも失敗だ。
指定されたモンスター――アッシュウルフの討伐に挑んだが、逆にこちらがやられかけた。運よく逃げ延びたものの、装備はボロボロ、報酬もナシ。ギルドの手数料だけがしっかり差し引かれた。
これで今月の生活費も尽きた。下手すれば、またパンの耳生活に逆戻りだ。
とぼとぼと帰る道すがら、他の冒険者たちの姿が目に入る。どいつもこいつも、いい装備にいい仲間を連れて楽しそうに笑っている。なんで俺だけ、こうなんだろうな。
ふと、視界の端に見慣れた建物が見えてきた。
「……ただいま」
誰もいない家に向かって、自然に言葉がこぼれる。
俺が唯一持っている財産――いや、持たされている財産。それがこの、朽ちかけた木造の一軒家だ。
元々は古代遺跡の一部だったとかで、訳ありの格安物件として冒険者ギルド経由で譲り受けた。借金の形にされて、という話だが、今さら文句も言えない。
玄関の扉は軋みながら開いた。中はひんやりとして、ほこり臭い。家具は一応揃っているが、どれも年代物ばかり。すきま風だらけで冬場は地獄だ。
「……やっぱり、せめて修繕できたらなぁ」
ぼそっと漏らした言葉に、なぜか返事が返ってきた。
『……できるよ』
「……え?」
俺は、思わず振り向いた。
誰もいない。いや、そもそもこの家に他人がいるはずがない。鍵は閉めていたし、泥棒が入るような価値のある物もない。
「……空耳、か?」
頭を振ってそのまま居間へと向かう。石造りの暖炉の前に腰を下ろすと、ふっとため息が出た。
『おかえり、ユウ』
――今度こそ、聞こえた。
「な、なに……っ」
あわてて立ち上がると、部屋の中央に淡い光がふわりと浮かんでいた。大きさは拳ほど。色は淡い青。霧のように揺らめいて、微かに光を放っている。
『ずっと……待ってたんだ。目覚めるときを』
「……お、お化けじゃないよな?」
『お化けじゃない。私は……この家の精霊。あなたが、家を育てる意志を持ったから、目を覚ました』
家の……精霊?
「そ、そんなファンタジーみたいなこと……」
『ここは、もともと魔力を帯びた場所。あなたの想いが鍵だったの』
光球がふわりと近づいてくる。その声は、どこか機械的でありながらも、不思議と優しかった。
「……じゃあ、本当に……俺の家に精霊が?」
『うん。まだ、目覚めたばかりだから、はっきりとした形は持てない。でも、ここにいるよ。あなたと、この家を守りたい』
俺は、気づけば立ち尽くしていた。
誰にも帰りを待たれず、誰にも必要とされない人生を送ってきた俺にとって、家というのは、ただの雨風をしのぐ場所にすぎなかった。
でも、今――この光球は、俺を「待ってた」と言った。
「……精霊って、名前とか……あるのか?」
『まだ、ないよ。名づけてもらえるなら……うれしい』
思わず笑ってしまった。なんでこんなに、不器用で優しいんだろう。
この光は、俺の家なんだ。帰る場所なんだ。
「……じゃあ、ノアって名前はどうだ?」
『ノア……』
光球が小さく震えた。
『いい名前。気に入った』
ノア。名づけた瞬間、ふわりと家の中があたたかくなった気がした。
家の精霊ノアが生まれた。俺の帰る場所が、確かに何かを持ちはじめたんだ。
借金まみれで、失敗ばかりの冒険者でも――
この家となら、何かを築けるかもしれない。
「なぁ、ノア。この家……ちょっとずつでいい。俺と一緒に、育てていかないか?」
『うん。育てよう、ユウ』
小さな光が、ぴたりと俺の胸元に寄り添った。
まるで、心の空白を埋めるように。
こうして、俺とノアの家づくりが始まった。
それが、俺にとって――
人生最大の冒険になるなんて、まだ知らなかったけど。