9.自分勝手に笑える人生に
帰ると、広い玄関にハイデがいた。「ただいま!」と言うと、ハイデの顔が泣きそうに歪む。
「大丈夫だったの!?」
腕を広げて抱きしめようとしてくるハイデの脇を通り抜ける。
『這いずってでも、生きなさい』
脳裏に声が蘇ってくる。
エディスさん。推定、俺の家族。
『何があっても、生きて』
その次に思い浮かべるのはドゥルースだ。二人とも似たようなことを言って、全く違う顔で笑う。
「うんっ、大丈夫だった!」
それより先生はと言うと、ハイデは眉を顰めて不機嫌を露わにする。
「話すことがあるから」
心配してくれてありがとうと言って肩を叩いて、無表情で見下ろしてくるハイデの前からさっさと離れていく。
だけど出かけていたのかハイデに追い出されたのか、先生は見つからなかった。シャワーを浴びてから部屋に戻ってベッドに寝ころぶ。
頭の下で腕を組んで目を閉じると――知らず知らずの内に笑いがこみ上げてきた。声が出そうになったけど、隣の部屋にはハイデがいる。気付かれないように忍び笑う。
なにがそんなに面白いかって、今日のことだ。
興奮状態の王様を目の前にした俺は、(これっていい機会なんじゃないか?)なんて思った。
二人きりの密室、エディスさんを知っているはずの男。なんていい尋問の機会なんだって、その時の俺は目を輝かせた。
たくさん教えてもらった魔法を、実際に試せる。ごくりと唾を飲みこんでから口を開く。
最初に仕掛けてやろうと思った魔法は、人を操ることができる”惑わせの魔法”だ。だけど簡単に弾かれて驚いた。えっ、なんでだ? 理論上はいけると思ったんだけどなって胡坐を掻いて、顎に手を当てて考え込む。王様はそんな俺の頭上でなにか言っていた。
「あ。もしかして」
一つの結論に思い当った俺は王様が着ているシャツの襟を掴んで引き下げ、無理矢理に目を合わさせる。
凄むと王様は口を引き結んだ。黙ってるとハイデさえ「エディスさんの顔で、そんな怖い顔しないでよ」って言うくらいだ。俺の方が上だって気持ちを強く持って、もう一度魔法を唱えると王様が白目を剥く。
あまりやりすぎると精神に異常をきたすからなって先生に言われていたから、俺は王様から手を離した。ソファーに沈み込んだ王様を見下ろす。
「息子相手に興奮してんなよ」
クソ親父、って言っても本人の耳には入りゃしねえ。
まあなんだ、俺は家族だなんて思ってもらえないってことだ。笑えて仕方がないよな、親父(仮)に呼び出されたかと思ったら元妻に似てるから体の関係を迫られるなんて。今考えてもクソだよ。
笑えないよ、ってアイツに言われるまで俺はずっと根に持っていた。いや、多分今も怨んでいる。だからこそ、人の親で国の親であるコイツで魔法の実験をしようだなんて決めてしまった。




