3.誰も触れていない、純白の雪のような
「汽車に乗って行くんだろう」
その格好では目立つと言ってミシアに突き出された服に着替えたエディスは不機嫌だった。髪染めをする時間がないので黒のウィッグを入れてくれていたのは助かる。
だが、差し出された服が聖杯の軍に所属している少女が着る神官服だったのだ。
「……俺、あんま聖杯の軍と仲良くないんだけど」
「お前が紋章魔法の研究をするからだろ」
紋章魔法の中には効果が強すぎて禁忌とされているものもある。十六魔人の魔法もその中の一つだ。
「貸してくれたのは、パプリカ・ミューレンハイカ。最上階の担当だ」
帰ってきたらお礼に行けと言うミシアに、エディスは分かったと言って上着の前を開ける。ぽいぽい脱ぎ捨てるエディスにレウが慌てふためいて止めた。
「誰が見てるか分からないんだぞ!」
窓を自分やシュウの上着で塞ぎながら怒鳴ったレウを、エディスは目を丸くして見返す。なにが悪いんだ? と首を傾げていると、レウが前部座席の間に移動した。
「これで見えないから。早く着替えてしまえ」
「別に気にしなくていいのに……」
男所帯なんだから皆慣れてるだろと口を尖らせ、脱ぐ。だが、寒気でツンと立った乳首が露わになった途端にレウが顔を背ける。卑猥なものでもないだろうにと眉を寄せたエディスが口を開こうとすると、「早く隠せ」と怒られてしまったので首を竦める。
目を開け、なんだよと呟きながらも白いローブを頭から被った。首をすぽんと出し、ふぅと息を吐いて腰まで下ろす。他三人と比べると明らかに細い足に白いタイツを纏わせていくと、レウが顔を赤くして汗を滲ませていることに気が付いた。
「レウ? どうしたんだよ」
風邪でも引いたかと声を掛けると、目をぎゅっと強く瞑る。あからさまにおかしい部下の様子に困惑しつつ顎を引く。こっそり様子を伺っていると、レウが細く目を開けた。視線はどう見ても下の方――エディスの太ももに向かっている。正しくは、めくりあげられたローブと中途半端に上がっているタイツの間にできた絶対領域にだ。
うわ、と引く気持ちやコイツと怒りそうになる気持ちが浮いてきたが、先程自分がいった言葉を思い出す。そう、”男所帯”で女日照りなのだから仕方がないのだ。こんなのでも見たくなってしまう部下に涙が出てきそうだった。
「男の足だってのに……レウはえっちだな~」
さては足が好きだなと歯を見せた笑みを浮かべ、指を差すと「見てねえよ!」と鼓膜が破れそうな程の大声で叫ばれた。くらりと頭が揺れて車のシートに倒れ掛かったエディスを、レウは悪いと言って両肩に手を当てて支える。
「おい、うるさいぞ~」
静かにしろとミシアに頭を引っ張られたレウは、口をへの字に曲げて謝った。
さっさと護衛部の軍服に着替え、紺のウィッグをつけたシュウに「早く着替えろ」と言われて急ぐ。
憮然とした顔のままレウが先に車を出て、次にシュウがいる助手席の扉を開ける。
軍帽を被ったシュウの立ち姿に、エディスはおおと感嘆の声を出した。普段は作業着か適当な服ばかり着ているので、こうした軍服を着ているところは初めて見る。
「どうぞ」
扉が開けられ、レウに手を差し出された。それに手をのせて立ち上がろうとしたエディスだったが、車外にいる二人があまりに驚いた様子でこちらを見下ろしてきているので動きを止めてしまう。
「……なんだ?」
なにかおかしいのかと鈍感なエディスは顔を引き攣らせていたが、単純に二人は見惚れているだけだった。
ミシアが選んだ黒の長い髪が、白い神官服に映えている。元から抜けるように肌の白いエディスの清廉さが増し、倒錯的な美しさがあった。ここに神官がいたら、それこそ聖女だなんだと騒ぎ立てかねない程の出来栄えだった。
これはこれで目立ってしまうのではとシュウとレウは視線を交わし合うが、顔の造形までは変えられないのだから諦めるしかない。
恭しく差し出された腕に手をそえて歩いていくと、周りが息を飲んで見つめてくる。
「なんて美しい神官でしょう」
「空気が……いや、私の心が洗われるようだ」
寄付をしよう、などとよく分からない声も聞こえてきて、不気味さに慄いたエディスはレウにくっつくことで隠れようとする。それをまた恥ずかしがっている姿が可愛らしい、これは神官の隠し玉だなと噂が波のように立つ。
だが、これが功を奏した。
駅舎内にいた警官や軍人どころか、改札にいた駅員までもがエディスに視線を釘付けにされたおかげで簡単な変装だけだったシュウは見逃された。完全に美しい女神官であるという意識づけもできたので、王子だとは思われてもいないようだ。
無事に汽車がいるホームまで辿り着いたが、どうやら中にいる乗客を検めている様子で全線運休していた。これでは中央から脱出することすら叶わないと慌てたエディスたちは、どうにかならないかと全ての列車を見て回っていく。
一旦別の地域で身を隠してから北に移動してもいい。とにかく一番早く出る列車に乗りたかった。
「あの列車、誰もいないみたいだけど……」
煙を上げて今にも出る様子なのに、警官も軍人も傍にいない。これは千載一遇のチャンスか、敵の罠か。どちらかは分からないが、試す価値はあるだろう。
唾を飲みこんだエディスは、シュウやレウが制止を促したのにも関わらず二人の手を引いて駆け出した。




