8.イキり勃つな馬鹿親父(仮)
それからの生活は今までと一変した。
剣や銃、体術を徹底的に教え込まれただけではない。医学から法学まで、あらゆる学問を頭に叩きこまれた。元々奴隷市やフィンティア家で教えられてはいたけれど、それでも足りなかった。
最初の数だけは不安だったが、一週間もすると慣れた。というか、元来俺は勉強が好きだった。日がな一日本を読んで教師と討論を交わし、武術の稽古をしても苦じゃない。
特に面白かったのが魔法の勉強だった。たまたま捕まった講師で、ハイデは「変人だよ」とか「勉強以外で付き合わないように」とか言っていたけど、どこで使うんだって魔法とか、歴史も含めて教えてくれるから屋敷に常駐してくれるように頼みこんだ。
庭や床、机につっぷして寝ていて先生にベッドに運んでもらったのは覚えきれないくらい。
もう少しで試験。胸に期待を膨らませていた俺と毎日無理しなくていいと言い続けたハイデの所に、ソイツらはやって来た。
「国王からの使いだ。出してもらおう」
国王。「偽物じゃないのか」格好がパレードで王族の警備をしていた人と違う。怪しむ俺に「知らんのか」と紋章の入った手帳を見せてくる。
偽装の可能性だってあるだろとは思ったが、隣のハイデがやけに緊張というか焦って汗をかいていたから本物なんだろうなって結論づけた。
「じゃあ、はい。俺みたいなのになんの用か知りませんけど」
王様の粋狂だよと笑いかけられ、俺はそういうもんかと納得した。奴隷市じゃよくある話だったしな。子どもだと思うから連れてこいなんて言えないだろうし。
「行くな……行かないで、エディス!!」
狼狽したハイデが追いかけてくるけど、鎧を着込んだ兵士に遮られる。なにがそんなに不都合あるんだと思ったけど、一応「帰ってくるから安心しろよ!」と叫んでおく。
「国王陛下、例の者を連れて参りました」
ほら、と両脇の兵士から促された俺は「失礼します!」と叫んで一歩踏み出した。入った部屋は、なんだこれが王様の部屋? と思ってしまうくらいには簡素だった。
飾りといえば、青い月が描かれた絵画だけだ。はめ込まれた二つの銀で出来た星や濃い青が美しい絵だが、特段高価そうにも見えない。
入ると扉が閉ざされて、二人きりにされた。無防備だなと眉を顰めていたら、「おいで」白く滑らかな、年齢を感じさせない手に招かれる。すると、なにかの呪いにでも掛かったかのように足が動いて、自然と片膝を立てて座った。
「これは、美しいものよ」
頬に手が触れてきて、これはと思った。意識が頭から引き戻されるような心地。
「そなたの名は」
「はい、私の名は」
名前。エドワードか、エディスか。実の親の前でどっちを名乗ればいいのか、俺は悩まされた。
薄い金の髪、青い目。ハイデに酷似しているような、そうでないような。ただ、年齢をあまり感じさせない。
一見女性的にも見えるが、細身の体躯にのった筋肉は彼が男である証拠だった。この男が国王。エディスさん曰く俺の父親。俺のーー父親か?
「私は、エディス。奴隷市で生まれてすぐに母を亡くしたらしく、性は持っていません」
名前は、育ててくれた女性から頂きました、と胸に手を当てる。
「……ほお。どこの奴隷市じゃ?」
「奴隷ですから、名前など知らされていません。場所も分かりかねます」
そうかそうかと頷いた後で、王様は物憂げに眉を寄せる。
「我の妻は死んだ」
青の目に涙が溢れていく。驚いた。大人の男なのに泣くのかって。
「美しく、賢く……愛しい女だった。だが、愚かな女でもあった。あやつは魔物と情を交わしてあっておったのよ」
「魔物」
あの夜に見た、影か夜か分からないほど溶け込んでいた魔物。胸が痛んだ。母を愛した男。夜を愛した女。
「あやつは北の城におった。我が閉じ込めたのだ。だがしかし、魔物と二度と会うことが出来ないのを知ると、氷の湖に飛び込んで自害したのだ」
遺体は未だ見つかっておらんと静かに語る父が寂しげで、あやふやで、俺は目を細める。
「あれには姉がおっての。本来我と結婚するのはそちらじゃったが、ブラッド家の者に連れ去られて子を孕まされての。……それで、我はそなたの母と結婚することになったのだ。あれはきっと、それが嫌だったのだろうなあ」
誰もいないのをいいことに、膝に手を掛けて揺すっても話はよどみなく進んでいく。まるであらかじめ決められていたかのようだ。
「ブラッド家ですか」
「そうじゃ。エディス、そなたはあ奴らに気を許してはならないぞ。食われてしまうからの」
あの成金めと肘置きを叩く王に、俺は誰だよと思いながらも「はい」と同意を返す。
「エドワード、そなたは我を愛してくれるか?」
体を近づけてきたので仰け反って避ける。どうでしょうねーあはは、と頭を掻いたけど内心はなに考えてんだこの馬鹿王だった。
「そなたは軍に入りたいと聞いた」
「は、はい!」
まさか、また反対されるのか? 不安と苛立ちを感じたけど、「我が上への道を取り計らってやろう。そなたの後見人は我だ」ととんでもない提案に乾いた笑いが出る。
つまりは、王宮からの軍への贈り物としようとしているというわけだ。こんな子どもを。
「子どもであろうと、誰もそなたの邪魔を出来ん」
「は……はあ、どうも。でも俺、実力で勝負したいんで!」
「軍に入るには大人にならなければならぬな」
はあまあそうかもしれませんね。ううんと腕を組んで唸った俺の前に、王様が立った。椅子から降りてきた彼を見上げようとして、でも先にズボンが床に落ちてきて瞠目する。
「我が、大人にしてやろう」
顔を上げた俺はわななく口で叫んだ。