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6.誰だお前は!

「レイアーラ王女とシルク王女の母上様が今の王妃だ」

 フィンティアの屋敷の半分程の大きさしかない家に入って、とりあえず通されたリビングで牛乳を出された。温めたばかりの牛乳は熱くて、舐めるように飲んでいると俺をここに連れてきた奴がそう言った。

「今の国王がエディスさんの夫。二人は従姉弟だったんだよ。だから、エディスさんがいない今は彼が代わりを務めているんだ」

「エディスさんは今どこにいるんだ」

 心の底で追い求めていた問いの答えは、「分からない。僕も、探しているんだ。会いたくて」というあやふやな言葉で消されてしまった。

「どこに行ったか分かるような物はないのか」

 名前と僅かな身分だけを残して消えていった女。あれが俺にどう作用してくるのか分からない。

「知らないんだ。だけど、今の女王の出産が原因なのは間違えないよ。妊娠した時から様子が変わったからね。彼女は王様ではなく、魔物を愛していたし……」

「魔物って、ヴァンパイア?」

 奴隷市もフィンティア家も厳重に警備されていたから魔物は近寄って来なかったし、路地裏で暮らすようになってからは奇跡的に出会わなかった。この頃の俺にとって魔物は馴染みがなかったんだ。だから、ヴァンパイアくらいしか思い浮かばなくて、それで出た言葉だった。

ソイツはなにを考えてるのか読めない顔で、「それも知ってるんだ」と返す。

「なにも知らないけど……」

 目の剣呑さが隠しきれていないソイツに鼻白んで「アンタは何者なんだ」と質問が口をついて出た。

「元王子だよ」

 は? と口から言葉が出ていく。俺の失礼な物言いに元王子は苦笑いになる。

「だから、僕はエディスさんの息子だよ。ハイデ・ティーンスって言うんだ」

 王子らしくないよね、と胡散臭い笑いを隠さないソイツにホントになと返したい気持ちに駆られる。

「さて、僕は全て話したよ。だから、君も全て話してくれないかな」

 さり気なく指で口をなぞられて、今度は背に怖気が走った。

「悪いようにはしない。それは絶対に誓うよ」

気持ち悪いと顔を引き攣らせたのをなにと勘違いしたのか、取り繕うように言ってくる。

「信じられる理由がどこにもない」

「身分は明かしたじゃないか」

これで信じてくれないのは悲しいなと物憂げな顔を貼り付けるハイデに、俺は名前だけだろと言おうとして口を閉じた。

「……分かったよ」

 結局全く違う言葉を口にして、溜め息を吐く。ソファーに座り直し、前を睨み付ける。

「俺の名前はエディス。アンタが言ってる元女王様と同じ名前だ。だけど、本当の名前は別にあるって母親らしい女の人に教えてもらった」

「へえ……なんて言うの?」

 瞳孔が開いていて興奮が隠しきれていないハイデの様子を見ながら口を開く。

「エドワード・ティーンスって言うらしい」

「エドって……」

エディスさんの子どもの名前だ、とハイデが狂気じみた笑みを浮かべる。口角が全部上がった、この笑顔がコイツの本当の笑い顔なんだろう。

「俺はよく分かんねーけど、エディスさんはそう言ってた」

「君の言うエディスさんって、今どこに……」

 首を静かに振って、「それが分かってたらこんな格好してないだろ」と言う。左だけ長い髪がパサパサ音を立てて肩にぶつかった。

「アンタの言うエディス・ティーンスと同一人物なのか、それとも全くの別人なのか。……けど、俺がエドワード・ティーンスだということが事実なら、そうなのかもな」

 今となってはどうでもいいことのように思えてくる。

「きっと、そうだよ。君とエディスさん、とてもよく似てるから!」

 手を握られて真正面から見つめてくる男の顔を見返せなくて、顔を背けた。明るい調子で「嬉しいよ」と言われても素直に同意できなくて、素っ気ない返事をしてしまう。

「君が、僕の弟だから」

 だが、そう言われて驚き見ると、男は嬉しそうに笑っていた。そうだ、アイツはあの時は本当に嬉しそうに笑っていた。

「ねえ、弟になってくれない?」

 真っ直ぐに見つめてくる瞳からそれ以上逃がれられなくて。彼の人を思い出す、その聞き方。これから逃げるのはどうして悪い気がして。

 数分後、俺の口から出た言葉はなんだったか。「うん」だったか「家族なのに、今からなるって変だろ」だったか、忘れてしまったんだーー


家族になるならなんでもしてあげる。

そう宣ったハイデに、俺はあるお願いをした。

「本当に……なりたいの?」

驚愕に目を見開くハイデに俺が「おう」と返事をすると、ハイデは首を振った。

「苦しいし、痛い思いをすることになる。あそこは君が考えているより辛い場所なんだ。それに、そもそも君は魔物じゃないか」

「無意味に生きてるよりか、ずっとマシだろ」

 俺が俺として生きるにはなにが必要か。フィンティア家を出る前、なにに会ったのか。それを考えて出た結論だった。

「軍に入らせてくれ」

 それが条件だと重ねて言うと、ハイデは頭を抱えた。「軍って魔物は入隊拒否されるのか?」と訊くと、前例がないと返ってくる。

「ならいいだろ」

「魔物が! 魔物を討伐する国防軍に志願するなんて前例がないの!」

 そもそも君戦えないでしょと言われて、これから覚えればいいだろと反発するとハイデは「予想外すぎるよ」と髪を掻き乱す。

「分かった……でも、それなら僕にも考えがある」

君を審査させてもらいます、と言うハイデに、俺は首を傾げた。

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