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5.置いてけ、見物料だ

「おい、そろそろ起きろっての!」

 ごんごんと頭を叩かれ、俺は呻き声を上げた。

「ってえなあ。もうちょっと優しく起こせねーのか」

 文句を口から出しながら、そこらへんから拾ってきた薄っぺらい新聞を体の上から落として起き上がる。

「だったらさっさと起きろ」

 路地裏に住んでいる悪ガキのリーダー格の子どもは目尻を吊り上げてそう言って、俺の顔目掛けて薄汚い帽子を投げつけてきた。起きたばかりの俺は顔面で受けて、ぶっと息を吹き出す。

「へえへえ」

 怠そうに返事をしながらも深く帽子をかぶる。子どもながらに目鼻立ちが整ってきていた俺の、エディスさんに似た顔は目立ちすぎるためだ。厄介な奴に付け狙われることにもなってしまう。

「なあ……お前、左の髪の毛切らないのか?」

 兄貴分の少年が呆れたように俺に声を掛ける。

「ああ。これは願掛けだからな」

 長く伸びた左髪もまとめて中に入れた。これも、汚れているとはいえ、とても目立ちやすい。そもそも右は顎下辺り、左だけ肩より下なんて変な髪型が悪目立ちしないはずがないんだが。だからこそ兄貴だってこう言ってくれていたんだろうし。

「ふうん」

 薄っぺらい、拾ってきたコートに身を包むと少年が意地の悪い笑顔になった。面白がるような、試しているような。この笑顔は兄貴の癖だった。

「今日はどこに行くんだよ」

そう訊けば「町」と返ってきて俺は「はあ!? なんでだよ!」と叫ぶ。

 当然ながら街は人が多い。そうなると汚らしい孤児の子どもは冷たい目で見られたり、変な目にあったりする。必然的に危険が高くなるため、普段は行かないようにしているのだ。

「今日、王様が来るんだってさ」

「王様……」

 あの兄貴から出る言葉とは思えず、俺は体が固まった。

「お妃様や王女様まで来るんだぜ。見たくないか?」

美人だって噂だぜと言われて即座に「見たい!」と飛びつくと、お前も男なんだなーと感慨深そうに言われる。

「そんなに嬉しいのかよっ! たかが偉い奴だろーが! 俺らとは全く関係ないんだぞ!?」

 嬉しいに決まってる。だって、その時の俺はまだ王様が父親でエディスさんが母親で妃だと信じてたんだからな。

「分かったから、俺から離れんなよ!」

 照れ臭そうに笑った兄貴の手を握り、「うん!」と笑いかける。




 辿り着いた広場に近づくだけで耳が壊れそうな程の歓声が聞こえてきて、体が震える。

「凄いな……」

「ホントに。おい、離れんなよ」

 兄貴は俺を庇うように抱きしめてくれていた。俺は……忙しなく辺りを見渡している。人の目線を辿っては追って、エディスさんを捜していたんだ。

「お妃様よ!」

 誰かが悲鳴かって甲高い声を上げて、指の先を見た俺は「エディスさんっ」と小さく呼ぶ。

 だけど、口を開けて瞬きを止める。呆然とした顔で「……誰?」なんて、言って。まあそりゃそうだよな、馬車の中から笑顔で手を振っているのが全く知らない女の人だったんだから。

 慌てふためいて近くの人にお妃は誰かって訊いて、その知らない優しそうな薄水色の髪の人だって言われた。その衝撃でよろけて、後ろの人にぶつかって怒鳴られて。言葉に詰まった俺は兄貴の手から逃げて、走り出した。

 息が切れて走れなくなるまで走って、急に後ろに引かれた。

 いつの間にか帽子がなくなっていたのに気が付いたのは、切ってもいない前髪が視界を邪魔したからだ。前髪の間から見える知らないオッサンの顔に、誰だって俺が叫ぶ。

「お金、欲しくないかい?」

「いる! でもそこに置いてけ。見物料だ」

 穴が空くほど見ただろと言うと、オッサンは「もっとあげるよ」と言った。

「いら、ねえっ!」

 シャツの袖を捲って齧り付くと、オッサンは痛みに悲鳴を上げる。あまりに叫んだせいで、俺たちがいた狭い路地に人が来て、「大丈夫ですか」なんて声を掛けてきた。俺は一旦口を離してから「なんでもないです!」なんて言って、またオッサンの腕に噛みつく。

「大丈夫です、コイツ変態だから!」

 その人ははぁ……と言って納得しようとしてくれた。だけどオッサンが俺の顔を殴ってきたせいで地面に尻もちをつく。

「ばっ、化け物……!!」

 発達した牙が貫通した腕と俺を見比べて、オッサンは逃げる方を選択した。でっちりとした尻を震わせて走っていくのに笑えてきて、だけど路地に入ってきた人を見て笑うのを止める。

 人生終わったな。俺は覚悟した。だって言い逃れしようがない。

「君……ヴァンパイ、ア?」

 どう答えたものか悩んだ。俺、純粋なヴァンパイアじゃないし。

 この国には人間と動物以外に、魔物なんて呼ばれてる凶暴な生物がいて。ドゥルースと別れた後に出会った奴もそう。アイツが本物のヴァンパイア。

 で、ヴァンパイアに吸われたら同族になるって噂も本当だった。

 おかげで月が出ている夜とか、感情が理性を上回ったりした時に俺の右目は赤くなってしまうようになった。で、牙も伸びて血も吸える。不味いけどな。あのオッサン不摂生してたのか吐きそうなくらい不味かったの覚えてるぞ。

「変態が来たから脅かしただけ。あー……正当防衛っての」

 兄貴からなにかあったらそう言えって教えられてた言葉を使って説明する。口の端から流れてきた血は手の甲で擦った。

 ソイツも俺の顔をじろじろと見てきて、なんだ軍に通報されるのかって俺は冷や汗を掻く。どうしよう、今すぐ逃げるべきだろうかと退路を探っていたら、「あの、その……エディス、さん?」とソイツが呟いたせいで俺は逃げる気をすっかり失くしてしまった。

「いや、そんなわけないよね。そんな、こんなこと」

 ぼそぼそ呟きながら俺に背中を向けたソイツに、「知ってるの?」と訊いたら、こっちを向く。

「え!?」

「あの、エディスさんを知ってるの?」

 もう一度訊いたら、強張った顔をしたソイツが手を伸ばしてきてーーでも、そこで止まった。

「人の声が近づいてきてる」

「うん。なんか、いっぱい来るな」

 小さいながらも話し声が近づいてきていて、さっきのオッサンに通報を受けた軍人が向かってきているのかもしれないと顔を見合わせる。

「僕の家においで。話を聞かせてくれ」

 手を掴んで俺を連れていこうとするから、足で踏ん張った。睨み付けて、「行かない!」と叫ぶと「危ない人じゃないから」と返ってくる。

「そういうこと言う奴が一番怪しいんだよ!」

「いやでもっ、君、エディスさんのこと知りたくない?」

 いやなんで分かるんだよ、って思ったけど。俺は仕方なく頷いた。

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