4.なんでエディスが自慢げなんスか?
「ねえ、名前はなんて言うの?」
エディスと本名を言いそうになり、口を手で押さえる。接触を計ってきたということは顔を見ずとも誰か分かっているということだろうからーーと思考に明け暮れるエディスの肩を後ろから掴んで顔を出した者がいた。
「僕はジェネアス! こっちの無愛想なのはエディス」
よろしくッスと差し出されたジェネアスの手を、リスティーは笑顔で握り返す。
彼女が一体なんの用があって自分を訪れたのか、エディスは理解した上でついてきた。
「あたしの剣をあなたに貰ってほしいの」
だから、彼女がこう切り出した時も、比較的落ち着いて「いいぞ」と応えることができた。
それにリスティーは、満面の笑みを浮かべさせた。
「もうね、絶対間違いない!! って思ったのよねっ」
ふふん、とリスティーが自慢げな顔で大きな胸を突き出してふんぞり返る。
「女の勘ってやつッスか?」
「そうよ!」
だとしたら恐ろしい、そう言おうとしてジェネアスはエディスの方に顔を向けーー固まった。当のエディスが仏頂面のままだったからだ。
「エディス?」
元来にこやかさとは無縁の不器用な男だがこれはおかしい。そう感じたジェネアスに問いかけられたエディスは、「そんなわけないだろ、よく考えてみろよ」と言った。
「んー……あの時は起きなかったッスけどね」
改造魔獣に殴り飛ばされた彼女は確実に気を失っていた。ならどこで分かったのか。「それはねぇ」と指を立てたリスティーが得意げに話そうとすると、ジェネアスは「待ってくださいッス!」と手を前に突き出して止めた。
「自分で考えたいんで……ちょっと待ってほしいッス」
三人とも年がそう変わらないどころか、もしかしたら同い年かもしれない。捨て子同然のエディスはもとより、親に売られたジェネアスも自分の正確な年は知らないが。
「エディスの魔法量は尋常じゃないッスから、そこから? や、それだけじゃ弱いんで~」
むむむと顎に手を当てて考え込むジェネアスだったが、すぐに「分かったッス!」と指の先を天井に向けた。
「その剣、中に魔人を住まわせてるんスよね。だから、その人に訊いたとか」
「……なんでそう思ったの」
しかし、今度はリスティーが眉を引き寄せて唇を尖らせる。両手も握りしめて肩を怒らせているので、当てられたのが悔しいのだろう。
「僕はエディスがその剣を使うところを二回見てるんで。普段と違う動きをしてたら分かるッスよ~!」
取り憑くのとは違うのかもしれないけどと言うジェネアスに、リスティーは「すごい! でも悔しい~っ」と手に拳を当てる。
「ジェネアスは軍兵器開発部だぞ」
エディスは横目でやり取りを見ながら、受け取った剣の鞘を無でる。心なしか剣が軽くなったかと思えば、『へえ、中々優秀なんじゃねえの』と甘みのある低い声が上から降ってきた。頭にのせられた腕を叩いても笑い声で誤魔化されたエディスが眉間に皺を寄せ、渋い顔になる。
「グレイアス。出てきちゃったの」
いいだろと言うグレイアスにリスティーは呆れた、という顔をして「新しいご主人様はどう?」と訊く。グレイアスは顎を斜めに上げ「なかなか気に入ってるぜ」と歯を見せた笑いを返した。それからエディスの背から肩を通って前に出てくる。
「おいお前、名前は?」
頬から顎にかけてのラインに指を滑らされたエディスは片方の眉を上げ、鼻を鳴らして「エディス」と答えた。すると、その正面に来た魔人は目を見開き――哄笑する。腹を抱え、地面に転げかねん様子で笑う魔人に、エディスはなにが可笑しいんだと問う。
「お前、あの女の息子か!?」
だから顔が似てたんだなと言って帽子を取られ、エディスは低く吠えて手を伸ばす。取り返そうと足を突っ張っていると、「きっ、君……女の子だったのか!」という素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。全員がそちらを向くと、もみくちゃにされたのか髪も服も乱したリキッドが卒倒しかねない顔色で立っていた。
「いや、めちゃくちゃ男なんだけど」
シャツを捲り上げると出てきたまっ平らな胸と割れた腹筋。そこまで体格が良くないからか、顔とミスマッチしているせいか、「うぉっふ……」と呻いたリキッドが顔を手で覆う。
「女の子の名前なのに」
体が男すぎると言われたエディスは辟易しながらシャツを下ろし、グレイアスから帽子をひったくる。被り直していると、グレイアスに「本当にアイツの息子なのか?」と再度問われた。
「知らねえよ」
冷ややかに返すと、顔は似てるけど魔力がなあと訝しまれる。どこに行っても付き纏ってくるらしい血の繋がりに、エディスはうんざりしていた。俺個人を見てくれる奴はいないのか。
「もしかして偽名? そんなに隠さなくても」
「ずっとこの名前を使ってるし、今更別の名前に変えても違和感しかねえから」
最初はきっと目印のように思っていた。だけど十数年も経つと例え女性に使われる名前だとしても、これが身に染みついてしまって変えようがない。
「アンタ、面白い男ね」
よろしく、と自分に向かって真っ直ぐに伸びてきた手。機械を扱うからだろうか、豆や傷だらけでお世辞にも綺麗とはいえない手を見返す。それから顔を上げると、屈託のない笑みとかち合う。瞬時、胸にこみ上げてきた輝かしいほどの喜び。
「お前も変な女だよ」
手を握り返すと、その上から手が被さってくる。横から伸びてきた手はジェネアスのもので、二人は彼の方に顔を向けた。
「これで任務が開始できるッス。流石ッスよ、エディス!」
は? と口から出てきた言葉が揃う。呆然とするエディスたちの前で「よぉっし、頑張るッスよ~!」と景気の良い声とともに、手首を掴まれた片腕がぶらんと上がっていった。




