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3.たったひとつの最悪馬鹿魔法

 目を開けたら、椅子に座っているドゥルースが俯いていた。

 沈んだ彼は見たくない。ずっと笑って、明るくしていてほしいと願った。この時の自分にとって、たった一人の光だったから。

「ドゥルース。ドゥルース、おはよう」

 こっちを向いてほしくて、笑ってほしくて必死に声を掛けた。起きたんだと気が付いてほしくて服を掴む。

「良かった……起きて」

「外に出て大丈夫だったの?」

 そう言うと、ドゥルースは唇を噛んで頷いた。なにがあったのかと訊ねても彼は答えず、その代わりにベッドの横にあるサイドテーブルになにかを置いてくる。

 見慣れない形のそれに眉を寄せると、「プリン」だと教えられた。

「食べたことない? 甘くておいしいんだよ」

 器の上でぷるぷると震えるそれをスプーンですくったドゥルースは、俺に向けてくる。主人から物を貰うなんて言語道断だ、食べられないと言うとドゥルースは「主人じゃなくて家族でしょ」と悲し気な顔をされた。

「エディスのために買ったんだ。食べてほしいな」

 観念して口を開く。奇妙な黄色いその塊がのったスプーンを咥えて、「……あまっ!? おいしいっ」衝撃に背が震えた。

「面白い味だ」

 少しずつ食べさせてもらっていると、ドゥルースの手が震えてきた。見たら、彼は泣いていた。

「早く……大人になるから……っ」

 涙が膝に落ちてズボンにシミが一つ、二つ、三つ……たくさんたくさん、できていく。

「大人にならなくていいよ」

 彼の手を握って、首を振る。どうせ俺は長く生きないんだから。

「一緒にいてくれるだけでいいの。お話してくれるだけでいいの。ぎゅっとしてくれるだけでいいの。僕、嬉しいんだよ」

 抱きしめられて、頬に口がくっついた。子ども同士でなにをと思うけど、あの時のドゥルースがなにを考えてたのか分からないけど、俺はいつもそれを受け入れた。だって、家族だったしな……。




「お料理終わりっ! 早くドゥーの所に持ってかないと」

 料理を器に盛っていく。立体的な絵を描いているようで、好きだった。その器を手引き車に乗せ、ずっずと引きずっていく。

 ご主人様方が使われる所を、奴隷ごときが使う事は許されない。そのため、暗い電気の入っていない裏道を通る。

「ドゥー、お早う」

 息を切らせながら部屋に入る。近寄ったらベッドの中に引きずり込まれて、恐る恐る目を開けるとドゥルースに笑いかけられた。

 驚かせられたことに苦情を呈すと、頬や額に口づけられる。それがむず痒くて、恥ずかしくて笑ってしまう。

「ごはん! 食べてよ!」

 給仕をしながらドゥルースが食べるのをこっそり伺い見る。

 ドゥルースの食事の後は掃除だ。その後に洗濯。屋敷の人間は全員ドゥルースを避けていたから、俺は一人でドゥルースのお世話を全て任されていた。

 ドゥルースのためなら苦には思えなかった。むしろ、それ以上にドゥルースのためになにかをしたいとさえ思っていた。

 あの日から俺の体調は少しずつ良くなっていった。けれどいつどうなるか分からない。

 俺が死んだら、ドゥルースになにが残せる。愛情、記憶、魂、死骸、心のおけない家族、居心地の悪い家。ゴミクズ以下の物しかない。

 奴隷でなければ、俺がエドワードとして生きていて彼と対等でいられる立場に育っていたら、なにができていたのか。

 名前を捨てた俺でなかったらと考えては、霧散して。馬鹿げていると自嘲する。




 強く揺さぶられ、地面に倒れる。周りが暗いせいでなにも見えなかった。だけど、なにかがドゥルースに起こっているんじゃないかと逸る気持ちが俺を走らせた。

 激しく名前を呼ばれて、暗い奴隷道を駆け抜ける。急に視界が開けて目を細めた俺を受け止めたドゥルースに大丈夫かと訊ねられて、「ドゥーは!?」と頬に手を当てて引っ張った。

「俺は強いから大丈夫」

 息を吐いて良かったと言うと、ドゥルースは急に険しい顔をして「約束して」と言ってきた。

「生きてほしいんだ」

 屋敷の外に繋がる隠し通路を、背中を押されて歩いていく。屋敷の出口、奴隷という身分からの脱出。

「お願いだよ。誰を犠牲にしても、這いずってでもいいから、生きて」

 口の端を引き攣らせてそう懇願するドゥルースに、「ドゥーもだよ」と返す。

「ドゥーが生きるなら、俺も生きる」

 子どもの俺は、手を伸ばして後ろにいるドゥルースを抱きしめる。大好きで、離れたくない彼は俺を突き飛ばした。

「エディス、君を解雇するよ」

 早く出ていってくれと言う彼は、すぐ俺に背を向けて走り出す。俺よりもずっと長く生きられる、ドゥルースが。それを許せる人がいるんだろうか。

 どうせ死ぬのなら彼のために役立って死にたい。

 死体しかない、当主の住む屋敷を走っていく。子どもの俺が目指しているのは「どうしてお前は普通の魔法が使えないんだ」とドゥルースが叩かれていた、魔法に関する書物がたくさん置かれていた書庫だ。

 闇雲に本を棚から出しては放り投げて。探しているのは、ドゥルースが”世界最強の魔法だよ。誰でも使える”と言っていた魔法が書かれた本。

 長い長い呪文だけが書かれた薄っぺらいそれを見付けて、掴んでまた走っていく。

 燃える屋敷、木々が折れ庭師の仕事も無駄にされた庭で座り込む柄の悪い男たちを見付けて。窓を開けて「なにしてるの」と叫んだ。馬鹿だ。

 男たちは黒い服を着ていた。重そうだったとか子どもの俺は思ったけど、それはこの国の国防軍の制服だ。

「お兄さんたち、誰?」

 答えるわけないだろ、貴族の屋敷を襲う馬鹿が!! って今の俺なら思うけど子どもだから仕方がない。けれど、相手は本当の馬鹿だ。大笑いしながら「お嬢ちゃん、俺ら軍人じゃねえよ」「反軍だよ、反軍! 軍のような屑の集まりと違って、民に優しーい人達の集まりさ!」なんて言ってきた。笑いごとじゃねえし、面白くもねえ。

「分からないけど、なにしてるの?」

 子どもの質問にも馬鹿正直にソイツらは答えてくれた。

「あ? 子ども捜してんだよ。名前は――エディス、っつったかな」

「お嬢ちゃん? コイツ女だよな」

「こんな小奇麗な顔した男のガキなんかいないだろ」

「だよなあ。ああそれで、お嬢ちゃんくらいの年の男のガキを捜してんだ。知らねえか?」

 ほとんど殺しちまったからソイツも死んじまったかな、と男は歯を見せて笑う。あれは傑作だったよなあと歯の欠けた口が動く。

「前時代的な闇魔法を使う子ども、あのオレンジ頭のさあ」

「俺がこう刺したら、ぴゅ~っと腹から血を出してよお。おっと、お嬢ちゃんの前でする話じゃねえか」

 男はもう一人の男に向かってナイフを刺すような素振りをした。青ざめた俺を見て、もっと武勇伝を聞かせてやろうか、お膝の上においでと誘いかける。

 噛み締めた唇が破けて、口から血が伝って持っていた本に落ちた。涙も出なくて、男たちを睨んだまま本を開く。

(ドゥーが生きるなら、俺も生きる。ドゥーが死ぬなら、俺だって死ぬ……)

 その日、どうせもうすぐ消える命を粗末に扱おうとして魔法を使った。

 誰にでも扱える最強の魔法なんてものはないーー……あるなら禁止魔法にされてたりしない。

 俺がその日使ったのは、自分を含めてその場にいる全員の命を代償としてなにかを発生させる、とち狂った奴が作った馬鹿魔法だった。

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