3.爆速前進、突撃進行
しゅるりと布ずれの音をさせながらネクタイの形を作っていき、締める。最後に形を整えて鏡で確認した。
「ん……こんなもんかな」
それから紺色のブレザーを羽織って、もう一度変じゃないかと確かめる。そして、一緒に映った自分の顔と髪を見て、ため息を吐いた。
「目立つッスよね」
鏡に入り込んできたジェネアスが歯を見せた笑みを浮かべるのに、片眉を下げる。
「うるさいな、仕方ないだろ」
椅子の背にかけられたコートを手に取って被ろうとすると「暑いッスよ」と声が掛かり、止められる。顔は隠せないッスけどと言いながら頭に帽子がのせられた。
「楽しみッスね~学校」
指摘を受けて、著しく自身の高揚感に気がつく。そうだ、己の胸は一度も行ったことのない場所への期待で膨らんでいた。
しかし、すぐに頭を振り、「仕事だ」と否定した。
軍人養成学校の紺の制服。着ることのなかったその服を着た少年の顔は、薄く嬉しさに綻んでいる。
「リッ、ティーは、ぱ、ぱや……っ、ぱ」
長い茶色の髪が、後ろに広がる。ネコ科の動物のように柔靱な体は、後ろを走るリキッドをぐんぐんと置いていって進んでしまっていた。
「リス……ぐ、うえ……」
走りすぎたのか、えづき始めたリキッドに気が付いたリスティーが足を止めて振り向く。
「なによぉ、リキッド!」
「はっ、早いよリスティィ……」
「ええ? そんなに早く走ってないわよー!」
嫌だもう勝手に着いてきたくせに、と言われてしまったリキッドは額の汗を手で拭い「嘘だ」と呟いた。
「先に行っていい? 用事あるから」
「い、嫌だ!」
「でも、あたし急いでるの」
困らせないでよ、と眉と目を吊り上げた厳しい顔をされてしまったリキッドはごめん、と言う。
「どうしてそんなに急いでるんだ、君は」
「転校生が入ってきたのよ」
えぇ? とリキッドが眉をひそめて「こんな時期に?」と言うので、腕を組んで目を閉じて頷く。
「変だと思わない?」
「そうかもしれないけどさ、貴族とかで郡にツテでもあるんじゃない」
探偵気取りのりスティーにリキッドはよくあることだよと苦笑いを浮かべる。
「そうかもしれないけど。ソイツ、昨日コート着てたらしいのよ」
変でしょ! 明らかに変でしょ!? と興奮するリスティーに、リキッドはうーんと唸って「それは変だね」と同意する。
「でしょっ! だから早く見に行きたいのよ!」
「……はい、はい」
腕を振り上げてまた走りだした幼馴染を見て、リキッドは心底呆れてため息を吐く。もう勝手にしてくれと置いていかれることを選択しようとしたが、
「それに、あの人だとしたら」
風に流れてきたリスティーの独り言を耳が拾う。なにか言ったかと訊ねてみるも「なんでもない!」と笑顔で誤魔化した彼女が全速力で駆けていくのを見送るしかなかった。
見世物小屋だ。完全に見世物小屋だ、とエディスは心の中で呟いた。顔は見せていないはずなのに、なぜ。理由を追い求めて思考がぐるぐると回る。
教室の壁全体を覆っている見物客の視線にエディスは帽子のツバをさらに引き下げる。目立たないためにしている行動が原因になっているとは気が付かずに。
「どう考えてもエディスが昨日コート着てったのが悪いと思うんスよけどねぇ」
今何月だと思ってるんスかねと後ろから背をつついてくるジェネアスになにも言い返せないエディスはぐうっと呻いた。
「ちょっとごめん、通して」
だが、廊下から聞こえてきた明るい声に、エディスは思わず顔を上げた。聞き覚えがある声だったからだ。
「はじめまして! 私はリスティー・フレイアム。よろしくねっ」
この学校で初めてエディスに向かって引き攣っていない笑顔が向けられた瞬間だった。エディスが伏せていた机の前に立ち、手を差し出す少女のオレンジ色の目を見返す。
「ねえ、もう案内はしてもらったの?」
首を振ると、リスティーは「じゃあ、あたしが案内してあげる」と言って、エディスの手を掴んで立ち上がらせる。
堂々とした足取りで戸口まで歩いていくリスティーが「どいてどいて、見世物じゃないんだから!」と手を振ると、周りは慌てて道を開けた。
「リ、リスティー」
人波の中でもがいているリキッドを見つけたリスティーは、「行ってきまーすっ!」と明るく手を挙げ、彼に向かって振る。




