1.オッサン品評会
「どっこが楽しいんだよ! オッサン共がこの子が可愛い、いやこっちが好みとか喋ってるだけじゃねーか、気持ち悪ィ」
宿泊所として宛がわれたホテルまで怨念じみた文句を言いながら、資料が入った鞄を胸に抱えて歩く。
「実際に品評会が開かれるまでは地獄だな、こりゃ」
フードを被った自分が入ってきた時の視線の集中具合。こちらの顔ばかりを気にして、作品について全く語ろうとしない奴ら。
「今日来てたのは中央と北の奴らだったッスよねえ」
「ああ……真面目で堅苦しい東や、トリエランディア大将がいる西にあんな奴らいねえだろ」
腐ってんのがどこかって分かりやすい、そう呟くと隣を歩くジェネアスがぷっと吹き出す。戦闘科一人だけではなにかと不便なこともあるだろうと、ミシアが軍兵器開発部に協力を要請してくれて来たのが彼だったのだ。エディスとしても気心が知れた友人がついて来てくれるのは心強い。
「南の人は最初から最後まで寝てなかったッスかァ?」
「来た時からすーごいダルそうにしてたよな」
南は軍人が活きていける環境ではない。軍の上から下まで全て反軍の手が入ってしまっているのは明白で、隠そうとすらしていない。
どうすれば、この状況で自分が動けるのか。果たして自分は今回の任務をこなすことができるのか。悩む自分をジェネアスが案じて見ていることに気付き、苦笑いで誤魔化す。
「ちょっと、危ないじゃない!」
しかし、曲がり角の先から飛んできた少女の高い悲鳴のようなものに緊迫感が走る。
「真夜中ッスけど……」
変質者かと耳打ちしてくるジェネアスに頷き、エディスはフードを深く被り直す。手でジェネアスを制止ながら忍び歩いていく。
「どうせまたアイツの差し金でしょ? 悪いけどもう作品は提出してあるから奪えないわよ」
ツンと顎を上向きにし、腰に手をやった少女が奥に立っていた。肩より少し長い茶髪に大きなオレンジ色の目。遠目から見ても目鼻立ちのはっきりとした美少女だ。
「リスティー・フレイアムだな」
顔写真とプロフィールの載った書類。その中でも一際よく目立ち、顔だけの審査の中でもよく話題に出てきていた生徒だった。
「だが、本人が授賞式に出られなければ意味がないだろう!」
「はあ? アンタ、バッカじゃないの」
男がズボンのポケットからナイフを取り出して構えるのを見て尚、リスティーは息を短く吐き出す。
「勝負するなら正々堂々とやったら?」
髪を後ろに振り払った後、勝気な微笑を浮かべる。濃紺のパンプスを履いた足で地面を二度蹴った彼女に、男が迫った。
雄牛か鬼か、筋骨隆々とした男に相対しているというのに、全く怯まない。オレンジの目を怒らせて、しなやかな足を振り上げる。鈍い衝突音にジェネアスが悲鳴を上げて顔を隠した。
顎が砕けたのではないかと思えた一撃に、男が泡を噴いて膝から崩れ落ちる。少女が短い前髪を掴んでゆっくり地面に下ろすのを見て、エディスは息を吐き出す。
「よ、よかったッスぅ~~っ」
どうなるかと思ったとしゃがみ込んだジェネアスの背を軽くぽんと叩く。あれは相当戦い慣れている。
任務の都合上、私服で出歩いていたエディスは丸腰だ。とはいえ魔法も格闘技も得意としているので相手にとっては丸腰どころではないのだが。
「なんだアレ……」
三階建ての木造住宅の屋上になにかいる。そう最初に気付いたのはエディスだった。
飛び降りてきた毛むくじゃらの化け物。それは持っていた大きな肉切り包丁でリスティーに切りかかる。エディスと腕を引かれ、「アレはハガイの改造魔獣ッス!」とジェネアスが言う。
「ハガイ?」
「さっきの男ッス。軍兵器開発部なんスけど、危険な魔獣の研究ばっかしてるっていう」
なんでそんな奴を在籍させてんだ。口から出かけた言葉をしまい込んで、エディスは体ごと彼女に向けた。
魔獣の攻撃を全て寸でのところで避けているリスティーが、敵の脳天に肘打ちを食らわせる。だが、奇声を放った魔獣は太い腕を振り回してリスティーを横殴りにした。彼女が肩に担いでいた長い袋が地面に落ち、高い音を立てる。
すぐさまエディスは駆け出した。地面に叩きつけられそうになる彼女を受け止め、その場を離れる。ぐったりと弛緩したリスティーをジェネアスに受け渡すと、痛みに呻く声に不安になったのか焦った高い声に縋られた。
「すぐ片づけるから待ってろ」
そう言ってエディスは足を強く踏み下ろす。
【護り神 此処に!】
二人を魔法で作ったシールドで囲んでから、行くかと肩を手で押さえて腕を回した。その足を掴まれ、エディスはん? と下を見る。
「あの、袋……取られないで」
大事なの、と苦悶に顔を歪めながらもリスティーがそう言い、エディスは魔獣がいる方に顔を向けた。
「分かったから、大人しくしてろ」
顔の前に手をやって短く唱えると魔獣に雷の柵が落ちる。幾重にも重ねた雷撃に痺れた魔獣を他所に、エディスは傍に落ちている袋を手に取り上げた。
すると、それはエディスの手の中で暴れ始めた。細長く硬い感触にすぐ武器だと理解したエディスの手の中で、まるで生き物かのように跳ね続ける。不気味に感じ始めたところで手の内から抜け出て、袋から一対の剣が姿を現した。
慌てて地面に触れる前に掴むと、今度はしっくりと手の中に納まる。まじまじと見下ろした剣は、なにかが眠っているような感覚に陥りそうになった。額から伝い落ちた汗が顎から落ちる。
最初は、白い焔が上がったように見えた。
『随分お綺麗な顔してんなァ、お前』
体にまとわりついてくる煙が次第に人を模っていく。薄紫の美貌が顕在化し、エディスは瞠目する。
ぬるりと体の上を移動し、背から薄煙が入り込んできた。内に籠ったそれに、体中の魔力が揺さぶられ、エディスは吐き気を押さえつける羽目になる。
体の内側を這いずり回る感覚に怖気が走り身じろぐが、それが爪先まで届くと途端に身動きが取れなくなった。
『はァ……久しぶりの魔力、美味ぁ』
髪を掻き撫でるのは自分の手だ。意識の範疇外で動き始めた体に動揺し、「なんだこれ!?」と叫ぶ。
「おいおいおいッ、冗談だろ!?」
雄叫びを上げ、凶悪な爪が生えた手を振りかざして向かってくる魔獣。
腰に一本差した後、急激に体が引きずられていく。魔獣に一文字に突っ込もうとするので、さしものエディスも顔を引き攣らせた。鞘を引き抜くと、グンとさらに前に加速する。歯を食いしばって、魔獣の首に剣を食いこませた。
到底一太刀で切り捨てられそうにはない太い首だというのに、剣はいとも容易く肉を断ち切っていく。鮮やかに首を刎ね飛ばした剣の先を地面につけ、エディスは呆然と呟いた。
「うそだろ……」




