4.家族の家
「まずい、領主の家にドーリーがいない!」
「だから先にここに来た方がいいって言ったじゃん……っ」
あれだけいた警備が根こそぎいなくなっていて、レウは遅かったかと舌を打つ。いなくなりもするだろと言うロイに、レウが三体や四体どころじゃなかったんだと教えるとげえっと両頬に手を当てる。
「えっ、ええっ? そんないたのっ?」
「気持ち悪いくらいにいたんだ。まずいな、すでになにかあったんじゃないか」
「どうやって探すんだよ!?」
「家内になにか痕跡があるかもしれない」
なかったらと訊ねられたレウは、その時はその時だとロイを振り切って走り出す。最悪の事態を想定していたレウがドアノブに手を掛けた時、背後から「ちょっと待てって!」と声が掛かったので振り向く。
「なんだよ、急いでるんだから後にしろ」
「話くらい聞いてくれたっていいだろ。なあ、なんでこの家が領主の家だって思ったんだ?」
「要塞内の一等地だし、領内が見渡せる所だからだ。大体こういう所に住んでることが多い」
今はいないが、警備のドーリーだって寒気がしてきそうなくらいたくさんいた。出てきた受付のドーリーの話だって、ここに領主が住んでいると確信をするくらいのものでーー
「たくさんドーリーがいたんだよな? なら、ここってドーリーを作る為の工房や寝泊まりする場所って可能性だってあるんじゃないの」
中を見てみようぜと軽い調子で言うロイを、だからさっきそれを確認するって言ったんだろと腕で押し返す。2人で争うように中に入り、声を掛けてみるが返答はなかった。
「なんか、人が住めるような家じゃなさそうだけど……」
一階に人を出迎えるようなリビングもなくキッチンすら見当たらない。入ってすぐ見えたのは、一本調子の廊下と右側にある二階に繋がる階段だけで、廊下の突き当りになにか置いてあるわけでもなかった。設えも簡素で、壁飾りや絵画の一つすらない。
「貴族の屋敷じゃないにしても妙だな」
「なんかもっとこう魔法! って感じの物があっていいと思うけどな。ま、部屋の中も見てみよーぜ!」
誰の家かも分からない所に勝手に入っていって部屋のドアをどんどん開け放っていくロイを見ながら、これ実は教員の寮だったらどうしたものかと遠い目になる。そもそも魔法っぽい物ってなんだよと口に出せないツッコミを心の中で入れた。
「なんか、なんもないんだけど!」
タンスばっかある一という叫び声に、今行くと返して歩いていく。覗いてみると、確かにタンスばかり敷き詰められていた。それも、部屋によって高さが揃えられていて、まるでコレクションのようだった。ロイは早々に飽きたのか、レウの横を通って階段を上がっていく。
「この家、本当にドーリーの寝床なのか」
作りたてなのか、休憩用か。用途は不明だが、ドーリーはこの中にいたのだろう。見ると、タンスの扉には金屋製の名前プレートがつけられていた。
「……ドーリーも民の内ってところか」
それはアンビトン・ネージュの魔法書の手書き原稿と同じ字体だ。エディスとトリドット家で何度も見たので間違えないはずだ。タンスの中で眠るドーリーはいないようなので、ロイがいる奥の部屋に移動する。
「なんかあったか?」
「いーや、なんにも。ここも棚しかないし意味分かんないよなあ」
ドレスを着せられたアンティークドール仕立てのドーリーが一体とロッキングチェア、それに背の高い棚が置かれた簡素な部屋だ。
ただ、ドーリーとチェアの間にティーセットや本が置ける程度の小さなサブテーブルもあって放置されているようには思えない。
「その柱に描かれてるの紋章陣じゃないか」
エディスがよく使っているような魔法の紋様に見える。デートした日に受けたエディスと館長の講座を思い出しながら読み解いていくが、次第に眉根が寄っていく。
「駄目だ、移動魔法ってことしか分からねえ」
「えっすごいじゃん! それだけ分かれば十分だって」
アンビトン・ネージュか領主の本当の家に決まってるだろと断言するロイに、どうして言い切れるのかと訊くときょとんと丸い目で見られた。
「ドーリーはお茶なんて飲まないだろ。じゃあここを使うのは領主しかいないじゃん」
「管理人が領主とは限らないって言いたいところだが、かなりの懐きようだったからな。ありえそうだ」
「俺、これ使ってみる!」
魔力当てればいいだけだろと手を触れようとするロイに待ったをかけ、先にこの部屋を全部調べてからにしようと勧める。なにか見下ろしがあるかもしれないのだから。
「後はー……まるで郵便局か新聞屋の分別室みたいだな」
適当に開いた棚の中に入っていた分厚い手紙を取り出し、表面を見たレウの目が大きく見開かれていく。振り返ってロイを読んで彼に見せながら「これ、全部エディス様の字だ」と伝える。
右上がりではねが力強く、間違いなくレウが最もよく見る回数が多い人の字だ。
「まさか機密文書発見!?」
すっげえと嬉々として封筒を奪ったロイが中を取り出して勝手に広げる。
「……なんだこれ。アンビトン・ネージュの練習魔法第三十三巻につ……いて、って。これ感想なんだけど!?」
「だろうと思った。あの人ネージュの大ファンだからな」
前に本が出る度に手紙を送ってるって言ってたとレウから聞かされたロイは、棚にもたれかかった。
「じゃあ直接の知り合いってわけじゃないってこと?」
「手紙でやり取りをしていて、腕を見込まれたとかかもしれないな。領主側はエディス様の名前や住所を見れば身分が分かるだろ」
あ~そっかと気安く肩を叩いてくるロイに「お前それエドワード様にするなよ」と注意すると大丈夫だってと返ってくる。
「領主がいないなら、やっぱり俺が考えた作戦しかないよな!」
嬉々として両拳を握るロイに、どうやって見つけるんだよと言うと耳を塞いでしまう。レウは後先考えてから物を言えよと呆れていたが、こういう時にエディスがどうしていたかまで思考を及ばせる。
魔物や魔法を使う反軍や革命軍の調査をしていた時、なんと言っていたかーー
「ロイ、お前魔力の断片って見えるか?」
「へ。一応……あんま得意じゃないけど見れる」
その手紙はと指差すと、ロイは見下ろしてしかめっ面になりながら「王子のじゃないのが付いてる」と言う。
「視覚化は」と迫ると、「で、できる」と一歩後ろに下がった。
「お前、回復魔法使えないの?」
「防御魔法専門だって言っただろ」
神聖系統に当たる回復魔法を使うには、魔力への信頼と熟知が必要だ。
アンビトン・ネージュ曰く回復魔法は手芸のようなもの。自身の魔力を針とし、傷口でちぎれてしまった魔力を糸にして縫い合わせる技術が必要となる。それ故、魔力を見定める為の識覚を得なければならない。
エディスは擦り傷や軽い喉の荒れくらいなら治せる程度の回復魔法が使える。だから魔力を辿って人を追跡することができると言っていた。
「手紙だと家探ししましたって言ってるようなものだしなー。よしっ、じゃあこの鍵にしよう!」
サブテーブルに置いてあった鍵を取ったロイは手に握りこんで掲げてから「はいっ」と投げて寄越してくる。
「それ持ってたら見えるから!」
見えるよな? と確認してくるロイに、鍵を空中で掴んだレウは瞬きをする。今しがたまでは見えなかった青い靄や棚引く煙を目で追って「多分、これがそうなら見えてる」と指を差す。
「合ってる合ってる。じゃ、健闘を祈る!」
手を振って、躊躇いなく魔法陣を発動させて扉の向こう側に行ってしまう。潔さに呆気に取られていたレウは、ギールが当たりをつけた所が赤く照らされたのを見て眉を顰める。
これで見つけられればいいがという不安は、神官に祈ってもらったからどうにかなるだろうという気持ちで吹き飛んでいく。
鍵を落とさないようにと腰のベルトに引っ掛けたレウは、踵を返して階段へと向かっていった。




