5.ドーリーアタック
「貴様のような体格のいい用務員がいるものか」
と指を差された男はおや、とわざとらしく目を丸める。足の付け根に手を当て、腰を捻って自分の体を見下ろす。そうすると大きく襟元の開いたシャツから見える鍛えられた胸筋や、柔らかな肉ののった臀部が強調された。
「俺はそんなに体格がいいとは言えないと思うんだがね。それに、人を見た目で決めつけるものではないよ」
こぉらと両手を腰に当て、可愛らしい女教師のように怒る様子もどうしてかサマになっている。
(用務員なんてボステルクに必要ないだろ)
金糸で雪のような刺繍が入れられたコートの生地は驚く程に滑らかで、どう見ても用務員の安月給で買えるとは思えない。それに、身に着けている物の仕立てやデザインもシンプルながらに上品だ。
「用務員とひとくちに言ってもその業務は多岐にわたるものだ。花を植えたり、生徒の相談を受けたりーー悪ガキを叱ったり、ね」
そう言うと、その男は体の前に出した片手をゆっくり握り締める。なんの意味がある行動なのかと固唾を飲んで見つめていると、目の前から男が消えた。
「……ッ速!?」
いや、消えたように見えただけだ。一瞬の内に肉迫した男の拳がマディの顎に入った。ふらついた大男の頬にもう片方の拳がめり込んで、壁まで吹っ飛んでいく。
「あ、しまった」と男が呟いたが、それは体格のいいマディの体が寮の壁を崩し、半身を向こう側に突っ込んだ状態で倒れたせいで掛かる修繕費のことだろう。
クレマの眼球が横に動いて、隣にいたマディがいなくなったことを確かめる。逃げを選んだクレマが自分の体をどろりと液状化しようとするが、男は迷いなく指を揃えた手を突っ込んだ。衝撃で「ぶえッ」とクレマが悲鳴を上げた。指を広げてクレマの内部を広げた男は「あった」と唇を舐めるとなにかを掴む。
「今俺が掴んだのが心臓だと思うが、潰されたくなければ三秒以内に元に戻るんだ」
クレマの顔と思われる部分がだらだらと垂れる。狐のように目を細めて笑った男が手を離すと、クレマが即座に魔法を解除したので男は首と腕を引っ掴んだ。
「なんでそんなものが分かるんだ……」
悔し気に顔を歪めるクレマに問われると、簡素に「単なる勘さ」と笑い声を上げる。その様子を全て見ていたレウは驚きに声も出なかった。
決して、弱い相手ではない。マディの動きもクレマが垣間見せた魔法も、容易に勝てるとは思えない技の極致にあった。なのにあの男はそれ以上に洗練された動きをしている。
「くそ……おい、マディ。なんとか出来ないのか」
情けなさすぎると脱力するクレマに助けを求められたマディは、自分の体に降りかかった石を横に落として上半身を起き上らせた。親指と人差し指の腹をくっつけて口まで持っていくと、ぴゅーーいと吹く。
一体なにをとレウが首を回して辺りを警戒すると、頭上を飛来していく影が見えた。地面に降り立った衝撃で足の裏が浮く程の巨体だ。
「なんだあれ……」
全長十五メートルはありそうなソイツは咆哮した。鳥の胴体と翼に牡鹿の頭、獅子の脚に蛇の尾と色んな魔物が合わさった異形の魔獣だ。
「こんな」と言葉を詰まらせた男はマディを睨み付け、魔獣を見上げる。眉を寄せ、唇を噛んだ彼は「可哀想に……」と声を絞り出した。構えていた腕を落として無防備に近づいていくと、魔獣の片腕が振り上げられる。そのまま棒切れのように折れるか吹っ飛ばさせるわけにはと、レウは防御魔法を展開させようとした。
だが、その腕は飛んできた三体の絡繰り人形が食い止める。「なんだ!?」とマディが叫び、クレマが困惑して辺りを見渡すが、それもそのはず。どこからともなく集まってきたドーリーが、まるで子を守る親のように男の周囲を固める。
男が制止を求めるも止まらず、十数体のドーリーは円形を作ると一斉に口を開く。凄まじい音波は黄金の輪っかとなり、魔獣の上半身を削ぎ取った。一撃で命を奪われた魔獣は耐え切れず消し炭のように粉々になり、空中に散っていく。
「は、はは……っ。あいっかわらず、すっげェ威力だな」
俗にドーリーアタックと呼ばれている、侵入者や魔物撃退用の一撃必殺技だ。ドーリーは何体かで合体することで強力な魔法が撃て、レウも在学中に何度か見たことがある。なんなら二・三体での軽い技なら教育的指導で受けたことがあった。
だが、あんなに大きな物まで倒せるとは思いもしていなかった。なにも思わず共存してきたが、流石はアンビトン・ネージューー感情を失った魔人が作った生物だ。
ドーリーの次の目標は、マディだった。再び集合しようとしているドーリーを見て、その恐ろしさを知っているマディはげえっと叫ぶと瓦礫の中から抜け出して逃げ出した。周りに防御魔法まで張る徹底っぷりだ。
「止めるんだ、ドーリー!」
だが、固まりかけた人形たちの前に立ちはだかった男がそう叫ぶと、ドーリーたちは視線だけを合わせる。こちらには聞き取りが出来ない言語で何事か議論すると、表面にいた者から離れていく。
「な、なんだよ……止められるものだったのか」
学生時代に手痛い目に遭ったのが余程忘れられないのか、完全に引け腰になっていたマディが引き攣った笑い声を出す。キャラキャラと金属音を出して笑ったドーリーが男の豊かな胸元に抱き付き、彼は安堵で顔の力を緩めながらもなだらかな鉄の頭部を撫でる。
これで終わりだとでもいうように、ぽんと背中を叩くと機械人形が離れた。
「大丈夫だ、彼らのけじめは俺が取らせるよ」
もう一度男が拳を握る動きをしたのを見て、レウは考えが至った。見慣れているリスティーの動作と違うので一度目は気が付かなかったが、あれは南部でよく使われている身体能力を向上させる魔法だ。ガサツなのと効率を重視するせいか、彼女よりも彼の方が精度が高い。ここまで高められたらちょっとした口答えも言えなくなりそうだった。
一息で追いついて【極西の主よ ここに僅かに集え】呪文を唱えた男の金色に光る手がマディの背に押し当てられると、シールドを貫通して衝撃波が直接打ち込まれた。
「体術だけじゃ……ねェのかよ……」
白目を剥いたマディが後ろにひっくり返って、昏倒する。クレマが声を掛けても、ピクッと跳ねただけで応答も起き上る素振りすらない。頭を狙った蹴りを体勢を低くして避けたクレマは、舌を打って後ろに下がる。だが、男は体を投げ出してクレマの背中に肘を叩きこんだ。
「全く、手間を掛けさせないでくれ」
手加減をするこっちも骨が折れるんだぞと男は言うが、クレマにはその言葉は聞こえていないだろう。起き上った男が手招きすると、心配そうにドーリーが寄ってくる。
「適当な牢にでも入れておいてくれ。警察を呼ぶよ」
男たちを抱えるドーリーに命じるーーそう、命じるだ。先程の突撃を阻止した時も、この男はどう話しかけたか。
『止めるんだ、ドーリー!』
「……アンビトン・ネージュ以外にドーリーに命令できる奴がいるのか?」
そんな者がいるとしたら、というところまで考えが及んで、息を吸う。まだ予想の域を出ていないが、間違えないはずだ。
息を吐きながら服の乱れを直す男に、隠れていた建物から出て行ったレウは口を開く。
「アンタ、上着……」
「ああ、預かっていてくれてありがとう」
助かったよと言いながら上着を受け取った男は、涼し気な顔をして袖を通す。こうして近くで見ると、端正な顔立ちをしていることが分かる。少し跳ねがちな髪は根元が紺で毛先にいくに従い青紫のグラデーションで、まるで夜の始まりを想わせる。そこに彩雲のようにピンクが混ざっていた。
「これで二度目の騒ぎでね、困っているんだ」
顎を指で挟んで目を閉じた男が口元に笑みを浮かべる。開いた目は薄月のような冴え冴えとした色で、それに研ぎ澄まされた鋭さを隠しもせずに見せられると背がぞくぞくしてきた。歴戦のハンターである狼が悠々と立っている、そんな感覚さえしてくる。
「いくら金獅子と誉れ高い成績優秀者からの紹介とはいえ、次は確実に排除させてもらうべきかな」
ーー怪しいにも程があったが、ギジア以外に潜り込んでいたハイデの騎士たちだったのか。王子の命で来ているなら、もっと目立たずに動きべきじゃないかと呆れてしまう。
ごくりと唾を飲みこむと、彼はレウの方に体ごと向けてくる。
「君はどう思うーー?」




