4.絆されて、ご主人様
扉を引いてもらって中に入ったエディスは、ふう~っと息を吐き出した。熱いシャワーを浴びたばかりの体はまだ湯気が立っていそうなくらいの温かさで、気持ちがいい。
「まっさか列車の中にシャワーと寝室があるなんてな。すげーよなあ」
真新しい白いバスローブまで用意されていて、しかも列車旅なのにベッドまで付いているのだ。至れり尽くせりすぎて怖くなってくる。
レウがカーテンを下ろしに行ったのを見送り、髪をタオルで拭いながらベッドに腰かけた。
「明日の朝早くには要塞に着くんだろ。早く寝ようぜ」
遅くなったのは、エディスの軍部での仕事があって出発が夕方になったせいだ。夕方と朝、どちらが要塞にとって都合がいいかは分からないが、ハイデ側の動きが読めないのでなるべく早く着いておきたかったなと渋面になる。
「なあ、レウは要塞に……」
肩を押され、ベッドにひっくり返った。柔らかいベッドマットと枕に体を受け止められたエディスの視界には、白い天井と控えめな明かりが入ってくる。
どうして天井が? とのん気に考えていたが、眉間に皺を寄せて口を引き結んだレウの顔が映り込んできて、彼に押し倒されたのだと気が付く。つくづく顔形の整った奴だなと、怪訝な顔をしている彼を見上げて思う。
「魔物相手に気を許さないでほしいんですが」
なにを難しい顔をしているのかと思えば、ギールのことが気に食わないらしい。なんだそんなことかと緊張を解いたエディスは笑ってレウの頭を撫でた。
「俺にはお前しかいないって」
レウの前で宣言したし、最後までしていないとはいえベッドも共にした仲になったというのにまだ不安に感じることがあるのか。困った奴だなと首に手を回して抱き締めようとしたエディスだったが、レウの薄い唇に口を奪われて目を大きく見開く。
キスが好きな奴だなと思いつつ目を閉じ、口は開ける。潜り込んできた舌に、たどたどしいながらも舌を絡ませる。
「んんぅっ!?」
だが、バスローブの紐が解かれて目も開けた。頭を振って逃げ、「なっ、なにを」と声を上げる。
「ぁッや……急に、なんだよ。今日は早く寝ないと」
止めようとしたが、またもキスをされる。ギールに嫉妬しているにしても、急すぎて考えが上手く纏まらない。
「この間の紳士的なレウくんはどこにやったんだよ」
息が荒いまま睨むと、すみませんと謝ってくる。落ち着いたかと背を擦ろうと上体を起こそうとすると、抱きしめてきたレウにベッドの上に戻された。
「……抱かせてほしい」
懇願を滲ませた声色に、エディスは弱ったなーー……と目を閉じる。
「慰め合いはよくないって考えはあっても、他の男に嫉妬して~ってのはお前の中では許容範囲なのか」
これで相手がレウではないか、押し倒されているのが自分ではなく義弟やリスティーであったなら有無を言わさずぶん殴っていたに違いない。
けれど相手がレウで、押し倒されているのが自分なのでーーどんな理由であったとしても許せてしまうのだ。
「アンタを俺のものにしたい」
レウらしくないストレートな物言いに顔が熱くなるのを感じた。惚れた男に求められて嬉しくないはずがない。
「ギールと張り合ってどうすんだよ」
けれど素直ではない自分が先に出ていって、小憎たらしい言葉ばかり口にする。
「アイツは俺の愛人でもなけりゃ恋人でもないんだぞ」
そう言いながらレウの頭を撫でるが、胸元に顔を押し付けたままで一音も返してこない。枕に頭を落ち着かせたエディスは、天井を見上げて考えた。
(まあ……最悪、明日はそんなに動けなくても問題ない……か? いやでもなあ)
股関節や腰を痛めると困ったことになるかもしれないと唸って、下を見る。子どものように抱き付いて離れない人が愛おしく、胸が締め付けられていく。
「……レウ、顔上げろって」
そろそろと起き上ったレウの顔を両手で包み込んで笑う。腹に力を入れて起き上ったエディスはレウの額に口づけて「抱いてくれ」と囁きかけた。
「いいのか、こんな大切な時に」
「言い始めたのお前だろ~、だから俺が使い物にならなかったらレウが怒られろ」
額同士を押し当てると、レウに力強く身体を引き寄せられる。責任を取ると言われたエディスは声を立てて笑った。
「フェリオネルとか俺の私兵団の奴らとは喧嘩するし、ギールとも相性悪いし困った奴だな」
「鬱陶しいか」
「いいや、満更でもねえよ」
だから来いよと背中からひっくり返っていく。足を開いて恐る恐る腰を挟み込むと、今日のレウはなにも言わずに太ももを撫でてくる。やっぱり足なのかよと息を漏らしたエディスは、先にキスのひとつでもしたらどうなんだよと首に腕を回して引っ張った。




