5.蝶の花
その言葉を口にした瞬間、視界が回った。
柔らかいものに体を受け止められ、咄嗟に目を閉じたエディスの視界に入ってくるのは白い天井と、どこか焦ったように眉を寄せるレウだけ。
「逆に押さえられなくなりそうだ……っ」
なんでそんなに俺を掻き乱すんだと、エディスの体を挟んでベッドに手を突いていたレウが体を倒して、エディスの胸に額を押しつける。その頭を撫でて、抱きしめようとした腕を掴まれた。
「嫌だと思ったら、殴ってもいいから止めろよ」
「今は嫌じゃないけど……分かった」
掴まれている腕をチラリと見て「痛い」と言うと、力が緩む。手を伸ばして両頬を包むと、ゆっくりキスが降ってくる。小鳥が花を啄むように、何度も唇を合わせてからレウが離れていく。
「俺もここに触りたい」
行くなと手を伸ばして首筋に触れると、レウは「はいはい、お好きにどうぞ?」と上体を倒してきた。北部出身者特有の、雪のように白く滑らかな肌を指でなぞっていく。
「……んっ」と腹に力を入れて起きあがり、今度は唇で触れる。くすぐったいなとレウが笑ったことで動いた喉仏にも口づけると、噛むなよと額を指で押さえられた。
「犬じゃねえんだから噛まないって」
むうと額を手で押さえてシーツの上に戻ると、俺にもさせろと目を細めて笑う。
「跡はつけても?」
「見えないところなら」
普段から襟のある服を着ているから問題はないだろうと答えると、レウにぢゅうと強く皮膚を吸われた。
「うわ、思ってたより痛い」
「ようは鬱血だからな……」
やめた方がいいかと訊かれ、エディスは首を横に振る。もっとつけてくれと笑うと、レウは受領印じゃねえんだぞとぼやきながらも言う通りにしてくれた。
首、鎖骨を通ってエディスが着ているバスローブの合わせの中心までくると襟元を持って左右に割り開かれる。へ、と呆然とするエディスに構わず、レウは胸にも音を立てながら吸いついた。
「……ひゃんっ!?」
一度顔を離したかと思えば、胸の頂に吸いつかれて口から間抜けな声が飛び出ていく。手で口を押さえたエディスだったが、レウが驚きに目を見開いてこちらを見下ろしていることに気が付くと顔を真っ赤にさせた。
「アンタ」
レウが口を開くと手を押し当てて言葉を封じ、わーーーーっと叫ぶ。だが、うるさいと言いながら手を退けられてしまう。
「こんなことくらいで恥ずかしがってどうすんだ」
「恥ずかしいだろっ、あんな……あんな、声」
裏返った声を聞いてどうしてこの男は変だと思わないのかと睨みつけると、レウはため息を吐いた。
「変じゃない、ベッドでなら当然出るもんだ」
「お前も出るのか」
「さあ? それは自分で確かめるんだな」
これは出さないなと半眼で睨みつけるエディスの顔に、レウは堪えきれずに笑う。
「大丈夫だ、アンタはどんな顔や声をしてたって可愛いから」
「慰めにもなってねえぞ」
本心だと言い、上体を起こしかけていたエディスをベッドの上に戻す。戯れのように肌に触れてくる彼に、エディスは目を閉じる。要領が分からない限り、慣れている相手から教えてもらうしかないのだ。
「ここ、触っても?」
先ほど声を上げてしまったところの近くをツンと指で押され、エディスはうっと言葉を詰まらせる。
(できれば触ってほしくねえけどーー)
あれも嫌だ、これはするなでは相手もどうしたらいいか分からないだろう。ぺたんと真っ平らな胸を見下ろし、小さく頷く。
「さ、触るだけだぞ……」
こちらは自分の欲深さに嫌になってしまいそうなのに、レウは楽しげに目を細めた。よく言えましたと口づけられ、声が飛び出していく。
順調にいったのは触れ合いまでだった。は、と息を吐いてそろそろだろうと恥ずかしいながらも足を開こうとしたのを、物凄い力で止められたのだ。膝を両側から押さえられ「止めてくれ」と、「商売女みたいなことをしなくていい」と……。
「あ~、まあそうだよな」
尻の穴に挿れるのは抵抗感あるよなと体を起こそうとしたら、そうじゃないからと肩を押されて戻される。エディスが理由を訊ねると、彼は首を捻って顔を背けた。何度か口を開けては閉じて、唇を噛んでを繰り返した果てにようやく小さな小さな声を出す。
「……入らないから」
「拡げただろ。なんの為に準備してきたんだよ」
今日までの俺の苦労はなんだったんだ? というか、お前がやってただろと睨むと、レウはそうだけどなと顔を手で覆う。エディスは出たよ、土壇場で怖気づく癖が……とため息を吐く。
「ちょっと拡げただけで入るわけねえから、よく見ろよ!」
怒鳴られたエディスはベッドに両肘をついて体を起こし、そろそろと視線を下に向けていく。そして上に乗っかっている男の足の間を見て、目を丸くさせた。
「……わ、わかったか」
自分で言っておいて気まずくなったのか、上体を起こしてベッドに座ったレウに、まあと首を動かす。
「西部でよく見る人型蛮族魔物の得物くらいはあるんじゃないか」
「あの腰巻きつけて謎の儀式ばっか繰り返してる奴ら?」
一緒にするなと拳を落とされ、エディスはだってそうだろと涙を浮かべた。それに誰が棍棒だと言い返されるが、それにしか見えない。まあでも奴隷市や裏路地で見せられたブツも色々あったなと淡々と思い出していると、レウに声を掛けられた。
「アンタ、今なに考えてた」
「え? や、べつに……」
なにも、と言うが眉をきつく寄せて剣呑とした目をするレウは騙せなさそうな雰囲気だ。仕方なく考えていたことを口にすると、「あのクソ女」と舌を打つ。子どもに見せるもんじゃねえだろと怒りを露わにし、あっと目を見開いて頬に手を当ててくる。
「悪い、不快だったよな」
「……レウのだろ。そんなこと思うわけない」
触ってもいいかと手を伸ばすと、握り締められる。眉を顰めると、アンタの手に触られたら暴発しそうだから駄目だと笑われた。
「とにかく、俺は無理矢理ヤりたいわけじゃない。アンタは奉仕される側なんだぞ」
「俺はレウにも気持ちよくなってほしい」
「元から優しくするつもりで、今日ここに誘ったんだ。これ以上は”優しくなれない”から駄目だな」
聞き分けの悪い子どもに相対するかのように肩を竦めたレウに、じゃあどうすんだよと言いかけたが、名案を思いついて動きを止める。
「あ……なら、さ」
いついかなる時もレウが傍にいるわけではないので、時たま人に呼ばれて席を外した時に部下が円をなして猥褻な話をして盛り上がっているのを聞いたことくらいはエディスにもあるのだ。
ある部下がこう言っていた。足に挟んで擦られるのはいいぞとーー
「足に挟んでやろうか? 気持ちいいって聞いたけど」
なので内股に手を這わせて訊いてみたのだが、両肩を掴まれ「誰に言われたんだ」と凄まれた。神官服を着た時も足ばかり見ていたし、良い代替え案を出せたと思っていたエディスはなんで怒るんだとたじろいでしまう。
「ケ、ケイオス……」
なので素直に口にしてしまったのだが、レウはアイツと拳を握ってベッドを殴り、こちらに向き直っては「叱っておく」と眉間に深い皺を刻んで言う。
「なにも怒らなくても」
「アンタにこういうことを教えるのは俺だけでいい」
「仲間内で盛り上がってただけだぞ、可哀想だろ」
「アンタの耳に入れるのが間違いだって話なんだ」
そんな無茶苦茶なと言ってやりたいところだが、足を撫でながら「誰を見てそんなことを言ってたんだか」と吐き捨てているのを見てため息を吐く。これはエディスがなんと言っても怒られるだろう。すまん、ケイオス……とお調子者の部下の顔を思い浮かべながら謝った。




