5.死を恐れる男の復活
「ごめんなさい、役に立たなくて」
むしろ庇ってもらったりして……と肩を落とすロイに、エディスは気にすんなよと声を掛ける。
「その傷、治してあげましょうか?」
ずっと傍観していた神官長が唐突に口を開き、エディスは急になんだと不快感を滲ませて断りの言葉を吐き出した。
「ロイよりも適任がいますので」と言って扉を開ける。
そこから出てきた男に、エディスは開口一番「失せろ」と叫んだ。
「その面を二度と拝ませんな」
まるで毛を逆立てて威嚇する猛獣のように怒気を露わにするエディスに、レウやリスティーですら驚いて足を引く。
「血も涙もないんですね、僕に死ぬまでこんな所にいろと?」
「レウ。新しい剣買ってやるからアイツにやってもいいか」
返事をする前に剣を放り投げ、さっさと死ねよと言い捨てるとその男ーーシトラスは瞼を引き上げた。
「本当に、どうかしてる。こんなのが王になろうとしているなんて、許し難い事実だ! 死ぬなら罪人のお前の方じゃないですか!?」
「はっ、どの口が言ってんだよ。そっちは王女を見殺しにしたくせに」
「うるさいうるさいっ、お前なんか僕の苦しみが少しも分からないくせに!」
「そうやって自分だけいい子いい子してるから碌でもない奴になったんだな」
いつにない調子で煽るエディスの腕を引き「ちょ、ちょっと……どうしたのよ」と声を掛けるリスティーに、レウがやめとけと首を振る。
「もしかして、この人がシトラスさん?」
「そうです、適合もしていないのに僕を騙したコイツに付き合って、苦しんで……なのに! あげくの果てにはこんな、投獄のような扱いまで受けたんですよ。酷いと思いませんか!?」
相手が可愛い女の子だと分かると急に同情を引こうとする。浅ましさに嫌悪したエディスが「いいから下がってろ、こんなのと話さなくていい」とリスティーをレウとロイに預けた。
「お前に使われていた頃の僕とは違うんだ!」
この力はこう使うのが正しいと言って、シトラスが能力を発動させる。だが、【全てを進める者 起動します】と文言が変わっていて、なに言ってんだコイツと言い掛けた。
「い゛……っ!?」
じゅっと熱した鍋に水滴が垂れた時のような音が肩口でし、次いで鋭い痛みが加わる。
黒煙の上がる肩にエディスは瞠目したが、沸騰する頭が怒りで染まって口より先に体が動いた。飛び出していったエディスはシトラスの胸ぐらを引っ掴む。その拳でシトラスの胸を突いて床に押し倒した。
胴に乗り上げて無防備な頬を殴ろうとすると、後ろからレウに引き剥がされる。
「なんでだよ……っ! コイツ、コイツは」
振り払おうとすると今度はリスティーが前から手を押さえ込んできた。
「俺もシルク様の件では怒ってるが、なにもアンタがやらなくていいだろ」
いつか報いを受ける時がくると言うレウに、エディスはのうのうと生きてるじゃねえかと言い返したくなる。どうしてもシトラスのことになると感情の抑えが効かない。
「余計に傷が悪くなるって!」
「そうそう、ほっといて行きましょ」
リスティーに背中を押され、納得がいかないまま歩きだす。神殿を出て、軍部の執務室に帰ってきてからようやくロイまで連れてきてしまったと慌てて彼を振り返り見た。
「あ、俺のことは気にしないでいいんで……」
手続きに関して話さないといけないと思ってと言われ、エディスは悪いなと笑おうとして上手く表情を作れずーー「悪い」と謝る。
斜め上に顔を向けた。顎に手を当て、目を伏せて何事かと考えているレウの腕を引く。敵として現れた家族のことを憂いているところ申し訳ないが、愛妾としての仕事をしてくれとしなだれかかる。
「俺のこういうところが、あの人たちに不信を感じさせるんだろうな」
「他にどこに行こうっていうんだ」
困ると言って後頭部に手を当て、胸に押し付けられた。手を伸ばして他人に開かれた襟元のフックを留めると、レウは気まずそうに「負けてすみません」と視線を外す。
「怪我してなきゃ、それでいい」
全適合の能力者なんて強いに決まってる。だが、レウは「ギールの奴も平然としてたしな……自信を失くしそうだ」と目を閉じて息を吐く。
「いい、負けたって別に。戦わなくても、傍にいてくれるだけで……っ」
ぼとぼとと、止められなくなった涙が落ちた。瞼を閉じるとシルクの快活な笑顔が浮かんできそうで、エディスは目を閉じるのを堪える。
(なんだってハイデはあんな奴を……)
いいや、理屈は分かる。キシウが愛する男の血筋を立てる為だと、自分たちの言いなりにならないシュウの代わりでしかないと。だが、そうだとしても上手く動かせるのか? と疑問を感じてしまう。
「リスティー、エドとフェリオネルを呼んできてくれ。話すことがある」
「分かった。ね、あなたも来る?」
「あ、……え。あの、二人って。もしかしてホントに」
こちらを指差しているロイに助けを求められたリスティーは組んだ腕を解いて「これいつもの光景だから、早く慣れてね」と片手を上げた。それにロイが「えぇ……」と言いながら二人で外に出ていく。
ドアが閉まった音がした瞬間、エディスはレウの首に腕を回して引き寄せた。強引に口づけて、何度も角度を変えて触れ合わせる。
舌で唇を舐めると迎え受けるように開かれたので、舌を潜り込ませた。
「……泣くなって」
涙を吸われ、エディスはお前は泣けよと言い返す。だが、レウはこんなことじゃ泣けねえよと口端を歪めて笑う。
「慰めてやりたいところだけど、最初がこれは俺が嫌だな」
とびっきりヨくしてやりたいからと言われ、エディスはわけ分からなくしてほしいのにと俯いて眉を寄せる。
「……シたくないからじゃなくてか」
自信のなさからそう言うと、レウはなんでそうなると鼻をつまんできた。ここまで手を出さないなら自分じゃ勃たないとか、趣味じゃないからヤる気が起こらないとかの理由がありそうだという考えからだったのだがーー
「優しくしてやりたいんだよ……俺の気持ちだって考えろ」
アンタの初めてが慰めあいはムードがなくて絶対に嫌だと徹底的に断られたエディスは、じゃあキスしろという意を込めて彼を見つめた。
レウはガシガシと頭を搔くと、エディスの肩を手で包んでくる。まぶたを伏せたレウの顔が近づいてきて、目を閉じた。
「一度くらい俺の理性に感謝しろよな」




