3.外交官のロザリオ
「もう結婚しないといけないんだろ」
だが、レウの言葉にロイは体を硬直させた。エディスも驚きの声を上げて二人を交互に見る。そろそろと頭を上げたロイと目が合うと、彼は視線を彷徨かせながらも口を開いた。
「神官一族ってあるじゃないですか」
訊かれ、なんとなくはと返すと隣から肘で押される。エドワードから聞きかじっただけの情報だが、しっかり頭には入っていた。
「バスターグロス家みたいに、代々神官をやってる家系がいるんだろ」
ミューレンハイカ家とアマリア家。それに、王の包帯と呼ばれているキャンベル家。この三家は神殿で生まれ、暮らし、没していく。レウが幼稚舎を出た後に軍事学校に通ってそのまま入隊したように。
「まあご存知の通り、うちはそれなんだよ。でも俺は」
天井を見上げたロイの口からこんな石塔じゃなくてという言葉が飛び出す。
「外の世界を見に行きたいんだ」
”外”というあまりに大きなくくりに、エディスは外かと聞き返した。
「海の向こう側には、うちじゃない国があるもんな」
船さえあればどこにだって行ける。外の国に関する物はすべてレイガス王ーーいや、キシウかブラッド家ーーの手によって処分されてしまった。だが、だからこそ想像が膨らんでしまうのだ。
「そこには魔法があると思うか」
「あ……るんじゃないですか」
気にするとこはそこなのかとロイが笑い、レウが本当になと呆れ顔を崩さない。
「ロイさ、俺の外交官になってくれよ」
手を差し出したエディスに、ロイは冗談の延長線だとでも思ったのかなにかと聞き返してきた。
「神官はやりたい奴がやればいい。神官が神殿以外にいるなって決まりなんて無くすからさ」
外交官やってくれともう一度言うと、ロイは「外交官って、つまり……他の国と話す使者ってこと?」とまじまじとこちらを見てくる。
そうだと肯ずると、ロイは目をまん丸にして「俺が?」と小さく漏らした。
「俺に、そんな大切なお役目ができるんですかね」
「なに言ってんだよ、コイツと初対面で笑って話せる奴なんて中々いないんだぜ。素質あるよ!」
親指でレウを差しながら言うと、おいと指を包んで下げられる。ははっと声を立てて笑うと、ロイが手を伸ばしてきた。
レウからもぎ取った手で迎え、握りしめあう。
「その、よろしくお願いします……っ」
恥じらうようにロイが微笑むと、机が光った。正確にはロイの腰元が白い光に包まれている。
「うわっ、お前どこ光らせてんだ!」
「股間じゃないよ!?」
レウの大きな手に目を覆われたエディスは離せと腕を叩く。二人が喚いているのに頭の中で【第二の賢人ーーロイ・ミューレンハイカ】という声が響いて、頭が痛くなってきそうだった。
「ロイ。レウも、静かにしてくれ」
うるさいと口を尖らせてレウを見上げると、彼はぐっと喉を鳴らす。神殿にいるのになにを考えてんだと腕を抓る。
「なにが光ってたんだ」
今までの傾向から考えると身につけられる物である可能性が高い。検討をつけながら覗き込んだエディスは「あー、やっぱり。悪いな」と眉を潜めた。
「コイツのこれみたいに、常に携帯できる物になるみたいなんだ」
わざとじゃないと伝えたくてレウの腕を掴み上げ、腕輪を指差すとロイはなるほどと指を差す。
「まー、それなら俺はこれになるの納得できるよ」
ロイはこれしか付けられないしねとロザリオを手のひらにのせる。薔薇が彫られた銀のロザリオにレウの眉間の皺が深くなり、何故かこちらを見てきた。
「……なんだ?」
なにか感じることがあるのかと訊ねると、レウは何事かを言おうとして口を動かずがどれも音にならず喉奥へと消えていってしまう。浮かせた腰を落ち着かせたエディスがなんでもいいから言えと見つめるも、「いや、なにも」と黙り込む。
「俺の思い過ごしかもな」
そう言って目を細めて見てくるレウに、ロイはえっ? と顔を引きつらせた。
「えっ、俺なにか」
「いいや? 俺の気のせいだ」
そうだろうと同意を求めるレウの圧に、閉口した彼は弱い声を出す。
「なんのことか分からないけど、たぶん……きっと、そう」
おそらくと曖昧な言葉ばかり並べ立てるロイに、エディスは首を傾げてなんの話だとレウの服の袖を引っ張る。その手を握ってきたレウに微笑まれ、なんなんだと見返す。
「あ、あーー! 分かった……うわ、違う。ちがいます」
こわ、ちがう、そんな不敬なと呟くロイに、レウは満足したように笑ったがエディスには理解ができない。二人だけが分かり合ったように笑い合っているのだから。
「なんだよ、二人だけで分かりやがって」
説明を求めてみても二人は秘密だと言ってはばからない。そうなると面白くないのはエディスだけで、わざとむくれてみせるのだった。




