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【全年齢版】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?  作者: 結月てでぃ
番外編:追憶の銀雪

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3.体当たり戦法イノシシおじ

「第一、お前らは弛んでおるのだ!」

 なにかと思えば、廊下に軍兵器開発部の奴らが立たされている。その前で右往左往しているのは、いたく評判の悪い戦闘科の軍人だった。どう見ても嫌がらせやいじめの現場で、レウはなにを考えているのかとデイヴィスを見下ろす。

 レウたちが近くまで来たのを見て取ったソイツは血相を変えたが、デイヴィスがなにも言わないのに気付くと「こんな金クズばかり愛でおって、それでも軍人か?」と声高に主張を続ける。

 この人のことを知らないのかとレウは嘆息した。

 柔和に微笑んではいるが、デイヴィスの目は笑っていない。なにを狙っているのかと、レウは静かにデイヴィスの斜め後ろに立つ。

「武器なしで敵に突っ込んでいく気ですかね」

 後ろ手に組んだ手を離して口の横に持っていき、体を傾けてデイヴィスに言うと彼は笑みを深める。随分と巨体なので、体当たり戦法を得意としているのかもしれない。

「鍛錬はしておるのか、してないだろう。部屋にばかり引きこもりおって。まったく、最近の若い奴らときたら」

 こちらの視線を気にしているのか、時折横目で見てくる。そうすると他の者の”助けてくれないのか”という視線を受けることになってどうにも身の置き場がない。

「前線ではこのようなことは通用せんのだぞ。鉄の玉ばかり頼っていると死ぬぞ! どうせお前らは前線の怖さも知らんのだろう」

 軍兵器開発部が新作の試験を前線でしているのを知っているので尚更だ。あの男が前線に出ていないから知らないだけだろう。

「彼の姿、最近任地で見かけないよねえ」

 こんな老兵でもたまぁには行くのにと背の低いデイヴィスが囁くので、口から息が漏れ出る。

 一列に並ばせた開発部の軍人の前をふうふうと息を吐きながら歩きまわる男の足音は、ここからでも聞こえてきそうだ。時折足を止め、自分の話をちゃんと聞いているのかと問いただすところに自信のなさが現れているように見える。

「聞いておるのかと聞いて、お前ぇ!」

 だが、頬を殴打する音が聞こえてきてレウは目を鋭く細めた。女性の悲鳴に似た声が聞こえてくる。

 そもそも軍兵器開発部は戦闘科に比べると、女性隊員の数が圧倒的に多い。だからこそ居丈高に振る舞う者が多いのも現状だ。

「儂の名は、儂の名は……っ」

 ぶるぶると体を震わせ、近くにいる軍人に唾が飛ぶのが見えて視線を逸らす。汚いと呟いてしまい、デイヴィスにこらこらと肘で突かれた。

「知ってますよぉ。ギルバート・スミス大佐でしょう。エンパイア家の遠縁の」

 一人だけ壁に凭れかかって立っていた奴が手を挙げて発言する。ふわふわと欠伸を繰り返していて、よく目を付けられないなと思っていた奴だった。

「そう、そうだ! よく分かっている奴もいるじゃないか。お前、名前はなんだ!?」

 ソイツが笑ったのが分かる。それが、皮肉気な質のものであることも。

「ジェネアス・フロイード一等兵です」

「そうだ! こ奴が言うように、儂はあのエンパイア公爵家の親戚なのだぞ!」

 そうなんですかとデイヴィスを見ると、彼は「水のように薄い縁だがね」と狐のように目を細めて笑う。

「その儂の言葉をちゃんと聞かんか。欠伸をするな!」

 癇癪を起したスミスが一等兵の頭を掴んで壁に叩きつける。だが、ソイツは石頭なのかふわりと欠伸をした。

「さっき戦場から帰ってきたばっかなのに、つまらないお話を聞かされて眠いんですよぉ」

 もういいですかぁと言う一等兵の頬を固めた拳で殴りつけ、聞き取り辛い発音で何事かを叫ぶ。

「ちなみに彼、トリエランディア大将の腹心ね」

「それは……それは、やらかしましたね」

 なら、この場でなくても後でトリエランディア大将から手痛い仕返しを食らうだろう。いい気味だ。

「た、弛んどる。これは、実に弛んどるぞ!!」

 弛んでるのはお前の腹だと口にしそうになり、手で押さえる。

 まだ言うかという気持ちが伝染していく場に、はあっと大きなため息が聞こえた。スミスが黙ったタイミングだったので、やけに大きく響く。

「お前、何か言いたいことでもあるのか!!」

 人の目が気になるのか、今度はため息を吐いた張本人を問い詰め始めた。緑色の髪に、白衣を着た男だった。

「名前は」

 男は気まずそうに男を見据える。それに頭痛がしてきそうだと、こめかみを指で揉む。あの男を知らない馬鹿がこの国にいるとは……。

「シュウ・ブラッド中尉であります」

「ブラッド? あのブラッド家か!?」

「えぇ……はい。まあ、一応」

 この国のあらゆる事業を支えているといっても過言ではない家系の、族長そっくりの顔が分からないとは恐れ入る。

「ブラッド家の中尉が儂に言いたいことでもあるのか」

 言っても言わなくても頭にくるのは違いないと悟ったのか、ブラッドは腕を組んで男を真正面から見返した。その視線の真っ直ぐさに、意外だなと驚きが出てくる。

「随分と横暴な真似をなさるのですな」

 嫌悪を露わに、他の者を庇うように一歩足を踏み出す。

「皆に手を上げるのはお止めください。本来ならば軍法会議にかけられて然るべき事だ」

 鋭い目つきで睨み付ける姿に、隣のデイヴィスが小さく拍手をする。

「軍法会議にかけると言いたいのか!? なっ、成金のくせに調子に乗るな!!」

 殴ろうと振りかぶった手は、ブラッドの隣に立っていた派手な色の頭髪の男が受け止める。血相を変えたブラッドが制止を促すが、その前に派手髪の男が突き上げた拳がスミスの顎を直撃した。

「シルベリア、お前なあっ!」

「よし、逃げるぞ!」

 お叱りは後だとブラッドの肩を掴んで後ろを向かせた男が走っていく。悶絶していたスミスだったが、しばらくすると猛然と追いかけだした。

 デイヴィスに行こうかと促され、どうしてこんなのを見続けなければいけないんだと辟易しつつも大人しく彼に付き従う。

 スミスに気が付いた二人は「うわ、追ってきたぞ!」と叫びながら訓練場に侵入していく。丁度訓練が終了したのか、ぞろぞろと戦闘科らしき軍人が入れ違いに出てきた。

 他と僅かに違う戦闘服を身に着けた少年が前から歩いてくる。それを見たブラッドと派手髪が同時に「エディス!」と叫ぶ。

 少年は二人の慌てように首を傾げたが「わっ、儂を舐めるな!」と言いながら顔を真っ赤にして走ってくる男を見て、二人の前に出た。

 欠伸ばかりしていた奴がレウの隣まで走ってきて「危ないッス!」と叫ぶ。

「うちの軍師准尉になんの用だよ!」と庇うように出てきた軍人が体当たりで吹き飛んでいく。もしかしたら本当に魔物の一匹や二匹、体当たりで殺せるのかもしれない。

 いやでも、屈強な戦闘科でさえ地面に寝転がる威力なのに、あんな細い奴がまともに正面から受けたりしたら――けど、手出ししたら処罰を受けることに……。

『増援に来たのが俺だけでごめんな』

 必死に泣くのを堪えたような顔が、閉じた瞼の裏に浮かぶ。胸に抱いたのは、猛烈な憤りだった。

(アンタが本当にエドワード王子なら、護るのは俺たちだろ!)

 痛々しい音がして、目を開くとシールドに体当たりしたスミスの姿が見えた。「あらら」とデイヴィスが面白がって、レウの腕を何度も叩く。

「あ……」

 顔面からシールドに衝突した男は、白目になって後ろに倒れていく。拳を握ったまま巨体がひっくり返って、地面が揺れて土埃が立つ。うわあと悲鳴を上がるが、エディスは後ろの二人に抱えられてそっくり返る。

 魔法の使用者を捜す目がうろつき、やがてレウの方へとおずおずと向けられた。

 驚きに瞠られた青い目と視線が合って、心臓が跳ねる。その頬を、手に触れて身を案じる権利が――隣で彼を護る権利が欲しくて喉がひりついた。

「このオッサン、どうしたんだ?」

 なんなんだよと指を差す子どもに両側から抱き付いている男は、「苛められた!」「軍兵器開発部なのに物作ってたら因縁つけられた」と口々に訴える。

 すると、青の瞳に苛烈な色が差す。この場にいる誰よりも華奢な体なのに、そこから出る覇気には凄みがあった。

「戦場に出ている軍人に理由も無く不当な暴力を振るった、ってことだよな」

 美人の真顔が怖いってのは本当だったのかと納得してしまいそうになる。背筋が震えそうな程に冷ややかな顔になった子どもが自分の上官を呼ぶ。片手を腰に当て、指でスミスを差す子どもに上官が笑い声を立てた。

 部下に呼び立てられたのに妙に親し気な上官は子どもの頭を撫でると、スミスを何人かで抱えさせ、引っ立てていった。

「もっと早く来たら良かったな……ごめん。皆、無事か?」

 シルベリアが庇ってくれたから無事、とくすんと鼻を鳴らしたブラッドに子どもが苦笑いになる。

「受け止めた俺の手は赤くなったけどな。シュウが舐めてくれたら痛くなくなるかも」

「なんで舐めなきゃいけねえんだよ、お前さっきまで魔物の死体触ってたし、御免蒙る」

「シュウが冷たい……」

 両側で騒いでいる二人を引きずりながら歩いていって、「怪我してる奴がいたら医務室に連れていくから、手を上げてくれ」と叫ぶ。

 殴られた二人が素直に手を挙げたが、一人目は軽傷なのでと断って自室へと帰っていく。

「フロイードも壁に叩きつけられてただろ。大丈夫か?」

「えっ、そうなのか!?」

「いや~、石頭なんで無傷なんスよねえ」

 でも撫でてくださいと子どもの前に座ったフロイードの頭を素直に撫でて、たんこぶができていないか頭をまさぐる。

「……それで、俺になにが見せたかったんです」

 和やかな雰囲気になってきたので、ようやく口にできた。笑い声を立てた爺は、口髭を触る。

「彼ねえ、この間まで南に行っていてね。反軍を自分の私兵団にするっていう快挙を起こしたんだ。昇級して自分の隊を持つことが決まったんだけどーー」

 細く歪んだ目に射止められ、怯みそうになった。唾を飲みこんで続きを促すとデイヴィスは口髭をピンと伸ばして手を離す。

「君、彼の隊に入らない?」

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