4.あっ…コイツ苦労人だ
「おーい、生きてるかー」
「生きてはいるだろ、馬鹿」
長髪の青年が、獣耳が生えている青年の頭を拳で殴った。
「じゃあ、気分悪くねえか? 大丈夫かよ」
「なんとか」と言ってエディスは体を起こそうとしたが、グルグルと目が回って難しい。先程空中で回転したせいで三半規管が狂ってしまったようだった。
「大丈夫じゃなさそうだな」
殴られた頭を押さえ「どうする」と長髪の青年の方を向く。が、すでに青年はそこにはいなかった。
「おい、どこに……」
青年は慌てたが、ビーッとけたたましい音が近くからして背筋を伸ばす。驚きのあまりか獣耳も引っ込んだ。
「コラー! 誰だ、そこにいるのは!」
次いで、警棒を振り回した中年の軍人が二人に向かって突進してくる。
「やっべえ! おい……って、動けないのかよ」
自分にもたれかかって息を吐くエディスの背を叩くと「あんの女王様、いっつもいっつも俺に面倒ばっか押し付けやがって!!」愚痴を垂れながらもエディスを背中におぶって走り出した。
「おい! とりあえずは逃げるけど、話は後でちゃんと聞かせろよテメエ!」
エディスは揺れる意識の中、小さく頷いた。
気分は悪いが、なぜか、とても気持ちは良かった。今、自分の傍にいるこの青年の雰囲気が、あの優しい黄昏に少し似ていたからだ。そう、別れてしまった兄のような男ーードゥルースに。
「おーシュウ、その様子だと上手く撒けたみたいだな」
必死に階段を三階まで上がっていくと、壁にもたれかかっていた長髪の青年が片手を上げてにこやかに笑う。
「シールーベーリーアー……お前、俺を囮にしやがったな!?」
「お前が鈍いのが悪いんだよ。気配ぐらい察しろ」
ふん、と鼻で笑われた青年は押し黙った。
「お前、どこから逃げたんだよ……」
「医療部のお姉様が助けてくれたんでね。そこにちょっと」
コンコンッと背後のドアを叩いた。そのドアは、女子寮へ続くものだ。それを見た青年ーーシュウは「お前にはホント、負けるぜ」と大きく息を吐いた。
「ところでシュウ。それ、どうする気なんだ? その大きな荷物」
長髪の青年ーーシルベリアが片目を閉じ、指差されたエディスは慌てて「お、下りるっ。もう大丈夫だ!」と言ってシュウの背中から下りた。
「本当かあ?」
「本当だ」
むぅと頬を膨らませたのを見、シュウは「ならいいけど」と片眉をしかめる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
照れたように頬を掻いたシュウの肩に腕を回したシルベリアが「可愛いな」と言われ、エディスは半眼になった。
「あー……他意はないぞ。俺は女に不自由してないからな」
シルベリアは「素直だなって褒めたんだぞ」と言いながらエディスの髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「可愛いってのはこんなのを言うんだよ」
「……まさか俺のこと言ってんじゃねえだろうな」
目線をエディスに合わせてシルベリアが隣に立つシュウの頭を指差す。爪も耳はすでに引っ込んでいたが、シルベリアにほらほらと促されるとため息を吐きながらぴょこりと獣耳を出した。
エディスはそれに手を伸ばし、触れる。
「柔らかい。……可愛い」
ふんわりと幸せそうに微笑んだエディスを見て、シルベリアが吹き出して笑った。
「可愛いだとさ。みっ、耳がお気に入りのようだぞ、シュウ!」
「うるせえなお前は!!」
大笑いするシルベリアにシュウが怒鳴った時、くしゅんっという小さな音が聞こえた。
「……くしゃみ?」
シルベリアが首を傾げると、もう一度エディスがくしゅんとくしゃみをした。
「とりあえず、部屋に戻って風呂でも浴びるか」
「そうするか!」
和やかに笑う青年二人。だが、エディスは手の影からシュウと呼ばれた青年のことを青い目で見つめていた。




