1.愛しの騎士たち
「それじゃあ、行ってくる」
エドワードにはなにも言わずに出てきた。とはいえ、外に出る警備は手薄にしてあったし、こちらの考えなどお見通しなのだろう。
ドラゴンに乗り、出立の準備を済ませたエディスの周りにいるのはごく僅かだけだ。三人の騎士と、初めからいた部下――その、たった五人。
腕を引かれ、レウかと思って見下ろすと色の違う緑と目が合った。
「あなたの手足になれたらと、そう思わずにいられません……っ」
声を絞り出したフェリオネルの目から涙が散る。手に縋り付いてくる彼の頭を撫で、エディスは己の騎士たちに向かって腕を広げる。
「おいで」
ドラゴンから降りて呼びかけると、真っ先にリスティーが飛び込んできた。
「ぜったい、絶対帰ってこないとゆるさないからっ!」
涙まじりで聞き分け辛い声に笑ってしまいそうになり、はいはいと背中をぽんぽんと軽く叩く。まだ片手を離さないフェリオネルと違い、彼女はすぐに顔を上げて横に位置をずらして別の者に譲った。
代わりに正面に立つ男を見上げ、肩に手を当てた。
「アイザック」
レウたちは兄貴たち路地裏の住民に付き添われ、街に潜む手筈になっている。負ければ、レウの元上官のデイヴィスか西で保護してもらえるようジェネアス伝てにトリエランディア大将に頼んだ。
それとは別に、アイザックだけは軍に戻る。
「世話になったな」
そう言うとアイザックはエディスの手を取って微笑んだ。
「まだお世話をしたいから、戻ってきてくださいね。俺はいつまでも、あなただけの部下なので」
「おう、戻ったらよろしくな」
アイザックは敬礼をしてから後ろに下がりーー背後を振り返った。それから、少し距離を置いて立つ男の名前を気遣わしげに呼ぶ。
「俺はもう話した」
だが、壁にもたれかかっている奴は澄ました顔でそう言った。
「あたしが連れてったんでしょーが」
アンタ重かったんだからね! とリスティーが怒っても知らん顔をしている。この間は引き止めたくせに、勝手な男だ。一向に離そうとしないフェリオネルとは大違いだ。
(これが今生の別れになるかもしれねえってのに)
心残りになったらどうしてくれるという意味を込めて睨むと、レウは少し慌てたように壁から背を離す。だが、きまり悪そうに視線を外された。
「帰ってきたらだ。褒美が欲しければ帰ってこい」
よく見たら目の辺りがほの赤くなっていて、それだけで満たされた気持ちで胸が溢れていく。
「どっちが主人なんだか」
笑うと心がほぐれたようで、泣いてしまいそうになったエディスは顔を上げる。だが、未だ己の手を握って離さない騎士に目を閉じた。
「フェリオネル、そろそろ……」
「フェルとお呼びくださいと言ったではありませんか」
見下ろすと潤んだ目で見つめられ、負けを悟ったエディスは素直に「ごめん、フェル」と返す。彼の肩に手を当てて後方に視線を送り「アイザック、頼んだ」と目を見つめると、胸に拳を当てる。
「はい。ご武運を」
ドラゴンに跨り、ようやく自由になった手で手綱を握る。エディスがいない間にレウたちによく躾けられた子ドラゴンが仰ぎ見てキュウと鳴いた。
それから一人遠くにいる愛妾の名を呼ぶが、鼻筋を手で押さえて俯いている彼はこちらを見ようともしない。子どもを叱りつけるように声を張り上げると、ようやくこちらを横目で捉えてきた。
「身の振り方は自分で決める。誰かに決められるなんざ反吐が出るし、御免だ」
エディスとて好き好んで泣かせたいわけではない。傍にいて護らせてやれればいいだろうが、部下だけ前線に向かわせて自分は安全区域にいるような上官なんて首を落としてしまえと自分に苛立つ気性だ。
「そもそも俺に黙って殺されるような殊勝さがあると思ってんなよ。劣勢になった時、俺がどうするか今まで見てきたなら知ってんだろ」
「え~っと、範囲攻撃魔法の連発ですかね」
「がむしゃらに突っ込んでって群れのリーダーから殺す。で、怒ったり逃げ惑ったのを一対複数で追い詰める」
駄目ですよ王様も高位貴族もいるんですからと窘めるように首を振るアイザックと、呆れたように腰に手を当てて首を傾けるリスティー。
「……精神干渉系の魔法で錯乱させるもありえるだろ」
レウですらぽつりと呟いたので、苦笑いを浮かべているフェリオネルを顎で促す。彼は手を握って他の面々を見渡してから怖々エディスを仰ぎ見た。
「一旦やられたフリをして、敵が安心してから強襲とかですか……?」
泣きそうになっているフェリオネルに優しく微笑みをたたえて頷くと、安堵したように息を漏らして俯く。
「お前らが俺をどう思ってるかはよく分かった」
だが、エディスにそう言われると顔を勢いよく上げて「あっ、えっ」「その、違うんです」と言い紡ぎ、泣きそうに顔を歪める。
「その俺が”行ってくる”つってんなら、帰ってくる気があるってことだ」
口にした途端、リスティーの目がじわりと潤んだ。「やだっ、さっき止まったばっかなのに」と俯き、隣のアイザックに背中をぽんぽんと叩かれている。
全員の顔を焼き付けるように見渡してから、ドラゴンを飛び立たせた。
「愛してるぜ、お前たち」
我ながら感傷的になりすぎている。そう感じながらも口にした言葉に応える声があったように聞こえ、エディスは手を振った。




