責任そして、講和
目を開くと澄み渡る快晴が視界いっぱいに広がった。
上半身を起こすとそこが医務室だった場所だとわかった。そこで、私はベットの上で寝かされていた。
「良かった。目を覚ましたみたいだな」
真白が一番に声をかけてくれた。バクとレイカは机の上に書類を広げて、何やら話をしているようだった。それよりも気になったのは隅っこの椅子で片足を太ももの上に置いて、さらにその上に肘をついて、不機嫌そうな顔で頬づえをついているラクタの姿だった。
「にいさん、体は大丈夫なのか?」
「うん、太ももは痛いけどもう大丈夫。みんなの方は体調に問題はない?」
「私たちは平気だ。そこのラクタという奴が全員の面倒を見てくれた」
「そっか、ありがとうラクタ」
「チッ、命令されたんだよ。治療と伝言をな」
ラクタはそっぽを向いて答えた。
「明日の正午までにスラング学園を放棄しろ。さもなくばもう一度アレを使うと。それとあんたにはもう一つ。日を改めて、話がしたいだそうだ」
このままだと、スラング学園は乗っ取られる。きっとスクエアの子が入り、トゥルップとの共同支配をとるだろう。
「ラクタ、ティアの身は安全なのかな?」
「私に答える義理はねえが、トゥルップは欲しがってたぜ。あんたらが人質の間は安全だろうが、そうでなくなった時どうなるかはわからないな」
ティアには私達が人質で私達にはティアが人質に取られているわけか。
「一応言っとくが、私に人質の価値はないからな」
「私は子供を人質になんかしないよ」
「あっそ」
「ラクタはスクエアをまとめているんだよね」
「まあな、でも別に頭が私である必要なんかねえ。なんならティアとか言う奴がなるんじゃねえか。私もろともあんたらを滅ぼして、一石二鳥ってな……ってそんな顔すんなよ。冗談だろ」
そんなことを言ったら悲しいよ。ラクタも生きているのだから。しかし、今の私が話をしても信じられないと思う。彼女も大人に期待なんてしていない。スクエアは今よりも自分たちが生きやすくなるように行動しているのかもしれない。
「にいさん……」
バクは疲れた顔で私を呼んだ。
「私達はどうすればいい。武器の大半を失い。黒鉄ノーブの兵器を突き付けられて、ティアまでも人質に取られてしまった。花音が生徒会長ならこうはならかった。もっと速く気がついて、手を打っていた」
左目の赤い瞳からは闘志が消えていた。
レイカは心配そうにバクを見た。真白はかける言葉が見つからず、伸ばしかけた手が宙ぶらりんになっていた。
「バクは何を一番大切にしたい?」
「それはもちろんティアだ。けれども、私は生徒会長として生徒の生活を守らなければならない」
「うん。全部大切だよね。だから全部諦める必要はないよ」
「そんなことは不可能だ。方法がない」
「全力で抗おうよ。全ての責任は私が持つよ」
「どう責任を取ると言うのだ」
「私はこれでも学園総管理局臨時代表だからね。最悪の事態になっても衣食住は保証する。それともバク達はこのまま全てを諦めて、トゥルップの言いなりになるの?」
バクは口を噤んだ。彼女はスラング学園の生徒会長だ。圧し掛かる責任も大きい。個人的な感情を排除して、生徒のことを考えないといけないときも少なくないだろう。
彼女が答える前にレイカが口を開いた。
「会長、私はにいさんと賭けたい。ティアが苦しむのもトゥルップの言いなりになるのも嫌」
次に真白が銃を握って話し出した。
「私もそうだ。日夜この銃を握ってきたのはスラング学園の生徒を守るためだ。花音が守ってくれた平穏を私は終わらせたくない」
数秒目を閉じた後、バクは闘志を宿した目で私に頭を下げた。
「スラング学園生徒会長として正式に学園総管理局臨時代表雨宮志音氏にお願い申す。どうか、私達と共にスラング学園を、ティアを救ってくれ」
「任せて」
私はラクタの方に向かって歩いた。そして、ラクタと同じ目線に立った。ラクタは目をそらしがちに言った。
「んだよ。別に今の話を伝えようって気はないぜ。私はそこまで命令されてねえからな」
「ありがとう。それとは別に聞きたいことがあるんだ」
「なんだよ」
「スクエアの子たちはトゥルップが好きなわけではないんだよね」
「当たり前だ。今よりもマシになるから従ってるだけだ」
「じゃあ、ラクタも協力してくれないかな?」
「は?なんで、負け馬なんかに乗らなきゃいけねえんだよ」
ラクタは意味が分からないと困惑していた。それでも私が一瞬たりとも目線を反らさずにいるとラクタは頭を雑に掻いて言った。
「勝算はあるんだろうな」
「ラクダが協力してくれればずっと可能性は高い」
「んじゃ、聞かせろよ」
「私たちは一度スラング学園を放棄する。トゥルップは確認のためにもう一度あの兵器を学園に打ち込むだろう。その後、スクエアが学園を乗っ取る。形はどうであれ女学生が統治をすることが定められているからね。きっとその長はティアになるだろうから。ラクタにはスクエアの生徒に連絡してティアの安全を守ってほしい。あくまで、トゥルップと協力しているようにみせかけてね。その間に私達がトゥルップを壊滅させる。バク達が見ていた資料に拠点は書いてあったよね」
「ああ、拠点はわかっている」
「これのどこに勝算があるんだよ。まず、この上にある兵器はどうする。壊滅させられることを天秤にかけられたらあいつは間違いなく使うぞ。私達に向けてならともかく、あんたらに向けられたら勝てないぜ。あの兵器の厄介なところはどういうわけか対象を選択して、当たらなくすることができるところだ。それにティアを長にするのは同意見だが、今すぐにするかはわからないぜ。教育と称して洗脳が完了するまで、あいつらが管理するかもしれねえ」
ラクタの指摘は至極当然だった。計画内容はラクタにも知らされてはないようだからすべては推測に過ぎない。これに賭けるのは確かに分が悪い。
「確かに。でもね、スクエアがこちらにつくだけで、トゥルップは学園を支配できない。それにこの兵器は多分完全な状態じゃないと思う」
「その根拠は?」
「もし、この兵器が何度も使えるなら私達に学園を放棄させずに使えばいい。それにこの兵器をどうやって見つけたかはわからないけど、黒鉄ノーブたちがわざわざ歴史から消すほど強力な兵器をそのままにして残すとは思えない。それにティアを縛り付けていられるのはこの兵器によって私達が人質にされているからだ。最初に兵器を使った直後なら短期決戦でどうにかできる」
「なるほどな、根拠としちゃ少し弱いがスクエアとスラング学園が協力すれば確かに短期決戦で終わらせられる。それで、一番肝心な協力の対価はなんだ」
「スラング学園にスクエアを入学させる」
「は?嘘だろ。私たちは敵対してたんだぜ」
「今回の件が上手くいけばわだかまりは多少解けると思う。スラング学園を救ったとなれば入学できない理由はないからね。それにこれは個人的な気持ちだけど、やっぱり子供には教育の機会があってほしいんだ」
そう言って微笑むとラクタは考えるそぶりをした。
「バク、入学事態に問題はないよね」
「ああ、学園とティアを救ってくれるんだ。あるはずがない」
「ちょっと待て、それだけじゃ乗れねえ。私達は一度落されてんだ。路頭の末にスクエアに入った奴も多い。簡単になっとくなんてできねえ」
「だから、スラング学園の中にスクエアという組織を残す。それと、スラング学園の入試制度を失くす」
「……それなら悪くねえが、下手をしたら今より治安は悪化するぞ」
「それでも、スラング学園もスクエアも見捨てることはできない。私はラクタが橋渡しをしてくれると思っているよ」
「何を勝手な事抜かしてんだ。それで、あんたは良いのか?生徒会長」
「君が右手を差し出してくれるのなら、私も右手を差し出そう。それに今回の件で入試制度は無くそうと考えていたところなんだ。女学生同士で対立するなど、実に馬鹿らしい」
「OK、それなら協力しよう」
バクとラクタは握手を交わした。