蒼眼のシヴァ
「今日はやけに色んな人から見られるね」
「何かあったんでしょうかね」
ティアと教室に向かうと昨日とは違う種類の視線が向けられているような気がする。
教室に入ると女学生の一人が近づいてきた。
「にいさんやるじゃん」
「えっと、何のこと?」
これこれと言ってスマホの画面を見せてきた。そこには手榴弾からティアを守るために私が覆い被さった瞬間が映っていた。さらには動画までもあるらしく、誰が撮ったのやら。
「いやー蒼眼のシヴァを守るなんてすごいよ」
女学生は腕を組んでうんうんと大袈裟に頷いてみせた。
「蒼眼のシヴァって……」
「えーと!白羊さんはどうしてにいさんって呼んでるの?」
ティアは遮るように聞いた。
「知らんの?バク会長がチャットでにいさん呼び推奨してたよ」
「そうだったんだ」
私も知らなかった。学園内チャット入れてもらおうかな。いや、大人が入るのは嫌がられるか。
「あ、にいさん。あーし、白羊メメよろ」
「メメ、よろしく」
彼女は胸元まであるクリーム色の髪をくるくると巻いて、おでこの真ん中で前髪を分けて、左側を背中の方に流していた。印象的な流し目がにっこりと微笑むとさらに際立つ。
メメは友人がやってくるとその子に抱きついていった。
私は授業が始まる少し前に教室を出て、飲み物を買いに行った。すると、昨日授業をしていた歴史科の男性教諭と鉢合わせた。
「おはようございます」
「ああ、志音さん。昨日はお恥ずかしい姿をお見せしました」
「いえ、怖いですよね」
水を買って、外のベンチに並んで座った。この男性教諭は長谷川正弘先生という人らしい。
「志音さんはすごいですね。あの銃撃戦に飛び込んだそうで」
「無我夢中だったと言いますか。ティアには怒られました」
「私にはできませんよ。正直この職が辛いです」
長谷川先生はブラックコーヒーを流し込みながら心の内を話してくれた。実際の年齢はわからないが、20代後半くらいで私よりも少し年上だと思われる。よく見ると目の下に大きな隈をつくっていた。
「ここにいると私が一番小さい存在に思えてくるんです。生徒には見下されていますし、同僚のほとんどはスラング学園のOGで馴染めなくて、最近は不眠症も悪化して、何のために働いているのかわからなくなってしまいました」
私は何と言葉をかけていいものか悩んだ。相当思い悩んでいる相手に下手な言葉はかけられない。
「すみません。気を遣わせてしまって、話を聞いてもらえて少し楽になりました」
「それならよかったです。何か話したくなったらいつでも聞きますよ」
「ありがとうございます。私は授業の準備があるので戻ります」
授業の途中に教室に戻るのもあれだったので、生徒会室に行くことにした。一応ノックをしてから入ると3人ともいた。
「やあ、にいさん。昨日はティアを助けてくれてありがとう」
「うん、それで君たちは何をしているの?」
「授業をサボって、ババ抜きに勤しんでいる。にいさんもやるかい?」
「遠慮しておくよ」
「そうか、では私たちもやめよう」
バク達はトランプを片付けると机を並べ直して3人横並びに座った。彼女たちは決めていたかのように肘を机につけて、指を組んだ。
「で、どうだいにいさん。ティアはよくやっているかい?」
バクはまるで面接官のように聞いてきた。それと同時に授業の終わりを告げるチャムイが鳴った。
「とても助かっているよ。ところでティアが蒼眼のシヴァって呼ばれているのを聞いたんだけど」
「ああ、そのことか……」
ガチャリと後方で扉が開く音がした。
「会長ーごめんなさい。にいさんと連絡が……あれ?にいさんなんで、連絡返してくれないんですか!心配したじゃないですか」
「ごめん。見てなかった」
「ティア、丁度いいところに来たね。蒼眼のシヴァのことを話そうと思っていたんだ」
「だ、ダメです!」
ティアはあわあわとしだした。それを見たバクたちはニヤリと笑った。
「別にいいではないかティア、私はかっこよくて好きだぞ」
真白は親指を立ててウインクをしてみせた。
「にいさんに自分のことを知ってもらうのは良い機会だと思うよ」
「レイカ先輩までー」
「私もティアのことが知りたいな」
ティアは狼狽えた後、諦めたようでがっくりとした。
「わかりました。ただし、絶対に引かないでくださいね」
「もちろんだよ」
「では、私が話そう。この話は4年前まで遡る。当時中等部2年にして生徒会に所属していた私は実技試験の担当をしていた。この試験は例年ロボットの制圧を行う1次試験と中等部の学生と戦う2次試験があった。その年も同じ内容で準備していたのだが、大きく荒れた出来事が起こった。そう、この年に現れたのが何を隠そう天使ティアだ。彼女は1次試験でほぼすべてのロボットを破壊し、その後1次試験を誰も受けられなくした。仕方なく、1次試験をなくして、2次試験の結果をすべてにしようとしたら2次試験でもティアは中等部の生徒を相手にして、圧倒した。おかげで、ティア以外の評価ができなくなったんだ。その年の生徒はペーパー試験のみで合否を判定する他なくなってしまった。こんなことはスラング学園の歴史においても初めてのことだったよ。ティアの蒼いを目見た生徒が破壊神から名前をとって、蒼眼のシヴァと呼んだというわけだ。この出来事は当然すぐに全校生徒そして受験生の耳に入り、広まった」
「ティアはそんなに強いんだね」
「ああ、純粋な力だけならこの学園でトップだ」
「もーやめてくださいよ。あの頃は少しやさぐていたんです」
ティアは終始恥ずかしそうにしていた。バク達はそれを見て大いに満足したのか部屋にかけられている時計を指さした。
「ティア、もうすぐチャイムが鳴るよ」
「え、もうそんな時間ですか。私は戻りますね」
「私はまだここにいるから。放課後来てもらえるかな」
「わかりました」
ティアが生徒会室を離れると真白が近づいてきた。
「なあ、にいさん。私の訓練を手伝ってくれないか」
「うん、いいよ」
「では、射撃場に行こう。放課後の前に戻ればティアも怒らないだろう」
初めて射撃場の中に入った。昔、動画で見たことのあるような内観で、区切られたスペースが等間隔で並んで、その先に人の形をした的が置かれている。真白はバックから小銃を取り出した。
「この前のスナイパーライフルじゃないんだね」
「あれは趣味で持っているだけだ。私は遠くから狙撃するよりも戦場で動き回る方が得意なのだ」
真白は小銃を構えて狙いを定めるとリズムよく的確に狙っていく。こんなに綺麗に狙うことができるんだ。
「すごいね」
「これくらい余裕だ」
真白は口ではそう言っているが、満足気な表情を浮かべてルンルンと的を絞りどんどん当てていった。私が褒めると真白は調子を上げていった。
「どれくらい練習したの?」
「ずっとだ。にいさんはあまり来たばかりで実感がないかもしれないが、私達の体がいくら頑丈とはいえ死ぬ時は死ぬからな」
資料を読んでいても亡くなった女学生がいることは理解していた。だめだな。ここにいる生徒の様子を見ているとそういったことが頭からつい抜けてしまう。
「にいさんもやってみないか?」
差し出された小銃を持つと腕に負荷を感じた。手入れはしっかりされているけど、長く使っているのか所々傷があった。私はこれを握りしめて、銃を撃っていいのだろうか。射撃場とはいえ、この地域を治める覚悟を持っている真白の銃を握るには資格が足りていない気がした。
「ありがたいけど、遠慮しておくね」
真白ははてなマークを浮かべていたがわかったと頷いた。すると、真白は突然真剣な顔をした。
「にいさん、今日も襲撃が来たらしい」
銃声は聞こえなかった。
「私は耳がとてもいいのだが、昨日より多くの足音がこの学園に向かってきている」
私には一切聞こえない。もしかしたら真白の特殊能力なのかもしれない。
「ティアを呼んできてもらえるか。私は急ぎ制圧に向かう」
「1人で行くつもり?」
「安心してくれ。足止めをしてくるだけだ」
「わかった。無理しないでね」
私はティアの元まで走った。教室のドアを開け、真白に言われたことを伝えるとすぐさま小銃を取り教室を出た。にいさんは来ないでと念押しされてしまったので、生徒会室に行って事情を伝えた。
「ふむ、5分と言ったところか」
「そうですね」
「えっと、どういうこと?」
「あの2人なら一瞬でケリをつける」
「昨日のティアからはそんな雰囲気がしなかったけど」
「あれは周りに生徒がいたからだよ。彼女は蒼眼のシヴァと呼ばれることを気にしているし、周囲の生徒に当ててしまう可能性があったからね」
「今日は真白がいるからやりやすいはず」
それから5分して本当に生徒会室に2人は戻ってきた。怪我もしていないし、ケロリとしていた。
「言ったろ。この2人はスラング学園最強の前衛タッグなんだ」
バクは決め顔でそう言った。