現状
明朝、支度を終えた頃にティアはやってきた。
「おはようございます。にいさん」
「おはよう、今日もよろしくね」
「はい、では行きましょうか」
建物の外に出ると、校舎に続々と入る女学生が私たちを奇異な目で見ていた。学園総管理局の副代表である奈央による発表と真白による校内チャットで私の存在は広く知られたのだろう。
「注目の的ですね」
「うん、慣れるまでは仕方ないね」
ティアの教室であるA組に着くとやっぱり目を引いた。ティアは気にせず自席にバックを置いて、戻ってきた。
「ごめんね、思ってたよりも目立っちゃった」
「大丈夫ですよ。慣れてますから」
慣れている?どういうことかと聞こうと思ったらチャイムが鳴ってしまった。
私はHRで自己紹介をして、教室の後ろで授業を見学させてもらうことにした。
1時間目は歴史だった。気の弱そうな男性教諭が授業開始ぎりぎりに入室して、号令をかけた。男性教諭は女学生に対して、敬語を使っていた。
授業は何も知らない私にとっては興味の湧く内容だった。
ティアの様子を見ると真面目にノートをとって授業を聞いていた。突然、銃声が鳴った。男性教諭は叫んで、すぐに教卓の中で縮こまった。それとは対照的に女学生たちは落ち着いた様子で窓の外を見た。
「にいさん、襲撃です。ここで待っていてください」
ティアは教室の後ろのロッカーから小銃を取り出して、窓を開けると、そのまま飛んだ。一瞬の出来事に呆然としてしまったが、すぐに男性教諭の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか」
「怖い、怖い、怖い……」
体に触れると男性教諭は取り乱した。完全に怯えてしまっている。冷静になるように声をかけたが今度は教室の隅で体育座りのまま動かなくなってしまった。
女学生はその光景をため息をついて見ていた。そうか、これが学園都市クトルフで起こっている問題なのか。
私は教室の壁にたてかけられた防弾盾を持って外に出て、銃声を頼りにティアを探した。校庭ではティアとスラング学園の女学生が他校の生徒だと思われる人達と銃撃戦を繰り広げていた。
私の知る人間の身体能力ではおよそ不可能なアクロバティックな動きだった。女学生は鉛玉を受けても表情を歪めることはあっても体を貫通させることはなかった。
何も出来ない私の胸は苦しまずにはいられなかった。倒れる者も現れる中でティアは一番動いていた。なにより、強かった。冷静な動きで射線を回避し、相手に接近し、相手を制圧する。状況は優勢になった。
私の目に他校の女学生が手榴弾らしきものに手をかけたのが見えた。私はティアの元に全力で駆けた。
「危ない!」
ティアに覆い被さって防弾盾を手榴弾の方向に向けた。耳をつんざく音と共に強烈な爆風が防弾盾越しに伝わった。右腕に強い痛みが走って、声が出る。
「ティア、大丈夫?」
「に、にいさん、何をしているんですか」
「手榴弾が見えたから、危ないと思って」
「にいさんの方がよっぽど危険です!」
ティアは戸惑いながらも怒った。ティアは近くにいた女学生に声をかけて、私を守るように指示した。それから30秒もしないうちに他校の生徒を制圧した。
私はティアによって医務室に運ばれた。
「骨は折れてないみたいですね」
ベッドに横たわる私にティアは咎めるような口調で言った。
「私、待っていてくださいっていいましたよね。死ぬかもしれないんですよ!わかっていますか」
「ごめんなさい」
「はあ、でも助けようとしてくれてありがとうございました。嬉しくはありました」
ティアは年相応の少女らしい照れ笑いを浮かべた。
私も上半身を起こして、微笑んだ。
「その顔が見れてよかったよ」
「な、何を言っているんですか」
大人はやっぱり、子供の笑顔を守らないと。
力のない私にどれくらいできるかわからないけど、私はティアたちが頼ることのできる大人になろう。
「今日の授業はサボろうと思います」
「授業には出た方がいいと思うよ」
「生徒会の特権です。看病しますからにいさんは横になってください」
痛む右腕を気にかけながら言う通りにした。
「あの他校の生徒は何だったの?」
「あの人たちはスラング学園に入学できなかった人たちです。女学生はここを落ちると進学先がないんですよ。なので、そういった人たちが集まってスクエアという組織を作ってるんですよ」
「そっか、学園がこの地域を統治しているから別の学園を作れないのか」
「はいそうです。余計な争いを生まないように学園総管理局が一地区一学令を出していますから。他は小学校か男子校もしくは大学ですね」
「彼女たちの制服はオリジナルってことだよね」
「そうです。女学生というだけで、民間人の中には危険人物のように思う人もいるので、スクエアの人は恐喝をしている人もいるんです。それと仲間意識を高めるためにやってる部分もあると思いますが」
「今日みたいなことはよくあることなの?」
「そうでもないですよ。彼女たちも学園に真っ向から挑んでも勝てないことはわかっていますから」
それにしても中等部からあるスラング学園に入学できなかったら12歳で放り出されてしまうのか。どうにかしてあげたいな。
「にいさんは優しいですよね」
「そうかな」
「今も彼女たちのために色々考えているんですよね」
「まあね、子供には色んな選択肢があってほしいから」
「やっぱり優しいです」
ティアは私の左手を握って、目を伏せがちにして言った。
「たぶん、今日の様子を見て女学生が男の人をどう思っているのかわかったと思います」
「うん。頼れないんだよね」
「はい。でも、私はにいさんを信じます。無茶はしてほしくはないですけど」
「ありがとう、ティア」
談笑している間に私はいつの間にか寝てしまったみたいで、夕方ごろにティアに起こされた。