裏切り者候補
あれ、何かいけないことを聞いてしまっただろうか。ナツの視線が痛い。
真澄だけが呑気にジュースを飲んで、ドリンクをいれに行こうとしている。
重い空気の中ナオミが口を開いた。
「私達は陸上部ですから、エキスポでは前座のような所があるんです」
たしかに部活動の成果を発表する場と聞いていたから研究活動をしている部が活躍するのだろうけど、こんなに重い空気になるだろうか。
「そうそう、運動部としては悔しいよ」
ナツが追従する。それは今日の走りを見ると頷ける。彼女が陸上に賭ける想いはひしひしと伝わってきたから。
「えっと、推薦されそうな人でしたね。候補は3人います。1人は生徒会長五十嵐トトさん。彼女は興味がないみたいなので、学園総管理局には行かないと思います。もう1人はSF研究部の浦和キリコさん。研究部と言いつつ部員は1人です。それと奔放な人という印象が強いですね。突然、校内かくれんぼをすると言いだして学校中を煙で覆いつくしたり、宇宙人を呼び出すためととんでもなく大きい機械を屋上に置いて、熱光線を空に向かって放ったりと話題に欠かない人です。」
それは奔放ですましていいのだろうか。
とはいえ、トトの言う裏切り者として不適格な気もする。功績をあげるというよりも自然と功績になっていそうなキリコは邪魔をしてまで、学園総管理局に入ろうとはしないと思う。
「最後の1人は女覚部所属の村雨モコさん。女学生の秘めた肉体強化、覚醒の発現を研究しています。成功例は少ないですが、既にいくつかあり、内容が内容ですから推薦される可能性は5分くらいですね。陸上部の部員としてはドーピングと言い切れないもどかしさがあります」
「それだけじゃないよ。あいつ、自分の研究は完全に善い事だって思ってるから勝手に実験台にするんだ。にいさんは気をつけなよ。彼女、女統派だから目の敵だよ。たぶん」
ナツは不機嫌な態度を隠さない。ナオミはちょっと困った顔をしている。コウキはあまり興味がなさそうだ。真澄はストローで残り少ないコーラを啜っている。
「その女統派って何?」
「女統派というのはこの島を治めるのは女学生であるべきだという考え方をしている人達です。女学生、特に学園総管理局にはこの考え方の人が多いと聞きますね。一方で、男性と協力して治めるべきという考えをする人達を男協派といいます」
なるほど。歴史的背景や先日のトゥルップの件から考えると女統派が多くなるのは納得がいく。だからこそ、私は大人として規範になると決めた。
この3人のことは頭に入れておこう。彼女たちが危険な目に遭う可能性は低くない。誰かが裏切るなんてことを考えたくはないけど、見ておかないといけない。もしも、道を誤った子供がいるのなら正してあげないといけない。
私がそんなことを考えていると、ナツはコウキに話しかけていた。
「ねね、今度サッカーの大会なんでしょ。見に行っていい?」
「来なくていいよ。地区大会だし」
「さすが、強豪のエース余裕だね。でも、見に行きないな」
「好きにすれば」
彼はサッカー部なのか。そうやって見るととてもらしい。細身で日に焼けた褐色の肌。髪も刈り上げていて、男前だ。
「やった、お弁当作ってあげようか!」
ナツは顔を輝かせて言う。
「いらねえ。腹下す」
「ひどっ!」
ナツはちょっぴり悲しそう。ナオミは慣れた光景なのか静かに見守っている。
いつの間にか重たい空気は消えていた。
真澄はドリンクバーを制覇したからか、今度はドリンクをかけ合わせて、調合し始めた。色がかなりグロい。真澄はそれを一口飲むと体を震えさせて、私の方にコップをさっとずらした。
「ダメだよ。真澄、飲み物で遊んじゃ。それに私はドリンクバー頼んでないから飲めないよ」
「そんな!」
真澄は憐みを乞うようにナツを見た。ナツが目をそらすと、ナオミを見た。ナオミは貼りつけた笑顔のまま何も言わない。ついに初対面のコウキを上目遣いで見る。
「……仕方ねえな」
コウキがそう言ってコップを取ると真澄は目を輝かせて、尊敬の念を浮かべいる。
飲むだけで尊敬するようなものを作っちゃだめだから。
「待った!私が飲む」
「マジか、お前やめとけよ」
「コウキこそ大会前にそんなの飲んじゃダメだよ」
「そんなもの……」と真澄はショックを受けているけど、正直擁護できない。
ナツがコウキからコップを奪い取り、一気に飲み干した。そして、顔色を悪くするとすぐさま自分の水を飲んだ。
「真澄、何を入れたの?コレ、不味いなんてものじゃない」
「コーラとミルクティーとコーヒーとオレンジジュースとジンジャーエール、それに砂糖スティックを一本まるごと」
その場にいた全員が青ざめたのは言うまでもない。後で、真澄にしっかりと注意しよう。特に私に飲ませようとしたことについて。
配膳ロボットから料理を受け取り、ご飯を食べた。
真澄はドリンクの調合をしていたことをすっかり忘れ、目の前のチーズインハンバーグを見てよだれを垂らしそうになっている。ナイフとフォークの使い方を教えるとすぐにものにした。食欲ってすごい。吸収する力が高いのかもしれないなあ。
真澄は食べ終わると真っ先にドリンクの調合を再開しそうだったが、ナツがついて行き必死に止めていた。そのかいあって、色味はグロいからマシくらいにはなった。
真澄も満足したようで、ごくごくと飲んいる。
「にいさん、私にはドリンクの調合の才能があるみてえだ。もしかしたら学園総管理局に推薦されるかもしれねえ」
真澄が大真面目な顔をして、自分の才能に恐れおののいている。
「うん、そうだね。これはあるかもしれない」
私がそれに乗っかって真剣に頷くと真澄は「私にはにいさんの近衛という役割が……」と悩み出した。
「にいさん、真澄を調子づかせないで!どれだけ止めるのが大変だったか」
「ごめん、ごめん。才能は褒めて伸ばしてあげたいんだ」
「良いこと言ってる風だけど、自分は絶対飲まないからだよね!」
ナツのツッコミにコウキが笑うとナツは恥ずかしそうにした。
「ナツのその感じ、久しぶりに見たよ。そっちの方がいい」
コウキは純粋な気持ちでそう言ったのだろう。だけど、ナツの表情が一瞬だけ寂しそうなものに見えたのは気のせいだろうか。
「そろそろ、帰りましょうか」
「そうだね」
私は会計を済ませて、外に出た。
「にいさん、ご馳走さまでした。私達の分まで、ありがとうございます」
「今日はお世話になったからね。気にしないで」
「にいさんは甲斐性がありやがるからな!」
「なんで、真澄が偉そうなの……ご馳走さま、にいさん」
私はナツ達を家まで送り届けて、学園都市クトルフに戻り、学園総管理局内の自室で日誌を書いていた。真澄は自室で寝ている頃かな。
今日のことを思い返していると扉をノックされる。
「夜分にすみません。茜です。入ってもいいですか?」
「どうぞ」
パソコンを閉じて、パジャマ姿の茜と向き合う。
「何かあった?」
「いえ、特に。私、志音さんのことが気になるんです」
「それは花音の兄だから?」
「どう……なんでしょうか?今日お会いしてからずっと志音さんのことが頭から離れなくて、集中できなかったんです。こんなこと今までなかったので、志音さんと話せばすっきりするかもと考えまして」
茜は本当に困惑した様子で答えた。どんな感情かわからないからこそ赤裸々に語ったのかもしれない。
「私にもわからないな。でも、話してすっきりするのならいつでも声をかけて」
「ありがとうございます。嬉しいです。突然、押しかけてしまいましたが、志音さんは忙しそうなので、今日は戻ります」
「私は平気だよ」
「いえ、明日また伺います。おやすみなさい」
「おやすみ、茜」
***
私は雨宮志音の部屋から自室に戻った。
まったく、大人なのに鈍い……
もう少しくらい反応を見せてくれても良いじゃん。割と勇気を出したのに。
私、子供っぽいのかな。鏡に映る自分の顔を見る。
自分で言うのはなんだけど、容姿は整っていると思う。
はあ、自信失くすなあ。
まあ、花音のお兄ちゃんだからね。時間はかけないと。
私は鏡に向かって微笑んだ。